ロックマンゼロ 逆襲のシグマ   作:万歳!

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第8話 誘い

 モニター越しの水面が、大きく揺れた。

 

 基地の一角に設置された大型スクリーンには、ゼロとレヴィアタンの戦闘がリアルタイムで映し出されている。

 

 水中を縦横無尽に駆ける影と、それを追う赤い閃光。その一瞬一瞬から、目が離せなかった。

 

「シエル、ゼロ様は凄いね」

 

 思わず漏れた言葉に、隣の彼女は静かに頷く。

 

「そうね、ミラン」

 

 短い返答。けれど、その声には確かな実感がこもっていた。画面の中で、氷塊が降り注ぐ。レヴィアタンの攻撃。水中で生成された無数の氷が、軌道を変えながらゼロへと殺到する。

 

 回避は困難。

 

 普通なら、逃げ場はない。

 

 だが――

 

「……見切ってる」

 

 思わず呟いた。ゼロは、一歩も無駄にしない動きでそれを避ける。ただ避けるだけじゃない。氷の軌道を理解している。

 

 そして、その隙間を縫うように踏み込み――反撃。

 

 まるで。

 

「VAVAとの戦いから、適応した……?」

 

 口に出した瞬間、自分でもそれが一番しっくりくる答えだと分かった。

 

「あなたもそう思う? ミラン」

 

 シエルが視線をこちらに向ける。

 

「……そう思う」

 

 頷くしかなかった。戦いながら、学び、変わる。そして即座に次へと活かす。それがどれほど異常なことか、分かっている。

 

 だからこそ――画面の前に集まる者たちの反応も、自然だった。

 

「いけー!」「ゼロ様!」

 

 歓声が上がる。人間も、レプリロイドも関係ない。皆が同じ方向を見ている。ただ一人。紅い戦士を。

 

 ……いや。

 

 少しだけ違う者たちもいる。ミュートスレプリロイド。レヴィアタンの配下たち。彼らは腕を組み、不満げに画面を見つめている。

 

 だが、それでも。

 

(……否定はしていない)

 

 ゼロの強さを。認めている。だからこそ、彼らの視線には別の感情が混じっていた――レヴィアタンへの期待。その証拠に。

 

「……あれは」

 

 誰かが息を呑む。画面の中で、レヴィアタンの姿が変わる。

 

「第二形態……」

 

 巨大な影。ヒレを広げ、まるで巨大な水棲生物のように変貌する。水流を巻き込み、速度を増し、空間そのものを支配する。

 

 あれが、本来の戦闘形態。それに対して。ゼロは――変わらない。ただ、構える。そして。突進を避ける。最小限の動きで。

 

 次の瞬間には、すでに間合いの内側へ。セイバーが閃く。確実に。正確に。ダメージを刻んでいく。

 

(……すごい)

 

 単純な言葉しか出てこない。距離を取っても。関係ない。ゼロは、最短距離を見抜く。無駄のない軌道で詰める。

 

 そして、斬る。

 

(これが……)

 

 長い戦いの積み重ね。積み上げてきた経験。それが形になったもの。だからこそ。誰もが理解する。

 

(……英雄だ)

 

 本人が否定しても。「正義の味方じゃない」と言っても。関係ない。目の前の現実が、それを否定させない。

 

 あの背中を見れば。誰だって思う。

 

 ――英雄だ、と。そして。

 

 その認識が、胸を締め付ける。

 

(……まただ)

 

 嫌な感覚。既視感。かつて。自分たちは同じことをした。オリジナルのエックスに。

 

(俺たちは……)

 

 彼に、何をしてきた?守ってもらうことを当然のように思っていた。決断を委ねた。責任を押し付けた。

 

 彼なら何とかしてくれると。

 

 信じて。

 

 ……いや。

 

(依存していた)

 

 それしか、できなかった。弱かったから。だから。彼は最後まで戦い続けた。一人で。皆の期待を背負って。

 

 そして――

 

(……死んだ)

 

 思考が止まりかける。胸の奥が、重く沈む。

 

(違う)

 

 あれは結果のはずだ。直接の原因じゃない。

 

 でも。

 

(本当に関係なかったって……言えるのか?)

 

 誰もが彼に頼りすぎた。それは事実だ。彼の意思を尊重するよりも。彼の強さに甘えた。その積み重ねが――彼を追い詰めた可能性を。

 

 完全に否定できるのか?

