明人「ぼ、ボロボロだな……」
部室で日野下に見せられたのは、3つの箱に入った衣装。至るところが傷んで、破れてのボロボロだった
花帆「あはは……折角見つけたんですけど……」
梢「もうずいぶんと前の物ですから、流石に」
明人「前?大倉庫から引っ張りだしてきたのか」
花帆「はい!芸学部がスクールアイドルクラブに名前を変えたときの、最初の衣装です!」
日野下は自信満々に胸を張って答える
明人「最初の衣装か。そいつは凄いな。で、どうする?こんなボロボロだと使えないし、飾るのも無理だな。処分するのか?」
花帆「この衣装でラブライブ!に出ます!」
明人「……え?」
日野下の言っていることが理解できず、素っ頓狂な声を出ししまう
明人「いや、この衣装を直したってーー」
吟子「そこは、おばあちゃんに任せようかなって」
花帆「今度の休みにみんなで吟子ちゃんの家に行くことになったんです!」
梢「と、いうわけで」
梢はにっこりと笑い、衣装の入った箱を3つとも渡してくる
明人「えっと……梢?」
梢「運んでくれますよね?」
明人「は?」
梢「運んで、くれますよね?」
明人「え、えぇ……」
箱を受け取りながら引き気味で視線を逸らす。ちょうど逸した先で吟子と目が合い、申し訳なさそうな顔をされる
吟子「全然帰ってこないって話したら……」
花帆「吟子ちゃんに聞いたら、最後に帰ったの、一昨年の夏休みだって」
明人「……忙しーー」
梢「そうだとしてもです。たまには顔を出してあげてください。吟子さんも寂しかったと」
吟子「わ、私はそんなこと……!!」
明人「帰ってきてほしくなかったんだな……」
慌てる吟子に対し、少しわざとらしく落ち込んだ声を出してみる
吟子「ち、違うから!!お兄に帰ってきてほしくなかったわけじゃ……」
梢「水瀬先生」
花帆「吟子ちゃんいじめちゃダメですよ!」
明人「悪い悪い。大丈夫だよ吟子。ちゃんと寂しがってくれてたのは分かってるから」
吟子「っだからそういうわけじゃーー!!」
慌てて弁解を始める吟子を横目に、箱を持ち上げる
明人「これをばあちゃん家までだな。分かった。運んでおくよ」
梢「お願いしますね」
そのまま箱を持ってその場を離れる
吟子「で、でも会いたくなかったわけじゃーー。っておらん!?」
花帆「お願いしまーす!」
吟子「お兄!!」
日野下に軽く手を振り、吟子の悲鳴を聞き流しながら部室を出る
◇
明人「ばあちゃん、ワークショップーー」
外に出てから戻ってこないばあちゃんを呼びに表に出ると、外にはクラブの全員が集まっていた
慈「おっ、アキ君じゃん。運び込みお疲れー」
姫芽「あきとせんせ〜、おはようございます〜」
明人「おはよう」
吟子祖母「明人、梢ちゃんがクラブにおったなんて聞いとらんよ」
挨拶を返していると、ばあちゃんが少しだけ眉を立てて聞いてくる
明人「乙宗がおるって言うたよ。……多分」
吟子祖母「まった、あてがいなこと言うて」
明人「知らん。ほら、さっさと全員入れまっしね」
吟子祖母「そうね。皆さん、取り合えず入りまっし」
9人はばあちゃんの案内で客間に案内される
どうやら、作業に取り掛かれるのは明日かららしい
吟子祖母「明人がちゃんと練習してくれてやったら、任せられたんにねぇ」
明人「うるさいげん」
苦い記憶を思い出し、顔が少し強張ってしまう
花帆「練習?」
瑠璃乃「アキ君、昔からお裁縫ちょっとだけ出来たよね」
さやか「そうなんですか!?」
姫芽「あきとせんせ〜が?……想像できないですね〜」
明人「オイ」
綴理「衣装もたまに、ちょっとだけなら直してくれるよ」
綴理がちょっとたげ、を強調して言い放つ
吟子「昔、おばあーー祖母に。少しだけ教わってましたから」
梢「だからだったんですね」
明人「母さんも俺も、ばあちゃんには似つかなかったみたいでな。手先が不器用なんだよ」
吟子祖母「そう言いながら、お母さんよりできとったやろ」
明人「ばあちゃんの鬼指導に耐えられんところは同じや」
蒸し暑い部屋にばあちゃんの鬼のような視線ーー
体ぶるっと震える感覚で意識が現実に戻される
慌てて首を横に振り、少しでも忘れようとする
