明人「な、長かった……」
慈の留年回避
蓮ノ空に着任してから慈のお母さんに頼まれた、最も重要な任務。それこそが慈の留年回避。もとい卒業
明人「無駄に抗うせいで本っ当に時間かかった……。何度諦めかけたことか……」
その戦いもついに終わり、疲れ切った体でベッドに飛び込む
あとはラブライブ!北陸大会に向けてクラブの方に集中するだけ。ついにそこまでやってくることに成功した
そんなことを考えていると、通知でスマホが揺れる
明人「慈……?」
『アキ君助けて!!!!』
スマホの画面をスクロールし、後ろの文章を見た途端指の動きが止まる
その後に書かれている内容をみた瞬間冷や汗が止まらなくなる
明人「“立派な常識人”……。やっばい……忘れてた……」
体の震えでその日の夜は眠れなかった
◇
明人「慈……!」
慈「そんな怒んないでよ〜!!」
焦りと寝不足で変な怒りが浮かぶ
小鈴「あ、明人大先生!落ち着いてください!」
明人「なんで、なんで今になって……。やっと留年回避したのに……」
落ち着かないテンションで涙が溢れてきてしまう
吟子「お兄が泣いとる!?」
瑠璃乃「アキ君のテンションが変なところ行っちゃってるよ!!」
梢「慈の留年回避のために一番頑張っていたのは水瀬先生だものね……。ええ、本当に。私たちが一年生の時から」
花帆「慈センパイが勉強を諦めた時期から……!?」
さやか「あれは早すぎると思いますけど」
慈「そこ!」
明人「終わりだよ!どうするんだよ!慈が実家に帰るまでの間に、勉強も生活力も全部!!全部手に入れるんだぞ!?終わった……」
改めて口にしたせいで絶望感がさらに強くなり椅子に座り込んでしまう
姫芽「あきとせんせ〜、お水です〜」
綴理「アキ、大丈夫?」
明人「……あんやと……」
安養寺から受け取った水を一気に飲み干し、どうにか気分を落ち着かせる
明人「で、本格的にどうする。最悪、生活力だけならどうにかなりそうな気もするけど、学力はもう無理だぞ。あと金銭感覚」
さやか「急に落ち着いた!?」
慈「諦めない!仮にも教師だろ!!」
明人「教師にも諦められる方が悪い」
慈「ぐっ……正論すぎてなにも言い返せない……」
瑠璃乃「とりあえず、やるしかないんじゃないかな?金銭感覚はその、ちょっと、あれ……だけど」
梢「学力は私と水瀬先生で。生活力は……そうね、さやかさんにお願いしてもいいかしら?」
さやか「お任せください」
綴理「頑張れ、さや」
小鈴「徒町もお手伝いします!」
慈のめぐママ試練突破計画
本来かける必要のないはずだった苦労が、願わない形で始まってしまった
◇
めぐママ試練突破計画
それは慈を“立派な常識人”にし、慈の卒業後の自由を掴み取るための計画。生活力、マナー、学力。この3つを手に入れ、慈のお母さんから許しを得れば慈の勝ちの至って単純で極めて難しい計画でもある
慈「ついにお勉強のお時間ですのね〜」
梢「なに、その喋り方」
明人「ついにおかしくなったんだな」
慈「いえいえ、どうぞご心配なさらず……。じゃなくて!なんでもない!おかしくもなってない!」
おかしかった口調も元に戻り、いつもテンションに戻る
梢「あなたががんばっていることは、さやかさんや吟子さんから聞いているわ」
明人「金銭感覚の酷さもな」
梢「もし疲れているなら、後日に回してもいいのだけれど」
慈「ううん、やる。私の人生がかかってるんだもん。あとアキ君うるさい」
今日行うのは慈の学力を向上させるためのお勉強会。まずは常識力を図るための一般常識問題集を解いてもらう
梢「安心してちょうだい。時事問題、社会情勢を除けば、ほとんどは中学校までのカリキュラムで解ける問題だから」
花帆「あたしも高校受験だけはがんばったので、お手伝いできると思います!」