 

(……できない)

 

 だから。今。目の前で起きていることが、怖かった。歓声。期待。信頼。すべてが、同じ構図に見える。

 

(また……同じことをしてる)

 

 ゼロに。彼に。同じ重圧を。同じ役割を。押し付けようとしている。皆が。

 

 そして――

 

(……俺もだ)

 

 視線を落とす。拳が震えていた。自覚してしまったから。自分もまた。ゼロに期待している。

 

 頼ろうとしている。

 

(最低だ……)

 

 何も変わっていない。後悔したはずなのに。エックスの時に。悔やんだのに。同じことを繰り返している。

 

 名前が違うだけで。対象が違うだけで。本質は、何も変わっていない。

 

(……俺は)

 

 何をしている。そんな自責の中で。ふと、別の考えが浮かぶ。

 

(せめて……)

 

 全部は無理でも。自分だけでも。変わらなければ。誰かに背負わせる側じゃなく。支える側に。

 

(シエルを……守る)

 

 それくらいは。自分にもできるはずだ。ゼロが示している。肉体の強さだけじゃない。技量と、意志で。

 

 戦えることを。

 

(……なら)

 

 強くなればいい。少しでも。自分の足で立てるように。ミュートスレプリロイドたちに頼むのもいい。

 

 稽古をつけてもらう。笑われてもいい。それでも。何もしないよりは、ずっといい。そう考えた、その時。

 

「……あ」

 

 画面が大きく揺れた。次の瞬間。勝敗が決していた。ゼロが、レヴィアタンを捕らえている。第二形態は解除され。

 

 その体を――横抱きにして。

 

 まるで守るように。抱えている。一瞬の静寂。そして。歓声が爆発した。

 

「やった!」「ゼロ様!」

 

 誰もが信じている。彼なら勝てると。シグマにも。オメガにも。VAVAにも。すべてに。

 

(……まただ)

 

 胸が痛む。同時に。別の感情も湧き上がる。

 

(俺も……)

 

 戦いたい。一緒に。あの場所で。同じ景色を見たい。でも。現実は違う。イレギュラーウイルス。それが蔓延している限り。

 

 簡単には前に出られない。歯噛みする。何もできない自分に。そして。視線が、自然と細くなる。

 

(……シグマ)

 

 すべての元凶。あの存在に。

 

 敵意だけが、はっきりと形を持った。

 

☆ ☆ ☆

 

 思わず、見とれてしまった。自分の体を横抱きにしているゼロの姿に。

 

 水滴を滴らせたまま、無言で歩くその姿は、ただそれだけで一つの完成された像のようだった。無駄がなく、迷いもなく、ただ「そこにあるべき存在」として立っている。

 

 その横顔を見上げながら、レヴィアタンはふと奇妙な感覚に囚われる。

 

(……似ている)

 

 それは、自分に。だが同時に、自分ではない。

 

 もっと深いところで――。

 

(……エックス様)

 

 自分はエックスのDNAから生み出された存在。ならば、この感覚はどこから来るのか。ゼロを見ていると、胸の奥がざわつく。

 

 それは、戦いの高揚とは違う。もっと静かで、しかし強い――執着。その正体に、気づきかけていた。

 

(……あなたは)

 

 私を見ていない。いや、見ている。だがそれは「私」ではなく――

 

(エックス様を……見ている?)

 

 確証はない。

 

 だが、そう思った瞬間。

 

 胸の奥が、少しだけ熱を帯びた。

 

 それでも。

 

 その表情は、あまりにも凛々しくて。抗う理由が見つからなかった。やがて医療区画に辿り着く。白い光に照らされた空間。

 

 無機質なはずのそこが、どこか現実感を失って見えた。ゼロは無言のまま、私をベッドへと下ろす。

 

「……ここでいい」

 

 短い言葉。それでも十分だった。すぐに医療担当のレプリロイドたちが集まり、損傷の確認を始める。だがゼロは、その場を離れなかった。

 

 自分の傷はない。

 

 それでも、ただそこに立っている。

 

 まるで――見守るように。

 

(……どうして)

 

 その理由を問う前に、別の感情が浮かび上がる。

 

(……欲しい)

 

 その思考に、自分自身がわずかに驚く。だが否定はしない。

 

(この男を……私のものにしたい)

 

 はっきりと、そう思った。

 

 それは単なる好意ではない。もっと強く、もっと深い。――執着。

 

(……エックス様も)

 

 記録で知っている。ゼロが眠りについた時。エックスは、慟哭したと。あのエックスが。誰よりも理性的で、誰よりも強かった存在が。感情を抑えきれずに。

 

 叫んだ。

 

(なら……)

 

 この感情は。

 

 どこから来たものなのか。

 

(……引き継いでいるの?)

