リストラ社会人、相棒の銀髪青眼色白美少女(元おっさん)とダンジョン配信に挑戦す! 作:SIS
ある日の夜。
仕事から戻って来た俺は、駐車場の陰で一人の浮浪者が座り込んでいるのを見つけた。
暗がりでも目立つ、灰色の髪と日本人離れした体格。
外国人の浮浪者か。
「なんだ? そこで何をやっている……」
「ああ……すまない。すぐに出ていく……」
内心うんざりしながら呼びかけると、戻って来たのは意外にも流暢な日本語。
傍らを一台の車が通りすぎ、そのライトで一瞬、相手の姿が照らし出される。
驚いた事に、この寒空の下、相手は半裸と言っても過言ではない軽装だった。灰色の髪に青い瞳、白い肌の筋骨隆々とした外国人。身に纏っているのは防寒性があるとは思えない真っ白な布服。腕も足も大きく露出しており、暗がりでもはっきりとわかるほど鳥肌が立っている。
その頬も色白というより青白く、てっきり泥酔した外国人が転がっていると思っていた俺は呆気に取られてた。
茫然とする俺を見下ろしながら……驚くべき事に頭二つ分ほども高い……男は頭を下げた。
「留守の間を狙った訳じゃないんだ。とにかく途方に暮れていて……申し訳ない」
「……そうか」
見た所、旅行鞄のようなものも持っていない。まるで、着の身着のまま異国に放り出されたような佇まい。
思った以上に誠実そうな態度としっかりした日本語に、俺は少し警戒心が薄れるのを感じた。
……うむ。我ながら、ちょろい人間である。
「行くところがないのか?」
「ああ……そんな所だ。も、勿論、犯罪者ではない。ただ当てが外れたというか、楽観視していたというか……世の中は厳しいな……くちっ」
寒さにか小さくくしゃみをして、さむさむ、と腕をさする大男。
その、いかにも寒々しい様子を見て、俺は……。
「……少し待ってろ。古い毛布なら貸してやる」
「え? い、いや、そんな施しを受ける権利が私には無い」
「どうせ荷物運びの緩衝材に使うような古い、汚れた毛布だ。気にするな。それにこっちとしては、ここでお前を見捨てる方がよっぽど予後が悪い。どうなったのかずっと気になっちまうだろうが」
俺はつっけんどんに言い放つと、相手の反応も無視して家の倉庫に向かった。鍵を開けて中から、タイヤの上に重ねておいてあった毛布を引っ張り出す。
「言っておくが汚れているからな。まあ、地面に敷くだけでも違うだろう」
「いや、有難い!! これも女神モルガンの導きか、心から感謝する!」
心から嬉しそうに毛布を受け取る大男。女神様とか言い出したぞ、この人。ヤバイ人か? いやでも、海外の人って信心深いっていうしな……。
それにしても、近くでよく見ると、鼻が真っ赤だ。どれだけこの寒空の下にいたのだろう。さらにいえば身なりそのものは小ぎれいだ。髪も整っているし、長時間風呂に入っていない者特有の塩気の混じった悪臭がしない。
どういう事情だ? いや、そんな事を考えてもしょうがないか。
嬉しそうに毛布を抱きかかえる大男を前に、俺は荷物を抱えなおした。
「それじゃあな。明日には出て行けよ」
「本当に感謝する、勇気ある心豊かな人よ! ああ、そうだ、私の名前はガンドレイク! ガンドレイク・ザバーニャス! 心優しい人よ、君の名前は?」
「春日井智樹(かすがいともき)だ」
つっけんどんに言い放って、俺はガンドレイクを置いて家に上がった。玄関に鍵をかけて、二階の自室に上がる。
ふと思いついて上の窓から駐車場を見下ろすと、ガンドレイクとかいう男は、いそいそと毛布にくるまって駐車場の隅、風を避けられる場所に戻っていった。
「…………あとで暖かい物でもっていってやるか」
それが、俺とガンドレイクの出会いだった。
そして今……。
「にゃーっはっはっは、皆の衆! ガンドレイク様とトモキの、ダンジョン配信の時間だぞー!」
薄暗い石畳の回廊の中。重たい撮影機材を構える俺の前で、一人の女が意気揚々とポーズを決めている。
髪は白に近い銀色。瞳は蒼穹のように青く、肌は白粉をまぶしたように白く、その下で生命力あふれる血液の赤がほんのり透けている。
身長は160cm未満の小柄な背丈で、胸は大きく所謂かなりのトランジスタグラマー。そんな肢体を、包む黒いドレスの上から、もこもこのファーがついたコートを羽織っている。一見するとこれから夜会にでもいくのかという恰好だが、手足を守るのは可憐な装束に似つかわしくない鈍く輝く金属のブーツにゴツい籠手。腰には革のポーチもぶら下げている。
