明人「桜……」
3月。春の陽気が顔を出し、桜が蕾を膨らませ、花を咲かせ始める
別れと、出会いの季節
明人「全部教えてくれる。あいつらが」
◇
明人「実家に。いいじゃんか」
梢「でしょう」
3月に入ってから梢たち2年生は蓮華祭に向け、新曲の制作に励んでいた。沙知へ、卒業生へ贈る歌として
明人「いい刺激になるんじゃないか」
梢「はい。普段とは違う場所で作曲をしてみようと思って」
明人「そうか。なら存分に羽を伸ばして、いい曲作ってこいよ」
梢「はい!」
気合いの入った返事をした梢は部室を出ていく
明人「……俺もなんかしら贈った方がいいんかね」
『卒業生』の文字だけ打って終わっているスマホをぼんやり見つめる
◇
初めてスクールアイドルクラブの部室に入ったのは、去年度の4月だった
慈「だあー!なんでこのめぐちゃんが勉強なんてしなきゃいけないわけ!」
明人「さっさとやれ」
慈「ふんっ」
不機嫌な慈の声が補習室に響く
明人「最初のテストで赤点取ったのは慈だけだぞ。この、蓮ノ空で、ただひとり。なんでひとりだけ赤点取るかね」
慈「何回も言わなくたっていいじゃん!」
明人「おばさんから慈に一般教養をーって頼まれてんだ。取り合えずこの蓮ノ空での3年でまともになってもらう」
慈「基準ひくっ!?私そんなんじゃないから」
明人「はいはい、それは赤点回避してから言おうな」
慈「うぎぎ……」
慈が睨んでくるのを軽く流していると、補習室の扉が開く
梢「本当にここにいる……」
慈「……ふんっ」
若干引き気味に補習室に入ってきたのは一年の乙宗梢。成績優秀、才色兼備。そのクセして負けず嫌いな問題児兼優等生
明人「……ああ、部活か」
梢「すみません、藤島さんを呼びにきたのですが……。先輩には補習だと伝えておきます」
慈「あ……」
明人「お前、なにも言ってなかったのかよ」
慈「うっさい!」
明人「はぁ……。今日はここまでにしよう」
慈「マジ!?よっしゃ!」
慈は両手を挙げて大きく喜ぶ
梢「さすがに甘すぎると思います。この機会ですし、藤島さんにはきっちり勉強してもらった方が」
明人「ふたりとも、スクールアイドルクラブだよな?」
梢「そうですけど……」
明人「スクールアイドルならやるんだろ、ライブ。練習はちゃんとしといた方がいいぞ」
慈「まあ〜アキ君がそう言うなら仕方がないよねぇ!ほら、乙宗さんも諦めて」
梢「藤島さん!!」
明人「ほれ行った行った。喧嘩なら部室でやってくれ」
そう言ってふたりを補習室から追い出す
明人「スクールアイドルクラブか……。久しぶりにばあちゃん家帰ろうかな」
ひとりになった補習室で片付けをしながらぼんやり考えにふける
沙知「すみませーん。あっいた」
明人「……ああ、二年の」
入ってきたのは大賀美沙知。理事長の孫で、さっきのふたりと同じスクールアイドルクラブに所属している生徒だ
明人「大賀美さん、なにか用で?」
沙知「堅いなあ……。別に藤島ちゃんと話す時くらいのテンションでいいですよ」
明人「……そ。で、なにか用で?」
沙知「そうそうそれです」
にっこり笑った大賀美はさて、と本題をきり出す
沙知「水瀬明人先生、スクールアイドルクラブの顧問になりません?」
急な提案だった。スクールアイドルクラブ、歴史の長い蓮ノ空の中でも、かなり昔から存在する伝統ある部活。今はさっきの慈と乙宗、大賀美、そしてもうひとりの一年で構成されている部活だ
明人「……スクールアイドルクラブって言ったか?」
沙知「はい。あ、なってくれます?」
明人「ぜっったいに嫌だ」
沙知「……あれ?」
スクールアイドルクラブは問題児を抱えている。慈に乙宗、そしてもうひとりの夕霧
明人「あの問題児の集まりに入れと?」
沙知「そっち!?いや、ダンスとか歌の経験がー、とかアイドルはよく知らない、とかじゃないんですか」