慈「ぐっ……。私はついに……花帆ちゃんにまで、勉強を、教わるのか……っ」
花帆「それどういう意味ですか!?」
明人「日野下は慈ほど酷くないからな。補習室の女王だなんて呼ばれてないからな」
慈「それ私のことだったの!?」
花帆「あたしは補習室の女王なんかじゃないですー!今はこっち側ですー!」
そう言いながら日野下は梢に抱きつく
花帆「でも慈センパイ、留年は回避できたんですもんね!いけます、いけます!」
慈「そうだね。課題いっぱい出したからね。ひたすら教科書の書き取りをしたり、梢のノートを丸々写させてもらったり」
花帆「……あれ?赤点を脱した、とかではなく?」
明人「普通の方法で留年を回避できればどれだけ良かったか……」
花帆「あれ……?」
梢「とにかく誠意を尽くすことで、卒業を許してもらったのよ」
明人「あっちこっち回って課題出して頭下げて、なんとか単位貰って。まさかあそこまでするなんて思いもしなかった……」
あの日々を思い出してしまい目線が下がる。まさか慈の単位のために頭を下げる日が来てしまうなんて考えたくもなかった
花帆「う、うわぁ……大変そう……」
慈「つまり、いよいよ私の本当の実力を見せるときが来た、ってわけだ」
梢「……そうね。それじゃあ、始めましょう」
慈「どんとこいだよー!」
かくして始まった慈の一般常識テスト。蓮ノ空に入ってこれるような生徒なら、そこまで詰まることなく、難なく解ける問題
ーーのはずだった
慈「はぁ、はぁ……な、なかなかやるじゃん……」
梢「どうすればいいのよ、こんなの……」
花帆「常識テスト、100点満点中、20点……。逆に、この10問だけよくわかりましたね……」
日野下の言った通り、1問2点の全50問中、慈の合っていたのはたったの10問。たったの、10問なのだ
慈「ま・ね」
梢「私はどうすればあなたを今の5倍賢くすることができるのかしら……。水瀬先生、よく3年間も勉強を教えられましたね……」
明人「結果は伴わないけどな。3年かけてやっと1教科だけ赤点回避だ。時間と労力に見合わない……」
花帆「ご、5教科だけでも単純計算で15年……ってことはつまりあと12年……!?」
慈「おいおいそんなに賢くなったんじゃ、めぐちゃん神になっちゃうよ?」
梢・明人「はぁ……」
慈「ためいきやめて。きずつく」
ため息も出てしまう。一体どうすればこのバカをマシに出来るか。そんなことをいくら考えても思いつかないのだから
梢「今から、お母様への謝罪文の書き方を勉強しましょうか……?」
明人「慈、それなら間に合うだろうから。な?もうそうしよう?俺も一緒に謝るから」
慈「もうちょっとだけがんばるから……!」
花帆「うーん。……あ」
もう梢の案の方がいいんじゃないかと思い始めた辺りで日野下が声をあげる
花帆「あの、慈センパイ。この漢字なんて読むか、わかります?」
慈「ん?“群青”でしょ。さやかちゃんの」
花帆「あ、じゃあじゃあ、えと……!淡路島があるのはどこの県ですか?」
慈「兵庫県。みんなでライブに行ったとき、パンフかなんか見た気がする」
明人「!」
梢「まさか……!」
日野下の発言に、解けている問題が繋がっていく
花帆「そうです!慈センパイは、スクールアイドルに関連することなら、覚えてるんです!だったら、なんでもかんでもスクールアイドルに関連させちゃえば!」
慈「ナイスアイディアだよ!花帆ちゃん!やっぱり私を救ってくれるのは、スクールアイドルってことかー!」
明人「梢、歴史とか数学をテーマにしたスクールアイドルの曲とかは?」
梢「すぐに探します。結びつけられないところは無理矢理歌にでもしてしまいましょう」
明人「この際だ。手段なんてなんでもいい。無理矢理でもなんでも覚えてもらうからな」
