1話
新年度が始まった
慌ただしい準備の中、沙知の卒業をあれ以上惜しむ暇もなく入学式がやってくる
明人「まずは入学おめでとう。ようこそ、蓮ノ空女学院へ」
最初のHR.教壇に立って教室を眺める
目に入ったのは、黒のおかっぱ髪
吟子「……」
すぐに視線を外し、元に戻す
明人「さて、わざわざ蓮ノ空について話す必要もあまりないだろ。諸々の説明はちゃっちゃと終わらせて、校内を見て回ってもらいたい」
手に持ったプリントを渡し、また教壇に戻る
明人「伝統も変化も、旅立ちも別れも出会いも。この3年間で、この学び舎で。全て感じてもらう。改めて言おう。ようこそ、ここが蓮ノ空女学院だ」
◇
明人「ふぅ……」
人気も少なくなってきた教室で小さく息を吐く
吟子「……お兄、カッコつけすぎ」
明人「なんだ、吟子か……。悪かったな、初めて一年生持つからテンション上がってんだよこっちも」
話しかけてきたのは担当しているクラスのひとりであり、従妹の百生吟子
明人「ああそうだ。ほれ、部室のカギ」
吟子「カギ?」
明人「行くんだろ、スクールアイドルクラブ。まだ誰もカギ取りに来てないし、お前が開けといてくれ」
吟子「ん。あんやと」
カギを受け取った吟子は教室を出ていく
明人「さて、今年は誰が入るかねー」
背もたれに背中を預け、外の桜をみつめる
◇
吟子「なんなんあの先輩!?」
明人「なになになになに」
入学式から1週間が経った週明け。吟子の困惑した声が、騒がしい教室に溶けていく
吟子「花帆先輩のこと!近いし騒がしいしーー」
明人「しらんよ。あれが日野下花帆。慣れろ。以上」
吟子「わからん……!!」
頭を抱えて絶望したような、困惑したような表情を浮かべる吟子に思わず笑いが溢れてしまう
吟子「……お兄?」
明人「いい機会だな。歳の近い友達いなかったし」
吟子「ぐっ……。花帆先輩は、友達でいいって言ってくれとったけど……」
明人「いいじゃんか。そろそろ新一年生もクラブに入ってくる時期だろうし、きっといい経験になるぞ。友達作りの」
吟子「うっさい!」
明人「はいはい」
少し声を荒げる吟子を宥めなだめていると、教室の扉が開く
花帆「失礼しまーす。吟子ちゃんいますかー?あっいた!それにセンセイも!」
吟子「花帆先輩」
明人「よー、日野下」
いつも通りの元気な声を出しながら、教室に入ってくる
花帆「そっか、センセイって吟子ちゃんのクラス担任なんだっけ。どうです、吟子ちゃん!可愛いし声綺麗だし、刺繍も衣装案も出せちゃう!それに練習について行けるくらい体力あるし。スーパー後輩すぎません!?」
明人「わかってるわかってる。吟子のすごさはちゃんとわかってるよ。可愛いところもすごいところも、意外と子供っぽいところも」
吟子「なっ……!?」
花帆「あたしの知らない吟子ちゃん!?なんでセンセイが?」
吟子「お、お兄!言わんといて!」
花帆「お兄!?」
いちいち大きく反応する日野下についつい笑いが溢れる
明人「従妹だよ、従妹。どっかで話さなかったか?」
花帆「従妹……従妹……。あっ!オープンキャンパスのとき!」
明人「それそれ。っと、悪い。今から練習だったな。頑張れよ」
花帆「はーい!いこ、吟子ちゃん」
吟子「はい」
日野下に連れられ、吟子は教室を出ていく
明人「……行くか」
椅子から立ち上がり、教室を出る
◇
明人「イカダで蓮ノ湖横断ってどういうことだ……」
綴理「そのままだよ?」
明人「違う。そうだけど違う」
さやか「あはは……。すみません……」
小鈴「えっ?えっ?」
