廊下に優しく響く笑い声
その優しさが、静かすぎる
明人「……」
扉に触れた手を離す
◇
明人「はぁ……」
季節はすっかり秋になった10月
三大文化祭である竜胆祭が間近にまで迫ってきた
それに、もっと大事なものも
沙知「せんせー、いつまで生徒会室にいるつもりですかー?」
沙知の声が飛んでくる
明人「……いつ、だろうな」
沙知「いやー、重々しい雰囲気で来たから何事かと思って中に入れましたけど……ソファに寝っ転がるだけはやめません?教師でしょ?」
明人「……だよなぁ」
ゆっくり体を起こし、天井を見上げる
沙知「心ここにあらずっていうか……ほんとにどうしました?」
明人「わっかんねぇ……」
沙知「そろそろ竜胆祭の参加届出しに来る生徒が来るんですけど……」
明人「……部室、行きたくないんだよ」
沙知「明人先生が?それにラブライブ!も近いんだから、行ってあげてくださいよ」
明人「壊すよりいいだろ……」
沙知「?」
スマホがブブッと震える
明人「……沙知ー」
沙知「はい」
明人「梢、体調崩したってさ」
沙知「……………はい?」
明人「だから、梢が体調……不良………梢が!?」
沙知「うわうっさ」
◇
慈「梢ー、アキ君がお見舞い来たよー」
慈の先導で梢の部屋に入る
梢「水瀬先生……すみません……」
明人「体温は?」
梢「39度……です。っでも、まだ40度を超えてーー」
明人「アウトだよ」
梢「うっ……」
どうやら竜胆祭へ向けてのやる事諸々で体調を崩したらしい
明人「はぁ……。部の方は……村野がいる大丈夫だろうな」
慈「実際さやかちゃんが部長代理だしなぁ……」
明人「お前らなぁ……。いや、慈と綴理だもんな。梢の代わりは無理そうか……」
慈「おい!」
梢「……本当にすみません」
明人「とにかく、回復優先な」
それだけ言って部屋を出ようと扉に手をかける
梢「あのっ先生」
明人「まだあるのか?」
梢「その、最近、部に顔を出してないですけど……」
明人「……竜胆祭前で忙しいんだ。そっちは6人で回るだろ」
梢「本当、なんですか?」
明人「本当だよ。授業もあるからさ。二年目の新米にはキツい」
できるだけ笑顔で、優しい声でそう伝える
梢からの返事はない
それを確認し、扉を開けて部屋を後にする
慈「ちょっ、アキ君私とじゃないと寮内歩いちゃいけないって話でしょー!」
◇
沙知「ってわけで、このチラシを全部配ってくること」
さやか「全部って、これをですか!?」
瑠璃乃「や、山積みだぁ……」
花帆「あたしたちだけで!?」
生徒会室に戻ると、中から声がした
沙知「おっと、無理だなんて言わせないぜ。ステージの使用許可、ほしいんだろ?」
花帆「うぅっ……」
瑠璃乃「やるしか、ない感じ……?」
さやか「で、ですね……。わかりました、引き受けます」
沙知「よしっ。ならチラシを持って戻りな。あたしは忙しいんだ」
花帆・さやか・瑠璃乃「はい!」
中から3人が出てくる
瑠璃乃「あっ、アキ君!」
明人「……それは?」
花帆「生徒会長からの試練です!」
さやか「これを全部配ってこいと」
明人「……はぁ……そうか、頑張れよ」
3人が行ったのを見届けて生徒会室に入る
明人「沙知、あれはなんだ」
沙知「なにって、試練ですよ」
明人「……あっそ」
◇
沙知「今日もですか〜……?」
明人「いいだろ、別に」
沙知「いや、今日はーー」
沙知がなにか言いかけたとき、扉が開く
さやか「失礼します」
瑠璃乃「どもどもです」
花帆「どもでーす!」
入ってきたのは一年生の三人
沙知「おー、来たか来たか」
花帆「はい!来ました!」
瑠璃乃「あれ?アキ君?」
花帆「あれ?ほんとだ。なんでセンセイが?」
明人「……沙知、どういうことやが」
沙知「まあまあ、明人先生は色々あって生徒会室に来てるんだよ」
さやか「色々、ですか……」
村野が見てくるが、なにも返せない
