壊れた如雨露といつか花咲く大輪の花   作:坪継

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3話

 

明人「慈なぁ……」

 

 暑さも増してきた6月。まだエアコンの効ききっていない補習室で、慈は気まずそうに目を逸らす

 

慈「うっ……」

 

明人「撫子祭前だよな?赤点は取るなって言ったよな?補習対象になるなって言ったよな?」

 

慈「はい……」

 

明人「はぁ……。まあ現国は赤点じゃなくなったのは成長か……」

 

慈「そうそう!だからめぐちゃんをもっと褒めーー」

 

明人「調子に乗るな」

 

 慈は肩を縮めて小さくなる

 

明人「撫子祭の準備は」

 

慈「るりちゃんに任せてきました」

 

明人「瑠璃乃と安養寺なら大丈夫だろうけどさあ。……さっさと補習終わらせろよ」

 

慈「はーい……」

 

 慈の返事を聞いて補習室を出る

 そのまま蒸し暑い廊下を進み、部室の扉を開く

 

吟子「お兄!」

 

明人「えっ、なに」

 

 部室に入った瞬間、吟子に引っ張られ机の近くまで連れて行かれる

 

梢「水瀬先生、こんにちは」

 

花帆「こんにちは!」

 

明人「こんにちは。で、吟子はどうした」

 

吟子「花帆先輩止めて!」

 

 吟子は必死な様子で訴えてくる

 

花帆「えー、なんでよ!いいじゃん、どうぶつ喫茶」

 

吟子「それはいいけどっ……!」

 

明人「なに、どうぶつ喫茶やるのか?」

 

花帆「はい!」

 

 日野下は胸を張って答えるが、隣で吟子は頭を抱えている

 

明人「梢は……なんでもう耳用意してるの……?」

 

梢「こ、これは、花帆や吟子さんに似合うと思って……。その、大倉庫から……」

 

明人「なんでもあるな大倉庫!?」

 

花帆「ねえ〜吟子ちゃ〜ん!」

 

吟子「ちょっ、抱きついてこんといて!」

 

花帆「こん!いいね!吟子ちゃんはキツネさんにしよっ!」

 

吟子「どういうこと!?」

 

梢「ふふっ。花帆はウサギさんかしら」

 

花帆「はい!ぴょんぴょ〜ん」

 

 日野下は吟子に抱きついたまま、片手でうさ耳を作って答える

 

吟子「わ、私はキッチンでいいです!」

 

花帆「なんで!?」

 

吟子「なんでじゃない!と、とにかく動物の耳はーー」

 

梢「えいっ」

 

 日野下を突き放し、一安心の吟子だったが、後ろから梢にキツネの耳を付けられる

 

花帆「可愛い〜!」

 

梢「お似合いよ、吟子さん。ほら」

 

吟子「〜〜!!!」

 

 梢の手鏡でキツネの耳を着けた姿を見せられた吟子は顔を真っ赤にし、声にならない悲鳴をあげながら手で顔を覆い隠して、しゃがみ込む

 

明人「……梢、写真」

 

梢「もう撮りました」

 

 梢はスマホを持ち、いつもの機械音痴がまるで嘘のような綺麗な写真を自慢げに見せてくる

 

明人「あとでくれ。ばあちゃんに送る」

 

花帆「あたしもあたしも!」

 

吟子「送らんといて〜!!」

 

    ◇

 

さやか「こ、これが……エンターテイメント……」

 

明人「よし、諦めようか」

 

 綴理に呼ばれ体育館に行ってみれば、DOLLCHESTRAの漫才を見せられた

 

綴理「おかしい……。アキはひっくり返るくらい笑うはずだ……」

 

小鈴「お、面白くなかった、ですか……?」

 

 不安そうな徒町の顔を見て、綴理に対して放とうとしていた言葉を飲み込む

 

明人「……頑張れよ」

 

綴理「うん」

 

小鈴「はい!」

 

さやか「諦められてませんかこれ!?」

 

明人「村野、諦めるのは簡単だったよ」

 

さやか「先生!……しかし、綴理先輩が言うよに先生がひっくり返るほど笑わせるためにはーー」

 

 村野はメモを取り出し、ぶつぶつ呟きながらなにかを書き出し始める。それを苦笑いで流して綴理の方に視線を向ける

 

明人「綴理、瑠璃乃たちがなにやろうとしてるか知ってるか?」

 

綴理「るり?るりならゲームの大会をやるって言ってたよ。あとミニライブ。ひめのやりたいこと、全部やるんだって」

 

明人「これまたみらぱ!らしい……。分かった、ありがとな」

 

小鈴「さやか先輩、綴理先輩!次!考えましょう!」

 

綴理「ん」

 

さやか「はい!」

 

 ステージの中央に集まるDOLLCHESTRAを尻目に、体育館から離れる

 

    ◇

 

瑠璃乃「ありがとございまっす!」

 