あっけらかんとしている綴理、苦笑いから真剣な謝罪をする村野。そして困惑する新一年
明人「綴理、状況……無理だな。悪い」
綴理「ボクなんなの」
さやか「わたしが。昨日、綴理先輩と蓮ノ湖をみていたら、この小鈴さんが蓮ノ湖をイカダを横断してて」
明人「そこから経緯を知りたい」
いきなり気になるところが出てきて早速止めてしまう
さやか「ですよね……。えっと……」
小鈴「あ、あの……」
綴理「すず、どうしたの?」
小鈴「も、もしかして、徒町のやったとこって……ダメなことだったり……」
新一年、徒町小鈴がおずおずと聞いてくる
明人「アウト、うーん……。アウト寄りのグレーゾーン……?」
さやか「別に校則には『蓮ノ湖をイカダで横断してはいけない』なんてありませんからね……」
綴理「ならセーフ?」
明人「指導対象」
小鈴「やっぱりアウトなんじゃ!?」
明人「軽く指導して、経過観察……くらいだな。綴理と村野は現国の課題2倍」
綴理「おわった」
さやか「わ、わたしも手伝いますから!」
絶望して天井を見つめる綴理を村野が宥める
小鈴「あ、あの……先生はスクールアイドルクラブの顧問、なんですよね……?」
明人「ん?ああ、そうだけど」
小鈴「もしかして……そんな危ないことをする生徒は入れられないーみたいなのって……」
明人「ないから安心してな!?」
小鈴「よかった……。徒町ギリギリ生還です!」
徒町は両手を挙げて元気よく言葉を放つ
明人「はぁ……。そうだな。入るんだったな、スクールアイドルクラブ」
小鈴「はい!これからよろしくお願いします、明人大先生!」
明人「大先生……?」
小鈴「?」
徒町の無垢な表情に少し呆れながら、徒町小鈴の入部を歓迎する
◇
慈「ってことで、これが私たちの後輩ちゃん!」
瑠璃乃「籠罠で捕まえたって説明はどうかと思うな!」
慈と瑠璃乃が連れてきたのは一年の安養寺姫芽。今年から取り入れられたeスポーツ推薦で蓮ノ空に入学してきた生徒だった
明人「もう今年の一年なにがなんだか……」
慈「?」
姫芽「あの」
安養寺が真剣な声で手を挙げて質問してくる
瑠璃乃「姫芽ちゃん?」
姫芽「なんでここに、男性がいるんでしょう」
慈「なんでって……顧問だから?ね、アキ君」
明人「じゃね?」
姫芽「え、なんでそんなに距離近いんですか。そりゃめぐちゃんは優しいし可愛いし天使ですし距離近いですし。けどめぐるりですよ?その間に他の人ってのは」
安養寺は低めの声でものすごい早口で言葉を回していく
明人「ごめんガチトーン早口やめない?聞き取れないよ、主に俺が」
姫芽「凄く要約するとめぐるりの間に入んなってことです」
瑠璃乃「姫芽ちゃんとは思えない口の悪さ!?」
慈「んー?私とるりちゃんの間に……?」
姫芽「アタシの掲げるめぐるり至高論に反するというか、めぐちゃんとるりちゃんがいいと思っているならオタクであるアタシに否定する権利がないのは分かってますけどなんとも言えない気持ちになるというか、厄介ですよね。すみません消えてなくなりたい」
瑠璃乃「意気消沈までが早い!?」
慈「わぁお……充電切れたときのるりちゃんみたい……」
瑠璃乃「ルリこんなんなの!?」
なんとか聞き取れない内容を脳内で要約して言葉にしていく
明人「つまり……俺は早々に安養寺に嫌われたってことか。オケ、理解」
瑠璃乃「決めつけるの早くない!?てか軽いし!」
明人「逆に今までがおかしいだけな。普通、変な立場だっての。それはそうと生徒に嫌われるって辛い……」
慈「ちゃんとダメージは入ってるんだ……」