沙知「ではでは諸君、第二の試練の時間がやってきた……!」
花帆「楽しそうだなぁこのひと!」
沙知は冗談を混じえながら試練の内容を伝える
スクールアイドルコネクトーー通称スクコネを使い、クラブの宣伝動画を作ることだった
試練を伝えられた3人は早速撮りに行くと言って生徒会室を出ていった
明人「……沙知」
沙知「まあまあ。必要でしょ?」
明人「……必要ないわけじゃない。それでも、試練だなんて大袈裟に言うものか?」
沙知「あれ?いつもの明人先生ならわかってくれるのになあ」
明人「……そ」
パソコンで作業を再開する
◇
スマホを操作し、イヤフォンを外す
明人「……花咲きたいから。楽しそうだから。……スクールアイドルだから、か。村野は不合格だろうな」
さっきスクコネに上がった動画を確認する
目の前には課題を書き進める慈の姿
慈「アキ君?」
明人「……俺のことを気にしてる暇があれば問題解け。また提出遅れることになるぞ」
慈「ちぇっ。はーい」
シャーペンを動かし出す慈を横目に、またイヤフォンを付け、動画を再生し直す
さやか『わたしもひとりのスクールアイドルとして、精一杯大会に臨みたいと思っています!』
綴理か、それともまた別の誰かか
明人「スクールアイドルをやる理由、か。聞きたいことが遠回しだな」
沙知の行動に少しだけ不満を漏らす
明人「……沙知、無理難題は違うだろ」
動画が終わる。イヤフォンを外して、大きく伸びをして体をほぐす
慈「試練ってやつ?」
明人「……聞いたのか?」
慈「うん。一年生ズからね。……そっかぁ。スクールアイドルをやる理由、か。沙知先輩らしいっていうか……」
明人「村野がスクールアイドルをやる理由、フィギュアと綴理だろ。それなもんで十分だっての。沙知は求めすぎなんだよ」
操作をやめたスマホの画面が暗くなる
慈「そうかな」
明人「は?」
慈「きっともう見つけてると思うよ。さやかちゃんも」
明人「なに言うとるが。……課題、終わらせとけよ」
慈「あれ、アキ君は?」
明人「……ちょっと、外の空気吸ってくる」
そんなもの……
◇
明人「……わからん……」
屋上にやってきて、ふと出た言葉はこれだった
なにがわからないのか、なにを思いつめているのかもわからないのに
明人「ダメや、落ち着かん……」
手に持ったホットココアを啜っても気分は落ち着かない。胸の奥がざわざわして、止まらない
梢『本当、なんですか?』
沙知『あれ?いつもの明人先生ならわかってくれるのにな』
慈『きっと見つけてると思うよ。さやかちゃんも』
下を向くと3人の言葉が脳内を駆ける
明人「……だからっ、わかんねえっての……!」
さやか「みんなの、期待に!」
顔を上げた瞬間、村野が目の前を通る
明人「村野……?」
さやか「っ先生?なんで屋上に……って違う違う。すみません、わたし、生徒会室に行かないとなので!」
村野の顔付きが違う。もうすでに不合格は言い渡されてるはずだ。なのに……
明人「っ村野!」
さやか「はい?」
生徒会室に足を進める村野が動きを止め、振り返る
明人「っ……なにか、見つけたのか?」
さやか「はい。先生、“期待”しててください」
明人「えっ……」
さやか「それがわたしの答えです」
そう言って村野は生徒会室に向かって行った
明人「……なんなん」
缶を呷る
もう、残っていなかった
◇
Fes×Liveが終わった
竜胆祭も、ラブライブ!予選も、村野さやかの意思表示も
明人「期待、か」
片付けも終わり、静かになった音楽堂。どんな小さな呟きすらも響いていく
舞台袖からゆっくりステージの中央に向かう。ゆっくり、ゆっくりと
明人「……やっぱ、見えないか」
ステージに立っても、なにも見えない
照明も
観客も
そこにあったはずの姿さえ
ゆっくりと、右手首のミサンガに触れる
明人「期待は、重いぞ」