明人「ダンスの経験はないぞ。歌は大学で少し。スクールアイドルに関しては人並み以上にはある。特に蓮ノ空に関してはな」
沙知「マジですか!?藤島ちゃんから聞いたことないけどなぁ……」
大賀美はうーん、唸って記憶から引っ張り出そうとする
明人「慈に言ったことないからな」
沙知「ほぉ」
明人「それでもやらないからな。特に、今のスクールアイドルクラブは。教師一年目の新人に問題児三人もてと?」
沙知「別にそんなこと言ってないじゃないですかー。まあひとりくらいは押し付けようと思ってますけど」
明人「オイ」
沙知「まあまあ、釣れないこと言わずに。一旦部室に行ってみましょう、ね」
明人「あ、ちょっおい!」
意外に力の強い大賀美に引っ張られ、部室まで連行される
沙知「と、いうわけで、今日からこのスクールアイドルクラブの顧問になってくれる水瀬明人先生だ」
慈「マジ!?」
梢「……」
綴理「……」
明人「オイ待て大賀美」
沙知「はい?」
大賀美は悪いことを何もしていないと言わんばかりのわざとらしい純粋な表情を見せてくる
明人「勝手に顧問にすんなや。なるなんて一言も言ってないぞ」
沙知「でも部室に入りましたよね?」
明人「無理矢理な」
沙知「まあまあ。でもこの状況見ても同じこと言えます?」
指さされた方向、一年三人がいる方を見る
綴理「……」
梢「藤島さん、何度言えばわかるの!」
慈「しっらなーい」
あまりにも酷い状況に言葉を失う。少しの統制もない。夕霧は明後日の方向を見て黙りこけ、乙宗と慈は喧嘩をし続ける
沙知「あたしひとりじゃこれ無理なんですよねー……」
明人「だからって新人に任せるもんじゃないだろ」
沙知「いやー、藤島ちゃんの扱い慣れてるかなーって。昔馴染なんですよね」
明人「よーし分かった。それのついでに乙宗との喧嘩も止めて欲しいと?」
沙知「その通り!」
明人「うげぇ……」
とびきりの笑顔でサムズアップしてくる大賀美に思わず2歩ほど後ずさりしてしまう
沙知「お願いします!このままじゃ撫子祭どころか普通にライブするのもままならなくって……!見てくれるだけでいいですから!……喧嘩だけ、止めてくれれば」
明人「……はぁ……流石にここ潰すのもな……。分かった、分かったよ。本当に見てるだけだからな」
沙知「よっしゃ!よし、三人とも!」
沙知の声で三人がこっちを向く
沙知「改めて、この蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブの顧問、水瀬明人先生だ!」
◇
懐かしい記憶に浸りながら、外の桜を見つめる
明人「結局、綴理のことやらなんやら首突っ込んだな」
右の手首にそっと触れる
明人「撫子祭やって、夏休みは騒がしくて、沙知が背負おうとして。……竜胆祭があって」
視線を音楽堂、街の方向、廊下へと移し、右手首に落とす
明人「勝手に決意して、いきなりミサンガ渡してきて。……勝手に怪我して辞めて。沙知も、離れていって。ひっでえラブライブ!だったなぁ……」
自分押し殺して、勝つためだけに走ってくやつがいて
優しすぎて、笑わなくなっていくやつもいて
違うもの背負っていって離れていくやつが
悩んで苦しんで、ひとりで泣いているやつもいた
明人「……顔出さなくなったの、この辺りか」
同じステージに立たない
あの誓いを見てから、部室に近づかないようにしてた。部室の外で会った時はなるべく普通を装った
明人「気が付けば、新年度になってて。5月のFes×Liveを見て、顔を出そうと思って。……そこからはずっと忙しかったな」
左手を右手首から離し、そのままダランと垂らす
明人「怖くて、寂しくて、なのにあいつらは勝手に引きずり込んで来て。楽しかったよ、ほんっと。やっぱ、返さないとな」
◇
明人「沙知?」
部室に向かう最中、沙知が部室から出てくる
沙知「ああ、明人先生。どうも〜」
