明人「地区予選、突破」
ゆっくりと言葉を口にする
ラブライブ!地区予選 突破
その事実を、しっかりと
◇
11月に入り、クラブも忙しさを増した頃。書き終えた書類を抱えながら、部室の扉に手をかける
綴理「卒業……しなきゃダメ?」
中から聞こえてきた綴理の言葉に、開きかけた扉が止まる
明人「卒業……。そうか、もう……11月……」
どうしても足を踏み入れられない
一瞬でも長くあの空間にいたいのに。それなのに、いたくないとも思ってしまう
明人「……」
扉を閉め直し、その場を離れる
また、右手首が痛かった
◇
ドラムの音だけが響く音楽室
音は弱い。腕に力が入らない
音は強い。腕に無駄な力が入る
そんなことを繰り返してる間に、自分がなにを考えているのかさえ分からなくなる
明人「っ……!あ……」
腕にまた無駄な力が入った瞬間、少しハッとしてしまう
ここ1週間、部活に顔を出していなかったことに今になってようやく気が付く。教室で、吟子が心配そうな顔をしていたことも、日野下がわざわざ呼びに来てくれたことも。今、やっと
明人「はぁ……。ダメだな、やっぱ。すぐ分かんなくなる」
小さく愚痴を溢した瞬間、音楽室の扉が開く音が耳に入る
慈「やっぱりいた」
明人「慈?」
顔を上げる先にいたのは、練習着姿の慈だった
明人「どうした、ここまで来て。また作曲でも行き詰まったか?」
慈「いつの話してんのさ。私、もう三年生だよ」
明人「いつって、そんな前じゃ……」
言葉が止まる。思わず俯いてしまう
慈「アキ君?」
明人「……もう、二年前」
慈たちが音楽室に来て歌っていたのも、もう二年前。あの時も、あの時も
思わず手首を握ってしまう
慈「……珍しいね。アキ君がそんな顔するなんて」
明人「っ……そんな酷い顔してたか?」
慈「うん。んー、去年の10月と同じぐらい、かな?」
明人「そういうわけじゃ、ないんだけどな……」
慈「そう?あんな顔するアキ君珍しいからさ、結構覚えてるんだけど……体調悪かったりする?」
明人「体調はいいよ。どこも悪くない」
慈「なら良かった」
そう言って慈は近くの椅子に腰をかける
慈「で、なに叩いてたの?」
明人「なんも。適当に音出してただけだよ」
慈「そう?なら一曲叩いてよ」
明人「練習中だろ。また今度な」
慈「ちぇー」
慈は足をぷらぷらさせながら不満そうな顔をする
慈「今ね、綴理が職場体験してるの。知ってる?」
不満そうな顔をすぐにしまい、次の話題を投げてくる
明人「そう言えば寮母さんが言ってたな。市役所だっけ?」
慈「そうそう。今日は吟子ちゃんの紹介で加賀友禅工房。綴理も進路悩んでるんだってー。それに、まだ踏ん切りついてないみたいだし」
明人「なんの?」
慈「卒業。ちゃんと考えられてなさそうな顔してた」
明人「……そうか」
綴理も、まだ……
慈「アキ君はさ、めぐちゃんたちが卒業したら寂しい?」
明人「……急だな」
慈「えー、だって気になるじゃーん」
慈は軽く言葉をかけてくる
慈の顔を見る
ゆっくり、口を開いて言葉を呼び出す
明人「寂しいよ。入学から、ずっと見てきたんだから」
慈「そっか。アキ君もちゃんとセンチになるんだね〜」
明人「……意外か?」
慈「うん。アキ君、東京の大学行くときも平気な顔してたし。こっちは結構寂しかったんだぞー」
明人「あの時は定期的に帰ってくるつもりだったしな。ほら、暇な時はよく帰ってきたろ?」
慈「うん。大学生ってそんな暇かー?ってなるくらいにはね〜」
明人「そんな帰ってきてたか……?」
慈「おかげで意外と寂しくなかったですよー。……卒業したら私も顔出しに来よっか?」