慈「よっしゃ、梢!アキ君!どんどんいこ!」
梢「わかったわ!」
一番の難関、学力の問題の解決についに近づくことが出来た
◇
あれからしばらく日が経ち、慈に模擬テストを解かせてみたのだが
梢「……信じられないわ」
梢の声が部室に響く
梢の手に持たれたテスト用紙には、80点。そう書かれていた
明人「採点してたときは目を疑ったよ」
梢「私もです。絶対に絶対に無理だと思っていましたもの」
慈「不可能を可能にするスクールアイドルといえば、めぐちゃんだからね!」
慈は誇らしげに胸を張って激しく主張してくる
綴理「めぐ。鳥の照り焼き弁当の作り方は?」
慈「ふっ……。鶏もも肉100グラムに市販の照り焼きソースをかけて、焼くだけ!」
加えて副菜や材料費もすらすらと答えていく。しかも安く収まる値段のを。今までの慈からは一切考えられないことが、目の前で起こっていた
明人「め、慈……ついにまともな金銭感覚を手に入れたんだな……!」
瑠璃乃「めぐちゃんが一般的なお買い物ができるようになって、ルリ嬉しいよ」
慈「でしょ☆」
梢「少なくともこの調子なら、あと1週間もあれば満点も夢じゃないわ。引き続き、がんばりましょう」
慈「……ふぅ」
慈は一息つくと梢から問題を取る
慈「これで義理は果たしたよ、ママ。なのでーー」
手に持った問題用紙を、真っ二つに破ってしまう
慈「今まで付き合ってくれて、ありがと!今日からは、ラブライブ!北陸大会の練習に全力を注ぐよ!」
姫芽「い、いいんですか!?だって、めぐちゃんせんぱいの未来が!」
慈「たしかに、中学までの私はヒヨコちゃんだった。けどね、私はもう18歳になるんだよ!自分の道くらい、自分で決められるっての!」
まさに慈らしいといえば慈らしい宣言だった
世間の常識が通用しないなら、世界を自分色に染めてしまえばいい
慈「私はスクールアイドル、藤島慈だよ!つべこべ言うようなら、パフォーマンスで黙らせてやる!そうーーラブライブ!北陸大会の舞台で!」
◇
明人「もしもし、お久しぶりです」
慈母『久しぶり。ごめんね、急に』
夜、電話をかけてきたのは慈のお母さんだった
明人「お気になさらず。どうかしました?慈の方なら留年も回避して順調そうにしてますけど」
慈母『その慈ちゃんのことなんだけどね。大丈夫?あの子、明人君に迷惑かけてない?』
明人「迷惑なんて。いつものことだから大丈夫ですよ。最近なんて、ほんと」
慈母『慈ちゃんらしい。ごめんね、慈ちゃんの様子を知りたかっただけなの。ほら、そろそろ慈ちゃんがこっちに帰ってくるじゃない?ちょっと待ちきれなくって』
明るく優しい口調なものの、どこか圧を感じてしまう
明人「あはは……。大丈夫だと思いますよ。慈も慈なりにがんばってますから」
慈母『ならよかった』
明人「……まだ黙ってたりします?ジュエリーデザイナーやめたこと」
慈母『またその話?おばさん、もう耳にタコができちゃいそう』
明人「すみません。でも……そろそろ話してあげてもいいんじゃないですか?慈も18になるんですから」
慈母『どうかな〜。別に私は諦めたわけじゃないしな〜。それに、慈ちゃんはまだ手のかかる子だから』
明人「なら、いつか手のかからない慈になってるかもですね。それじゃあ、明日は朝練があるので失礼します」
そう言って電話を切る
◇
翌日の朝だった
慈に呼び出され、部室に顔を出す
明人「どうした、まだ朝練が始まる時間じゃないぞ」
慈「ちょっとね」
慈の表情を見て、少し気を引き締める
明人「どうかしたか?」
慈「アキ君はさ、ママがジュエリーデザイナーやめたこと、知ってたの?」
明人「誰からそれを……いや、知ってたよ。慈が知らないことも、慈に隠してることも」