 夕日に照らされる校舎。電気と夕焼けで少し紅い廊下に、瑠璃乃の元気な声が響く

 

明人「瑠璃乃」

 

瑠璃乃「あっ、アキ君!」

 

 こちらに気がついた瑠璃乃は小走りで寄ってくる

 

明人「撫子祭の準備か?」

 

瑠璃乃「うん。ゲーム大会開こうとしたら、これまた大変でして……。色々貸してもらえないかーって頼んで回ってるところ」

 

 瑠璃乃はニコニコしながら続ける

 

瑠璃乃「みんな優しくってさー。色々貸してくれるんだな、これが」

 

明人「それはよかった。でも程々にしとけよ?充電切れて動けなくなったら大変だからな」

 

瑠璃乃「だいじょーぶ!ルリこれでも、バッテリーでっかくなってんだぜ?」

 

明人「そうは言うけどなぁ」

 

瑠璃乃「それに、姫芽ちゃんのためだから。今年しか味わえない、最初の撫子祭。楽しんでもらわないと」

 

明人「瑠璃乃もだろ」

 

瑠璃乃「え……?あ、そっか。ルリも」

 

 まるで今気がついたような反応を見せてくる

 

明人「あんまり無理すんなよ」

 

瑠璃乃「はーい。って時間時間!ごめん、行ってくるねー!」

 

 瑠璃乃はそう言い残し、こちらに手を振りながら走り去っていく

 

明人「……無理、してないわけないか」

 

 軽くため息を吐き、すぐに視線を戻す。荷物を抱え直し、職員室へ進み出す

 

姫芽「あれ?こっちからるりちゃんせんぱいの声したのに〜」

 

明人「安養寺?」

 

 曲がり角からひょこっと顔を出す安養寺が目に入り、足を止める

 

姫芽「先生。……ここにるりちゃんせんぱい来ました?」

 

明人「来たけど……。なにその表情」

 

 安養寺は少し難しい顔になりながら聞いてくる

 

姫芽「あちゃ〜なってました……?」

 

明人「なってた。どうしたんだ?練習着……。今日練習ないだろ?」

 

姫芽「自主練ですよ。みらぱ!に所属してる以上、頑張らないとですから」

 

 緩い声の中に芯を持たせ答えてくる

 

明人「熱心で結構。で、瑠璃乃だったか?あいつならさっきあっちに走ってったよ。……あいつしれっと廊下走ってたな……?」

 

姫芽「わっかりました〜。早く見せたいなぁ」

 

 安養寺は手に持った紙を優しく抱きしめながら、嬉しそうな声をだす

 

明人「それは?」

 

姫芽「ゲーム大会の告知のチラシです。さっき完成したんですよ」

 

明人「なら早く瑠璃乃に見せるべきだな。止めて悪かった」

 

姫芽「?」

 

明人「安養寺?」

 

 軽く手を振ってその場を離れようとすると、安養寺は不思議そうな表情を浮かべる

 

姫芽「見せてほしい、とか言わないんですか?」

 

明人「瑠璃乃に見せたいんだろ?」

 

姫芽「そう、です」

 

明人「ほら、行ってこい。張り出されたら見るから。あ、慈が補習終わるまで瑠璃乃のこと頼むな」

 

 しばらく動かない安養寺を背に向け、今度こそその場を離れる

 

    ◇

 

 チャイムの音と共に、教室が一気に騒がしくなる

 

姫芽「はぁ……」

 

 授業終わり、珍しく浮かない顔をしている安養寺が目に入る

 

明人「……はぁ……。安養寺」

 

 窓の外を見つめ動かない姿に負け、声をかける

 

姫芽「先生……?あれ、授業終わってる……」

 

明人「……聞いてなかったな」

 

姫芽「えっと……すみません……」

 

 安養寺は上の空の状態のまま謝ってくる

 

明人「次移動教室なんじゃないのか。もう全員行ったぞ」

 

姫芽「はい……。いてっ……」

 

 安養寺は席から立とうとして、脚を机の足にぶつける

 

明人「オイ……。なんかあったか?」

 

姫芽「な、なんにもないですよ〜。あはは……」

 

明人「なんにもなかった奴の顔じゃないぞ。いつもの幸せすぎで逆に辛い、みたいな感じでもないし」

 

姫芽「……そう、ですよね」

 

 安養寺は諦めた様子で、1枚の手紙を出してくる

 

明人「これは?」

 

姫芽「果たし状です。るりちゃんせんぱいからの」

 

明人「……ゲーム対決、か」

 

 瑠璃乃から安養寺への果たし状に目を通す

 

姫芽「アタシ、昨日逃げちゃったんです。るりちゃんせんぱいから」

 

明人「そうか」

 

姫芽「……なにも、言わないんですか?」

 

明人「俺がなにか言って解決するなら、安養寺ひとりで解決してるだろ」

 

姫芽「そんなこと……そんな、こと……」

 