明人「そういうことは進路決まってたから言え」
慈「げっ、バレてる……」
明人「そう言えば、綴理の進路調査票も出てないんだったか。はぁ……」
何気ない呆れから出たため息が気分を落ち着かせる
スティックを置いて椅子を立つ
明人「分かった」
慈「分かった?なにが?」
明人「次にセンチになるのは慈と綴理の進路が決まってからだ。じゃなきゃ落ち着けない」
慈「ちょ、今めぐちゃんを責める理由あったかー!?今ちょっと慰めようとしてあげたのに!」
明人「ならさっさと決めろ。安心出来ない。……成績の方もだけどな」
慈「うげっ」
慈の方を見るとバツの悪そうな顔をしている
明人「はぁ……。寂しくなるけど、卒業できない方が困るからな。もしそんなことになったら、俺はおばさんに見せる顔がない」
慈「はーい」
明人「それに、今はラブライブ!だろ」
慈「ん」
慈を引き連れ、音楽室を出る
明人「……あんやと」
聞こえるかどうか分からないような小さな声で呟く
慈「えー、なになにー?聞こえなーい。もういっかーい」
明人「絶対聞こえてただろ!」
慈はわざとらしくもう一度を催促してくる
慈「いいじゃん、減るもんじゃないんだし」
明人「こいつっ……!っはぁ……」
行き場のない握り拳をゆっくり解き、腕を伸ばそうとする
慈「ほらアキ君、いくよー」
明人「っ……」
慈「アキ君?」
伸ばそうとした先には、もういない
慈「……アーキ君っ」
明人「慈ーー」
慈「えいっ」
伸ばした手の先に、慈が頭を入れてくる
明人「慈……」
慈「えへへっ」
まるで小さな子供のような笑顔を浮かべる。頭の上に手があるだけなのに、嬉しそうで楽しそうで
明人「あんやと、慈」
慈「いいってこと!」
腕を小さく動かす。天使の羽根のような髪。昔と変わらないはずなのに。ずっと、大人びていた
◇
大倉庫にドサッと段ボールを置く音が響く
明人「っと、このくらいか」
ラブライブ!前に部室の大掃除をする話になり、多くなってしまった荷物を大倉庫に置きに来ていた
段ボールの中には、山積みになったファイルやノート。その中のひとつを取り出してみる
明人「……沙知の字」
ノートの後ろの方に沙知の字を見つける
きっと、部長になって初めて書いたときのもの。不安や期待が綴られていて
明人「ふっ……慈たちの印象ひでぇな」
喧嘩ばかりだったあの頃の、チグハグでまとまりとは対極にいた、あの時のこと
ゆっくりとノートを閉じ、優しく段ボールに入れ直す
棚に入れ、大倉庫を後にする
明人「大倉庫に運ぶのはこれで終わりでーー」
部室に戻ろうと廊下を歩いている途中、向こうから走ってくる人影が目に入る
明人「綴理……?」
綴理「アキ……っごめん……!」
明人「綴理!?」
ぺきんだっくを抱え、悲しそうな顔をした綴理はそのまま走り去ってしまう
明人「どうしたんだ、あいつ……」
小鈴「明人先生!!」
声のする方を向けば徒町もやってきていた
明人「徒町。なあ、さっき綴理がーー」
小鈴「綴理先輩、どっちいったか分かりますか!?」
明人「あ、あっちだけど……。多分、屋上……」
小鈴「分かりました!ありがとうございます!」
それを聞いた徒町は綴理を追うように走っていく
明人「なにがあったんだ……?」
とりあえず部室に行こうともう一度足を進める
さやか「先生!」
が、すぐに向こうから走ってくる村野の止められる
明人「む、村野も……?」
さやか「すみません、綴理先輩と小鈴さんがどこに行ったか分かりませんか!?」
明人「屋上だと、思う……」
さやか「ありがとうございます!こちらはわたしがどうにかするので、先生は部室に戻っていてください!」