慈「そっか。……ごめんね、いらない迷惑かけちゃって」
明人「なんかあったか?」
慈「昨日ね。でも大丈夫」
慈はスマホを取り出すと、こちらに渡してくる
慈「アキ君、動画撮ってくれない?」
明人「動画?」
慈「私の思いを込めた動画。もう大丈夫だって。もう、なにも知らなかった私じゃないって。そう伝えるための動画」
明人「……分かった」
スマホを受け取る
慈は背を向け、カメラにしっかり移る位置に向かう
慈「曲を作るよ」
明人「!」
振り返っては来ない。それでも、話は続く
慈「私が、みんなが。スクールアイドルとして過ごしてきた軌跡の歌。楽しかったことも。……苦しかったことも。このかけがえのないぜんぶを抱きしめて」
その声には芯があった
なにがあったかは分からない。それでも、慈がまた踏み出したのは確かだった
慈「これは、私たちの決意の曲。名前をつけるなら」
慈はこちらに振り返る
慈「KEY of Like!」
その目は輝いていた
慈「見ててよね!アキ君!これが今のーー」
慈は大きく両手を広げる
それは、自由な輝きを持つ、ひとつの宝石だった
慈「スクールアイドル、藤島慈だから!!」
◇
ラブライブ!北陸大会
会場は既に熱気に包まれていた。そして、ついに蓮ノ空のライブが始まろうといている
明人「慈」
慈「はーい?」
ステージに向かおうとしている慈を呼び止める
カバンから白色のポーチを出し、その中にある櫛を使って慈の髪型を整える
慈「あれ、崩れてた?」
明人「ちょっとな」
静かな時間がながれる
慈「……ありがとね」
その静寂を破ったのは慈の声だった
明人「急にどうした?」
慈「諦めないでいてくれて、ありがとう。私が蓮ノ空に入ってから、ずっと。私が、踊れなかったときも」
明人「……あのとき一番がんばったのは慈だろ」
慈「あのときの私、諦めちゃったから。梢と綴理はずっと私の手を握っててくれたのに。なのに、私から手を離しちゃってさ」
慈の声は、不思議と暗くなかった
慈「アキ君はずっと隣にいてくれた。私はスクールアイドルであることを諦めてたのに」
明人「スクールアイドルでもそうじゃなくても慈は慈だろ」
慈「そういうところ。傷心中のめぐちゃんには染みに染みましたとも……」
明人「あれはやりすぎた自覚はある……」
慈「まあ?あんなに優しくしてたのがめぐちゃんに対してだけってなら?被害者は私ひとりってことで許したげる!」
明人「俺はいつ加害者になったんだよ」
いつの間にか軽口を叩き合っていた。あのときのこと話しているはずなのに、もう、辛くはなかった
慈「だからね、ありがとう。私を。スクールアイドル藤島慈を諦めないでいてくれて」
明人「……当たり前だろ。ほら、直ったぞ」
慈「ん」
慈は髪型が整ったのを確認すると、姿勢を低くし上目遣いでウィンクを飛ばし、ステージの方へと駆け出していく
慈「そんなめぐちゃん大好きなアキ君には、最高のライブをプレゼントしてあげよう!」
こちらを向いた慈の瞳は
慈「これが私。“今の私”!会場も世界も!アキ君も!み~んなっ夢中にしちゃうんだから!」
なによりも、誰よりも
光輝いていた
◇
瑞河女子高等学校。それは、長野にある小さな高校
そこには、ひとりのスクールアイドルがいた
たったひとりで、中部大会を蹴散らした。ひとりのスクールアイドル
泉「北陸代表は蓮ノ空か。ふふっ。また会えること、嬉しく思うよ」
セラス「どうしたの、泉。もう練習の時間だよ」
その声で少女は現実に引き戻される
泉「すぐ行くよ」
セラス「そう?私、先に行ってるね」
ひとりになったのを確認して、少女はまた小さく笑う
泉「……楽しみにしているよ、顧問さん」
中部代表、瑞河女子高等学校スクールアイドル部
その少女の名は
ーー桂城泉