明人「おう。どうした、部室に用でもあったか?」
沙知「卒業前に部室を見納めに、と。いやー、一年生も随分と部室に馴染みましたねー」
明人「そうだな。……顔、暗いぞ」
沙知「!」
図星を突かれたのか、沙知は目を丸くする
明人「別に好きに悩めばいいけどよ。あいつらの顔見てから悩んでほしいな」
沙知「……そうかもですね」
明人「ああ。じゃ」
軽く手を振って部室に入る
慈「あっ、アキ君だ!捕まえろぉ!」
瑠璃乃「いえっさー!」
さやか「お覚悟を!」
花帆「手伝ってもらいますからねー!」
部室に入った瞬間、いつもの騒がしい声が響く
一年生たちに囲まれ、そのまま机まで誘導される
明人「なんだなんだ。逃げないから落ち着け」
慈「そう言っていつ逃げるかわからないもんね!」
さやか「と言っても、蓮華祭の準備の方はほとんど片付いているんですけど」
明人「早いじゃん。え、なに手伝うの?」
慈「歌詞手伝って〜」
明人「歌詞……あ、これか」
机に突っ伏す慈を横目に、置いてあったノートを開く
明人「……いい歌詞じゃん。沙知に対してのラブソングか?」
慈「わざわざ言うな!」
明人「悪い悪い」
突っかかってくる慈を適当に流して、頭を抱えている綴理の方に視線を向ける
綴理「むずかしい……」
明人「まさか振り付けも……?」
梢「沙知先輩を意識しすぎてしまって……」
明人「あー。別に悪いとは思わないけどな。もういっそのこと沙知に聞かせたら?」
慈「恥ずいじゃん!」
綴理「さちに対しては、150点」
梢「蓮華祭で歌う曲としてはこれでいいのかが」
花帆「あたしはいいと思うんですけど……」
明人「まあ三人が納得するまで悩めばいいよ。ああそうだ。沙知のことなんだけどさ」
慈「沙知先輩?」
明人「さっき部室来てたろ?どうだった」
質問を投げると、全員が少しうつむく
慈「さすがの沙知先輩も、卒業近いとセンチになるんだなぁ、とは思った」
綴理「……」
梢「そう、ですね」
明人「……そうか。曲は好きにしろとしか言いようがない。沙知のことは、お前らの方がいいな」
綴理「どういうこと?」
綴理は不思議そうに聞いてくる
明人「頑張れってこと。んじゃ、仕事戻るわー」
慈「結局逃げるじゃん!」
明人「逃げとらん」
適当に言い返して部室を後にする
◇
日が傾き始めた頃、廊下を歩いていると歌声が聞こえてくる
明人「生徒会室……」
梢・綴理・慈「ココで重ねてた 幾つもの軌跡 君がいてくれて育ったの」
昼に部室で見た歌詞が生徒会室から聞こえてくる
梢・綴理・慈「大好きだよ まだ言いたいけど
花びら 抱きしめ 歌うよ」
歌声に身を任せて生徒会室をちらりと覗く
沙知「っ……」
明人「あいつら……」
涙が溢れ出す沙知を見て、沙知に対しては150点、という綴理の言葉を理解する
明人「……それが、お前らが返すものか」
くるりと振り返り、生徒会室から離れる。外の桜は色を増し、桃色の風景が強くなっている
明人「沙知から渡されたもの……」
外を見ながら、今年度のことを思い返していく
日野下たちのいる部室に初めて来て、梢と綴理のふたりの決意を見て。瑠璃乃が蓮ノ空に来て、慈を連れ戻して。そこからは、寂しい気持ちと怖い気持ちでいっぱいになって
明人「……繋がる力、か」
12月での日野下の言葉を思い出す。繋がり、広がっていく。蓮ノ空の在り方と同じ。繋がって、紡いでいく
明人「頑張らないとな」
◇
蓮華祭も直前に迫った頃、沙知に呼び出されクラブ全員である場所に向かう
そこにあったのは、今まで蓮ノ空にはなかった新たな施設
沙知「そういうわけで、蓮華祭のために、最高のステージを用意したよ!!」
梢「あの、沙知先輩。これは、ステージを用意とか、そういうレベルではなく……」
自信げに胸を張る沙知に、梢は引き気味でツッコミを入れる
綴理「……つくったの?」