今度こそ部室に足を進める
部室に入ると、全員が少し不安そうな顔をしながら掃除の続きをしていた
明人「運び終わったぞ」
梢「水瀬先生、ありがとうございます」
花帆「あのっ、センセイ!綴理先輩が……」
明人「さっき見たよ。……どう、だろうな」
さっきの綴理の顔を思い出す。本当に、酷い顔
姫芽「やっぱりーー」
行った方が、そう言い出しそうな安養寺を首を振って止める
明人「今は、3人だけにしてあげてくれ」
姫芽「あきとせんせ〜、でもーー」
慈「大丈夫。今は綴理だけじゃないから」
姫芽「めぐちゃんせんぱい……」
梢「さやかさんと小鈴さんに任せましょう。ほら、3人が戻って来る前に終わらせてしまいましょう」
梢の指示でまた全員が動き出す
◇
小鈴「時間、止まれえええええええええ!!!」
第二音楽堂に徒町の声が響く
明人「ビッグボイス選手権、ねえ……。綴理らしいなぁ」
部室の大掃除から戻ってきた綴理が、やりたいと言ったこと。それがこのビッグボイス選手権だった
思いの丈を、未練を。全部を吐き出していい場所
徒町が。日野下が。安養寺も、瑠璃乃だって。スクールアイドルクラブだけじゃない。蓮ノ空の生徒の大勢が、ここで
綴理「アキはいいの?」
明人「……今はいいよ。今は生徒の時間だろ」
梢「別に、先生だからダメだなんてことはありませんよ」
慈「もういっそのこと全部言っちゃえば?」
3人がステージの上に上がるように催促してくる
それに対し、首を振って行かない意思を示す
明人「吐き出したら、長くなりそうだから。今はいい」
綴理「そっか……」
それを聞いた綴理は少し残念そうな顔をする
明人「……ラブライブ!が終わったら。その時に、聞いてくれ。今じゃ、まとまる気がしないんだ」
慈「やっぱめぐちゃんたちへの愛が募っちゃってる感じ〜?」
明人「そうかもなぁ」
慈「えっ、ちょ、肯定するの!?調子狂うんですけど」
梢「ふふっ。今になって素直になりました?」
明人「元より否定したことなんて一度もないからな」
綴理「ずっとボクたちが大好きってこと?」
明人「そういうこと」
綴理「じゃあ、一緒だ。ボクも、めぐも、こずも。ずっと、皆のことが大好きだから」
梢「……そうね」
もう一度、ステージに視線を向ける。泣いて、笑って。皆が、全部を叫ぶ。叶わない願いも、叶ってほしい願いも
終わりの時間が迫り、ついに綴理の番になる
綴理「みんな、聞いてほしい」
綴理の言葉が始まる
目を瞑り、ひとつひとつの言葉を大切に、しっかりと言葉にしていく
綴理「ありがとう、大好きだよ。ボクをスクールアイドルにしてくれたみんな。ボクと一緒に、スクールアイドルをしてくれた……みんな」
綴理は両手を広げる
開かれた瞳には喜びが浮かんでいた。本当に、嬉しそうな表情
綴理「これからもずっとずっと大好きだよ」
そう、笑顔で告げられた
拍手が送られる。梢から始まり、慈へ。クラブへ。蓮ノ空の生徒、全員へと繋がって
ビッグボイス選手権は、これで終わり。生徒たちは第二音楽堂を出ていく
俺も第二音楽堂を出る
ーーでも、わがままは終わりじゃなかった
さやか「まったく……わがまま言える場所なんて作るからこうなるんですよ」
村野の声が聞こえてくる
明人「叫べよ、村野」
ここからは、本当にあいつらだけの時間
小さく漏れ出る村野の叫びを背に、校舎に足を進める
◇
明人「あの綴理が、ねぇ」
提出された綴理の進路調査票を見て、小さく呟く
『がっこうのせんせい』
丸い、綴理らしい字
そうやって書かれた紙をペンギンの羊毛フェルトで抑える