姫芽「いえ、先生としては別に嫌いじゃないです。なんなら授業も面白かったですし。ただめぐるりはめぐるりってだけで」
明人「あ、マジ?あんやと」
先生として嫌われていないと知り、少し気分が上がる
姫芽「というわけであたしが納得できるまではこうかもしれませんけど、よろしくお願いします」
明人「おう、よろしく」
瑠璃乃「アキ君はこれでいいの!?」
明人「いいんじゃね?」
これで新入生は3人目。徒町はDOLLCHESTRA。安養寺がみらくらぱーく!に入ることになっている
明人「ああそうだ。クラブには徒町小鈴っていうやつと百生吟子ってやつが入ったんだ。仲良くやれよ」
姫芽「おぉ〜いきなり仲間ってやつですか〜?テンション上がるなぁ」
明人「んじゃ、頼むぞー」
そう告げて部室を出る
明人「……ありゃ去年の村野以上だな」
小さく呟き、昼休みの予鈴と共に教室に向かう
◇
明人「っと、これが15年前だから……こっち10年前……。流石にこの量持ってけないな。台車持ってくるんだった……」
慈から連絡が来たと思えば、大倉庫のスクールアイドルノートの入ったダンボールを持ってこい、という話だった
明人「スクールアイドルノート取って来いって……教師使いが荒いんじゃないのか」
文句を呟きながら、ダンボールを2つ一気に持ち上げる
小鈴「あれ?明人先生?」
姫芽「あれぇ、ほんとだ〜」
まだ聞き慣れない声の主を見ようと、ダンボールの横から顔を覗かせる
明人「徒町、安養寺。どうした、わざわざ大倉庫に」
小鈴「スクールアイドルノートを取りに来ました!」
姫芽「あ、これですこれです」
小鈴「本当だ!10年前のやつだよ姫芽ちゃん!」
姫芽「お〜。もしかして先生が持っていこうとしてました〜?」
明人「ああ。さっき慈から連絡がーー」
姫芽「む」
安養寺の顔が急に険しくなる
明人「文入れたのは梢だから……」
それを聞いた安養寺はなにも言わずにダンボールを持ち上げる
姫芽「じゃあ部室まで戻るぞ〜」
小鈴「おー!」
明人「情緒どうなってんの……」
安養寺の情緒に呆れていると、足音が近づいてくる
さやか「小鈴さん、姫芽さん!一年生だけだと迷子にーー」
小鈴「あ、さやか先輩!」
姫芽「なりませんよ〜。アタシ、マップ覚えるのは得意なんで」
やってきたのはクラブのメンバー。ふたりだけで向かった安養寺たちを心配してついてきたらしい
明人「安心しろ。俺もいるから迷わない」
さやか「先生?どうして大倉庫に?」
慈「お、働いてるねー」
綴理「アキ、働き者」
梢「すみません、わざわざ」
明人「スクールアイドルノート取りに行けってだけ送って来たのはどこのどいつらだよ」
慈「めぐちゃんたちでーす」
明人「っはぁ……」
呑気な声をあげる慈にため息が漏れてしまう
綴理「アキ、これひとりで持つの?」
綴理は俺の後ろにある大量のダンボールを覗き込みながら聞いてくる
明人「台車持ってこればよかった……」
花帆「そこは!あたしたちの出番です!」
瑠璃乃「おっしゃ!逆さまの歌見つけっぞー!」
明人「逆さまの歌……?」
瑠璃乃の発言に少し引っかかりを覚える
さやか「今、吟子さんのために逆さまの歌、という曲を探しているんです」
明人「逆さまの歌……逆さまの歌……」
瑠璃乃「おっ?なんか知ってる感じ?」
明人「あー……んー……?ばあちゃんの好きな曲やろ?あー……一昨年探した……」
慈「マジ!?」
花帆「なにか、なにか知らないですか!?」
日野下がぐっと近づいてくるのを少しふらつきながら引いて避ける
明人「ああ、そうだ。結局今はどの曲になってるのかわからなかったんだ」
慈「ってオイ!」