沙知「ああ、1年かけて」
自慢するような、少しくたびれたかの様な声で答える
沙知「これは、後輩へのプレゼントってところかな。今は堂々と言えるよ。これが、あたしからキミたちに贈るーー第二音楽堂だ!」
指された先にあるのは、今までの音楽堂より大きい建物。以前から工事中だったなにかが姿を現した
花帆「音楽堂貰っちゃった!?」
まさかのプレゼントに驚きの声が漏れ出ていく
沙知「名前はまだないから、どうかな。キミたちで付けてあげてくれないかな」
さやか「待ってください、待ってください。え、これスクールアイドルクラブの所有物にしていいものなんですか!?」
沙知「残念ながら、キミたちだけの所有物にはできないかな。でも、設備はスクールアイドルのステージに、これ以上ない仕上がりだぜ」
そう言うと沙知はニヤリと笑って慈と俺に視線を向ける
沙知「ここならもう……狭いステージで危ないことが起きたりはしない」
慈「ぁ……」
明人「ったく……」
俺達の反応を見て、今度はくすりと笑顔を浮かべる
全員が真剣な面持ちになっていく
明人「沙知、これでなにも残してないとか言ってたのか?」
沙知「あたしにはこれくらいしか、ですよ」
明人「それでステージ1個丸々プレゼントするかね……。はぁ……ありがとな」
沙知「んー?」
わざとらしい笑顔をニヤニヤと見つめてくる
明人「……折角のデカいステージだ。存分に活用しないとな」
沙知への視線を外し、6人へ向ける
慈たちの茶番を横目に、村野がこっちにくる
さやか「あ、はは……最後までこんな感じで、すみません」
沙知「いやいや。あれがあたしの……1番の後輩たちさ」
笑い合うメンバーを見つめ、沙知も嬉しそうに笑う。その光景を見て、俺も少し、頰が緩んだ気がした
◇
蓮華祭が終わった。蓮ノ空の、実質的な卒業が
これで沙知は、蓮ノ空を去ることになる
校門の近くで慈たちと話す沙知を車の中から眺める
沙知「あれ、明人先生?」
話を終え、校門を出た沙知がこっちに向かってくる
明人「よっ。ほら、乗った乗った」
沙知「乗るって……」
明人「駅でいいだろ?送ってく」
沙知「じゃあ、お願いします」
沙知が乗り込んだのを確認して、車を動かす
明人「どうだった、あいつらステージ」
沙知「最高でしたよ。本当に」
明人「……そいつはよかった。いい名前だろ、八重咲ステージ」
沙知「よく考えられてますよね。花帆はすごいなあ」
明人「な。……これから、どうなるかね」
沙知「来年度のことですか?大丈夫ですよ。だって、あの子たちですから」
明人「……そうだな」
沙知の顔見て、少し満足げに答える
明人「なあ、沙知」
沙知「はーい?」
明人「俺もさ、考えたんだ。俺が沙知に返せるなにか」
沙知「返すって、あたしは明人先生に色々助けてもらってましたよ」
明人「それじゃ俺の気が済まないんだ。……俺は、沙知から大切なものを貰った」
ちらりと横を見る。沙知は驚いたような、嬉しそうな表情をしている
明人「貰ったものは大切にする主義だぜ?守れるかは断言できないけどな」
沙知「……くっ、あっはは!そこは断言してくださいよ!全く、明人先生らしいなあ」
明人「はいはい」
そこから、取り留めのない話をした。この時間が、ずっと続けばいいのになんて考えもした
楽しい時間はあっという間で、少し視線を上げれば、もう鼓門が見えてくる
明人「……少し、寂しくなるな」
沙知「そうですねぇ……」
明人「……また、顔出しに来るか?」
沙知「いいかもですね」
明人「なら、沙知が安心して来れるように、ずっと見ていくよ。来年度も、その先も」
沙知「お願いしますよ、明人先生」
駅に着き、車は動きを止める
沙知は扉を開け、車から出る
明人「……頑張れよ」
沙知「はい!行ってきます!!」
元気よく駆け出していく沙知の背中は、小さくとも、どこまでも大きく見えた