 

 エックスのDNA。その中に残った、わずかな残滓。それが、今の自分の中で形を持っているのだとしたら。

 

(それでも……いい)

 

 むしろ。それでいい。

 

 そう思えた。

 

 エックスの意思を継ぐ存在。そして、ゼロは――エックスを否定するために生まれた存在。

 

 対極。

 

 矛盾。

 

 それなのに。

 

(結ばれるなら……)

 

 それは、あまりにも皮肉で。

 

 あまりにも――美しい。

 

(運命、じゃない)

 

 小さく、笑みがこぼれた。

 

 その時。

 

「問題ありません。軽微な損傷のみです」

 

 医療担当が報告する。

 

「自己修復でも対応可能ですが、念のため補助処置を行います」

 

 その言葉を聞いたゼロが、わずかに頷く。

 

「……そうか」

 

 それだけ言って、背を向ける。

 

 離れようとする。

 

(……待って)

 

 考えるより先に、体が動いていた。

 

 手を伸ばし、その腕を掴む。

 

 ゼロが足を止める。

 

「……どうした?」

 

 振り返るその視線に、一瞬だけ言葉が詰まる。

 

(何て言うの?)

 

 分からない。

 

 でも――

 

「な、なんでも……」

 

 否定しようとして。

 

 やめた。

 

「……ううん」

 

 視線を逸らさずに言う。

 

「一緒にいて、ゼロ」

 

 静かな願い。命令でもなく、提案でもなく。ただの本音。ゼロはわずかに眉を動かす。不思議そうな顔。

 

 当然だ。理由がない。意味もない。ただの感情。

 

 だが。

 

「……分かった」

 

 短く、そう答えた。

 

 それだけで十分だった。

 

(……やっぱり)

 

 胸の奥が満たされる。

 

 この感覚。

 

 これは――

 

(私のもの)

 

 はっきりと、そう思った。

 

(エックス様のものじゃない)

 

 たとえ始まりがそこにあったとしても。今ここにあるこの感情は。紛れもなく、自分のものだ。否定する理由なんて、どこにもない。

 

(私は……)

 

 ずっと待っていたのかもしれない。こういう存在を。自分と対等で。自分を超えていて。

 

 それでも、手を伸ばせば届く場所にいる存在を。ようやく現れた。

 

 なら。

 

(手に入れる)

 

 自然な結論だった。焦る必要はない。シグマとの戦いが終われば。すべてが片付けば。その後でいい。

 

(ゆっくりでいい)

 

 逃がさない。

 

 必ず。

 

 自分のものにする。

 

「……ゼロ」

 

 小さく名前を呼ぶ。

 

「なんだ」

 

「……何でもないわ」

 

 くすりと笑う。まだ、言わない。今はまだ、その時じゃない。レヴィアタンは、静かにゼロを見上げながら――

 

 その決意を、心の奥底で固く結んだ。

 

☆ ☆ ☆

 

 指令室に足を踏み入れた瞬間、空気の重さが肌を刺した。静まり返っているわけではない。むしろ、多くの者が息を潜め、言葉を選びながら議論を交わしている。しかし、そのすべての声がどこか張り詰めていた。恐怖と希望、そのどちらもがこの場には同時に存在している。

 

 中央に立つのは――ゼロ。

 

 紅き装甲の戦士は腕を組み、壁に寄りかかるようにして立っている。視線は鋭く、だが焦りはない。まるで、この場の喧騒とは無縁であるかのように、ただ静かに状況を見極めている。

 

 その姿を見て、私はわずかに目を細めた。

 

(……やはり、只者ではない)

 

 エックス様と並び立った存在。その片鱗は、すでに幾度となく見せつけられている。だが、それでもなお、完全に理解したとは言い難い。あの男の底は、未だ見えないままだ。

 

 私の両隣にはファーブニルとレヴィアタン。後方にはミュートスレプリロイドたち、そして人間の科学者たち。シエル様もまた、資料端末を手にしながら静かに耳を傾けている。

 

 この場にいる誰もが理解している。

 

 ここでの決断が、この世界の命運を左右することを。

 

「……やはり我々ミュートスレプリロイドが捨て駒となり、ゼロ様をシグマの元へ行かせるべきかと」

 

 低く、しかし迷いのない声が上がる。発言したのは前列に立つミュートスレプリロイドの一人だ。その瞳には覚悟が宿っている。自らの命を差し出すことに、ためらいはない。

 

 だが――

 

「いや、それなら俺が行ってもいいんじゃねえか?」

 