明人「あの量の曲とスクールアイドルノート全部見れるわけないだろ。それにあの時はそんな余裕なかったし。途中までは辿れたんだけどな」
梢「どこまで見つけられたかわかりますか?」
明人「ちょっと待ってろ」
ダンボールを置いて、その中を開く
明人「90期……94期……あ、これ。第96期。これの49ページ目」
梢にノートを渡すと、すぐにページが開かれる
そこに日野下が顔を覗かせる
花帆「……梢センパイ、ここの歌詞って……!」
梢「っええ!」
慈「え、なになに?」
花帆「ここ!この歌詞です!」
日野下は歌詞の一部を指差し、こちらに見せてくる
瑠璃乃「あー!!見たことある!」
綴理「そっか。逆さまって、そういう意味だったんだね」
さやか「なんでこんなことに気がつけなかったんでしょう」
明人「確かに。言われてみれば」
小鈴・姫芽「?」
◇
姫芽「先生」
明人「どうした」
ダンボールの片付けも終わり、校舎に戻ろうとした時、安養寺に呼び止められる
姫芽「先生って、なんなんですか?」
明人「……難しい質問だな」
姫芽「それ自分で言っちゃいます〜?」
安養寺は一瞬ふにゃりと笑うと、また真剣な表情に戻る
姫芽「別に、スクールアイドルクラブに男の人がいるこはいいんです。顧問って色々ありますから」
明人「その色々が濃いんだよ……」
今までの色々を思い出し、少しだけ肩が下がる
姫芽「でも先生とめぐちゃんせんぱいたちの距離感って普通じゃないじゃないですか」
明人「それは慈と瑠璃乃との話か?それとも梢と綴理と慈か?」
姫芽「……どっちもです」
少し考える素振りを見せた安養寺はそう答える
明人「なにもなんも、あの3人とは色々あったんだよ。……話すと長いから話さないぞ」
姫芽「……」
沈黙を無視して話を続ける
明人「で、慈と瑠璃乃。こっちが本命だろ?」
姫芽「はい」
今度はしっかり返事をしたのを確認して話を始める
明人「あいつらは……なんだろうな。幼馴染まではいかないし……昔馴染?近所の子供……は遠いか。難しいな」
姫芽「えっと……」
明人「近くに住んでたのはたった3年だよ。近所に住んでた、懐いてる子供ぐらいの感覚」
姫芽「……めぐるりですよ?」
明人「……は?」
姫芽「なんかっ……もっとないんですか!?昔から可愛かったとか!!いや、もうそれは周知の事実ですけどっ!!」
目をカッと開き、ものすごい早口でまくし立ててくる
明人「えっ、えぇ……」
姫芽「それはさておき」
安養寺のテンションの勢いについていけず思わず一歩引いてしまう
姫芽「やっぱりわからないです」
明人「……そうかい」
姫芽「どうしたらわかりますか?」
明人「知らん。俺もわかってないからな」
それを聞いた安養寺は一瞬、驚いた表情を見せる
姫芽「……わかりました。ならわかるまで、何度も挑みます」
明人「挑む……?」
姫芽「謎解き系はあんまりやったことないですけど、試行回数稼ぐのなら得意なんで」
明人「試行回数」
姫芽「それじゃあ、アタシは戻りますね〜。〜♪〜♪」
いつもの緩いテンションに戻った安養寺は、ハクチューアラモードを鼻歌交じりに歌いながら戻っていく
明人「……わっかんねぇやつだなぁ」
◇
明人「ほら、着いたぞ。着替えたらリハーサルな」
花帆・さやか・梢・綴理・瑠璃乃・慈・吟子・小鈴・姫芽「はい!」
Fes×Liveの会場に着き、車から全員が出ていく
少し窮屈に感じた車内が一気に広く感じる
明人「9人、か。随分増えたな」
吟子「お兄、メイクお願いしていい?」
明人「はいよ。すぐ行く」
吟子に呼ばれ、レンタカーから出る