 安養寺の視線はだんだんと下へと下がっていき、ついににはなにも言わなくなる

 

明人「……なにに迷ってるか知らないけどさ、受けたいなら受ければ?」

 

姫芽「そりゃ、受けない、なんてできるわけないですけど……」

 

 安養寺は果たし状を優しく持ち、じっと見つめる

 

明人「……なにが怖いんだよ」

 

姫芽「だ、だってアタシ、勝負ってなったら手加減とかできないですし……」

 

明人「いいんじゃね?それ込みの果たし状だろ」

 

姫芽「るりちゃんせんぱいがよくても、アタシがよくないですよ〜……」

 

 安養寺はまだ決めきれないのか、不安そうな声を漏らす

 

姫芽「先生なら、わかりますか?」

 

明人「ん?」

 

姫芽「るりちゃんせんぱいのことよく知ってる、先生ならーー」

 

明人「わからない」

 

姫芽「えっ」

 

 驚いた表情を見せ、また暗い雰囲気に戻っていく

 

明人「たとえわかったとして、俺は絶対、安養寺にだけは教えない」

 

姫芽「……それはっ、アタシがクラブのみんなみたいに先生を信用してないからですか……?」

 

明人「違うに決まってんだろ」

 

姫芽「っならーー」

 

明人「教えない」

 

 安養寺の言葉を遮り、そのまま続ける

 

明人「見るとこ間違えるなよ」

 

姫芽「見る、ところ……」

 

明人「じゃ、撫子祭までにはいい表情見れるの期待しておくよ」

 

 頭を悩ませだす安養寺をひとり教室に残し、教材を持って次の教室に向かう

 

    ◇

 

姫芽「ありがとうございました〜!!」

 

瑠璃乃「みんな楽しんでくれたか〜?」

 

慈「楽しくないわけないよね〜」

 

 撫子祭当日

 空き教室をみらくらぱーく!のミニライブは、廊下まで突き抜ける歓声に包まれていた

 

慈「と、言うわけで。教室ミニライブは『みらくりえーしょん』をお届けしました〜!」

 

姫芽「この曲本当におふたりが可愛くって〜!!」

 

瑠璃乃「あーわかったわかった。ひめっち、続きは配信で、ね?」

 

姫芽「くぅ〜……ここでのお預け。っわっかりました!溜めて溜めて溜めて!配信で一気に開放します!」

 

慈「それでよし!それじゃあ、私たちーー」

 

瑠璃乃・慈・姫芽「みらくらぱーく!でした!」

 

 ミニライブが終わり、3人は隣の教室に引いていく。観客はそれぞれ、ライブの余韻に浸りながらも教室を後にする

 

明人「……ちゃんといい表情してたじゃんか」

 

 その様子を廊下で見つつ、さっきのライブをもう一度思い返す

 

姫芽「明人先生」

 

 着替えを終えた安養寺がずいぶん軽い足取りで廊下に出てくる

 

明人「安養寺か。いいライブだったな」

 

姫芽「えへへ〜。どうですか、これが新しくなったアタシーー。ううん、みらくらぱーく!です!」

 

明人「最高でした」

 

 自信たっぷりの表情に、思わず頰が緩む

 

姫芽「そうだ。るりちゃんせんぱいとめぐちゃんせんぱいから聞いたんです」

 

明人「なにを?」

 

姫芽「先生のことですよ。取り合えず、この3ヶ月でわかったことを話してみて」

 

明人「そうか、それで?」

 

姫芽「結局、わかりませんでした。おふたりとも、それで十分、としか言ってくれなくて」

 

 安養寺はまたわからなかったと答えるが、先月のような浮かばない表情ではなかった

 

姫芽「めぐちゃんせんぱいが言ってました。先生との関係って、言葉にできないって。るりめぐとか、そういう括り方じゃないって」

 

明人「そうかもなー」

 

姫芽「な〜んか、それでスッキリしたんですよね。この間もそうでしたけど、先生って近いのに遠いじゃないですか」

 

明人「また綴理みたいなことを……」

 

姫芽「それが先生のやり方だってわかったから、先生が何者か理解しなくてもよくなりました」

 

明人「……結局、諦めるのか?」

 

 そう聞くと、安養寺はニヤリと笑う

 

姫芽「メインストーリーをクリアしただけで、ゲーマーが止まると思います?」

 

明人「メインストーリー……?」

 

姫芽「こっからはやりこみ要素です!DLCでもなんでもかかってこい!ですよ!!」

 

 安養寺は目をカッと開き、大きな声でそう答える

 

姫芽「これからも挑みますよ!理解するためじゃなくて、わかるために!」

 

 安養寺は拳を前に突き出してくる。それを見て、一瞬だけ動きを止めてしまう

 安養寺の顔を見る

 小さな笑いと共に、拳を突き出す

 

明人「受けて立つよ。学生チャンピオン」

 

 拳と拳が、軽くコツンとぶつかり合う

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