 間髪入れずに割り込んだのはファーブニルだった。腕を組み、口元にいつもの好戦的な笑みを浮かべている。

 

「なぁハルピュイア? 俺ならシグマウイルスにもある程度耐えられる。必死隊なんざ出すより、俺とゼロで突っ込んだ方がよっぽど現実的だろ?」

 

 軽い口調。しかし、その奥には部下を失わせたくないという意志があることを、私は知っている。

 

 私は一度目を閉じ、短く息を吐いた。

 

「いえ、ファーブニル様。あなた様は戦後の治安維持という重要な役割を担っている。ここで失うわけにはいきません」

 

 答えたのはミュートスレプリロイドの別の個体だった。その声は冷静だが、どこか必死さを帯びている。

 

「ハルピュイア様、レヴィアタン様も同様です。我々が行くべきです」

 

 その言葉に、室内の空気がさらに重くなる。――命のやり取りが、前提として語られている。私は視線をシエル様へと向けた。

 

「シエル様……シグマウイルスへの抗体ワクチンは、ミュートスレプリロイドにも投与可能でしょうか?」

 

 問いかけながら、わずかな希望を抱く。もしそれが可能であれば、無意味な犠牲は避けられる。

 

 シエル様は一瞬だけ目を伏せ、そしてゆっくりと口を開いた。

 

「……一応、完成はしているわ。ただ……実戦でどこまで機能するかは未知数よ」

 

「……そうですか」

 

 やはり、確証はない。四天王である我々は既に耐性を持つ。だが、ミュートスや一般のレプリロイドに同じ結果が出る保証はない。

 

 ――賭けになる。

 

 その結論に至った瞬間だった。

 

「……俺一人でいい」

 

 静寂を切り裂くように、低い声が響いた。全員の視線が、一斉にゼロへと向けられる。彼は壁から背を離し、ゆっくりと歩み出た。その動きには一切の迷いがない。

 

「お待ちください、ゼロ様」

 

 私は即座に言葉を返した。

 

「いくらあなたでも、イレギュラー化したレプリロイド、VAVA、オメガ、そしてシグマを同時に相手にするのは――」

 

「同時には来ない」

 

 言葉を遮られた。

 

 断言だった。

 

 私は一瞬、言葉を失う。

 

「……根拠は?」

 

 問い返すと、ゼロはわずかに目を細めた。

 

「シグマはそういう奴だ。裏で動き、戦場を操る。昔もそうだった」

 

 その声には、確かな実体験に裏打ちされた重みがあった。

 

「だが今回は違う。最初から表に出てきている。それは――準備が整っているからだ」

 

 ゆっくりと、言葉が積み重ねられていく。

 

「昔もそうだった。あいつらは一対一に括っている。それは連携が取れないからだ」

 

 室内が静まり返る。

 

 誰もが、その意味を理解したからだ。

 

「……だから、俺は一対一を繰り返すことになる。VAVA、オメガ、シグマ……その間にイレギュラーがいても敵じゃない」

 

 吐き捨てるような声音。それはイレギュラーウイルスに侵された存在に対する……懺悔か、シグマに対する怒りか。

 

 だが、その奥にあるのは本質は怒りではない。

 

 ――覚悟だ。

 

「……俺は悩まない」

 

 ゼロはゆっくりと顔を上げた。

 

「目の前に敵がいれば、叩き斬る。それだけだ」

 

 その言葉は、あまりにも単純で。しかし、だからこそ揺るがない。

 

「絶望なんかしない。エックスが守った世界だ」

 

 一歩、前に出る。

 

「俺が守る」

 

 その瞬間、空気が変わった。恐怖に支配されていたはずの場に、確かな熱が灯る。私は、無意識に拳を握り締めていた。

 

(……これが、ゼロか)

 

 エックス様とは違う。優しさではなく、意志で立つ存在。だが――それでもなお、人を導く力がある。

 

「……分かりました」

 

 私は静かに頭を下げた。

 

「ネオ・アルカディアへの転送準備を進めます」

 

 顔を上げると、ゼロはわずかに頷いた。それだけだった。だが、その仕草一つで十分だった。この男は、一人で行く。

 

 そして――

 

 必ず戦い抜く。

 

 エックス様の遺志を背負いながら。

 

(……ならば我々は)

 

 私は視線を仲間たちへと向けた。

 

 ファーブニルは笑みを浮かべ、レヴィアタンは静かに目を細めている。シエル様もまた、強い意志を宿した瞳でゼロを見つめていた。

 

(支えるだけだ)

 

 この英雄を。

 

 決して、一人にはしない。

 

 それが――我々に課せられた役目なのだから。

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