明人「ばあちゃんは早くワークショップ行く!あと俺の昔話より吟子の昔話してくれ」
吟子祖母「はいはい。では作業に取り掛かるまでの間、我が家で、ごゆっくりとお過ごしくださいね」
吟子「いってらっしゃい。気いつけて」
花帆「いってらっしゃいー!」
ばあちゃんが退出したのに合わせて客間を抜け、隣の部屋に入る
明人「なんか作ろうかな……」
棚に置いてあった用具を取り出して、生地に手をかける
◇
明人「……また汚い」
不格好な形をした椿を見て、不満を漏らす
明人「はぁ……。やっぱ無理だな。吟子みたいに器用でもないし。……ばあちゃんに見つかったら怒られるな」
用具をしまい、立ち上がって部屋から出ようと振り向く
吟子祖母「なにに怒られるん」
明人「っばあちゃん……!?びっくりさせんといて」
吟子祖母「えらい集中しとったから声かけんかったんに」
明人「はいはい。で、なんかあった?」
吟子祖母「ちょっと、話があるんやけどぉ」
ばあちゃんはピンク色の、初代スリーズブーケの衣装が入った箱を開き、中を見せてくる
吟子祖母「この衣装はぁ、もう直せんげん」
ばあちゃんの言葉に、自然と目が大きく開く
明人「……やっぱり」
吟子祖母「わかってたん?」
明人「生地見たら、なんとなくなぁ。伊達にばあちゃんに鍛えられとらんよ。痛んどるし、形だけ戻せても、ライブじゃ使えん」
吟子祖母「そうねぇ」
ふたりして箱の中の衣装をじっと見つめる
吟子祖母「ひとつだけ、方法はあるよ」
ばあちゃんの言葉に顔を上げ、次の言葉を待つ
吟子祖母「それはぁんね、形を変えて残すことや」
明人「形を……」
吟子祖母「ほやけど、それをやるのは私たちでない。吟子が、あの子が仕立て直すんや」
明人「吟子が、ねえ……」
吟子祖母「手伝いはするよ。力は貸すしぃ、ほやけどどぉんね、そこまで」
明人「……大丈夫や。やりきってくれるげん、吟子なら。逆さまの歌も。Reflection in the mirrorも、そうやって変わってきたんやから」
吟子祖母「……ほやね」
ばあちゃんは優しく微笑み、衣装を持って部屋を出ていく
明人「……作ろ」
また用具を取り出し、作業を再開する
◇
梢「それでは、お世話になりました」
梢の言葉と共に、全員が一礼をする
吟子祖母「またいつでもいらっしゃい」
これから吟子以外が寮へ帰り、吟子だけが家に残って衣装の仕立て直しをするらしい
明人「梢、クラブの方頼むな」
ばあちゃんにFes×Liveのチケットを渡し終えた梢に話しかける
梢「はい。水瀬先生もこちらに残るんですよね?」
明人「ああ。吟子の手伝いと、あとちょっとな」
梢「わかりました。それじゃあみんな、帰りましょう!蓮ノ空に戻ったら、準備に練習に、大忙しよ!」
梢の号令で帰路に着き出す。少し静かになった玄関で、全員見えなくなるまで見送る
吟子「戻ろ。早く作業に入らんと間に合わんし」
明人「吟子」
吟子「なに?」
家に入ろうとした吟子を呼び止め、ばあちゃんに目線で先に戻るよう伝える。それを見たばあちゃんは中へと戻っていく
明人「できるな?」
吟子「うん。みんな期待してくれとるよ。私も頑張らんと!」
明人「……そうだな」
いい表情をする吟子を見て、少し気合が入る
明人「さて、手伝えることがあったらなんでも言いまっし。俺もばあちゃんも、やれるだけやるげん」
吟子「うん!」
◇
明人「っふぅ……。やっと出来た……」
夜も更け、日付が回った頃、小さく息を吐いて体を伸ばす
吟子「お兄」
体も伸ばし終えた頃、ふすまを開けて吟子が入ってくる
吟子「おばあちゃんがそろそろ寝なって」
明人「ああ。ちょうど終わったとこやし。もう寝るよ」
机の上に散乱した材料の切れ端などをまとめ、ごみ箱に捨てる
吟子「終わった?仕事?」
明人「いいや。これだよ」
さっき作り終わった物を見せる
吟子「……梢先輩の髪飾りに似てる」
明人「似てるならよかった。まあ、ちょっと不格好だけどな」
小さく笑い、赤い椿の髪飾りを優しく握る
明人「別にあげたりとかそういうわけじゃないんだけどさ。なんか、残せないかなって」
吟子「?」
明人「……なんでもない。ほら、寝るんだろ?」
吟子「うん。おやすみなさい」
明人「おやすみ」