妙な格好といえばそう。それでも黙っていれば深窓の令嬢もかくや、という美人なのだが、大きく口を開いてガハハと豪放に笑う様、脚を大股開きに仁王立ちし、鉄の大斧をぶんぶん振り回す様からはそんなお淑やかな要素は微塵も感じられない。むしろ、どこぞの蛮族もかくや、という佇まいである。
いや実際にそうなんだが。
「今日は3層を攻略していくぞーう。ようやくこの体にも慣れてきたから、この間のような醜態はさらさんぞ! 期待してくれ! 最後まで見てくれた皆の衆には、もれなく女神モルガン様のご加護があるぞ! さらにフォローと高評価をしてくれれば、加護の倍率もドン★だぞ!」
びし、と人差し指でこちらを指さしながら、バチコーンと豪快にウィンクする少女。と、そのままポーズを維持し続ける彼女に、俺は小さく頷いて合図を出した。
「はい、カット」
「……ふぅ~~~~、緊張したぞぉ。よく見られる為の工夫とは、戦士の戦いとはまた違う気苦労があるな」
合図をだすと途端に相好を崩す少女。よっこらせ、と胡坐をかいて座り込む彼女のスカートから、一瞬見えてはいけないものが見えてしまって俺は視線を逸らした。
「こ、こら。はしたない」
「んー? いいであろいいであろ、ここには私とトモキしかいないんだし。あー、おなごらしい振舞いというのは実に肩が凝る」
「全然できてないと思うけど……」
苦笑しながら思わずつっこみを入れる。彼女が視聴者から“アネゴ”呼ばわりされてるのは十中八九その豪放な振舞いのせいだ。それでもまあ頑張って、女の子らしく振舞っているのは分かる。なんせ普段のコイツの言動はおやじそのものだ。
ほら。早速、お腹をぽりぽりかきながら、斧を傍らに突き立ててリラックスしている。
「トモキには分からんだろうが、これでも苦労しているんだぞ。スカートが捲り返らないように大股で歩くのも控えてるし、飛んだり跳ねたりも避けている! 気を使っているのだ」
「そりゃそうだろ、迂闊に下着とか映りこんだらBANされるだろうが。後で編集で消すのも大変なんだからさ。そこは我慢して」
「それはわかっている! だからこうして窮屈ながらも努力しているのではないか!」
大斧を片手でぶんぶん振り回して抗議してくる少女。と、そこで彼女はにんまりと相好を崩した。
「くくく。まあいい、我こそは大勇者ガンドレイク・ザバーニャス。黄金竜の首を刎ね、女神の祝福を受けしもの! いつもと勝手が違うとも、今生での使命、きっちり務めてあげてみせよう! そこは心配するな、我が主人よ!」
「……まあ、そこを心配してはいないけどね」
そう。
この少女こそ、あのむくつき長身筋肉だるまの大男、ガンドレイクその人なのである。
なんでこんな事になったのか、まあ、そこは色々あったのである。そんな事より問題は、一つ。
「よぅし、そろそろ始めようか。いつものように撮影を頼むぞ!!」
「へーい」
よっこいしょ、と立ち上がり、こちらに背中を向けるガンドレイク。覗き込んだ撮影機器のモニタには、こちらに背を向ける彼女の小さな背中が写っている。
靡く銀色の髪、コートの上からでも見て取れる華奢な肢体、ぷりっとしたお尻……普通に考えれば役得極まりないのだが。
その振舞い、その口調、その一挙手一投足に、短い間とはいえ行動を共にしたむさくるしい男の姿が重なって見えるのでは、心の琴線がぴくりともしない。
悲しみに浸りながら撮影を開始すると、ふいに首だけで振り返ったガンドレイクが、にやりと悪戯っぽい笑みを見せてきた。
「ところでどうだ、この衣装は? 店の店員に、飛び切り色っぽい装束を選んでもらったのだ。ふふ、敵よりも後ろから押し倒されないかどうかを心配せねばならんかもなあ?」
「はいはい可愛い可愛いすけべですね」
「流石に心にもない事を言われるのは傷つくぞ?」
眉をひそめ、ちぇーと唇を尖らせて今度こそ前を向くガンドレイク。
流石に編集ではカットするが、今の会話を配信にのせたら視聴者からは怨嗟の声が上がるくらいにはあからさまな誘惑だった。にもかかわらず、俺の股間はぐんにゃりと萎れたままである。
軽く目を閉じてみるが、むくつき大男が頬に白粉をしてパツパツのドレスを羽織って女装している、別の意味で配信できない恰好をしている姿が瞼の裏に浮かぶばかりだ。
「……ちょっと気持ち悪くなってきた……」
これは所謂、精神的EDというものでは?
神様、いや、女神様。これは高度な嫌がらせなのでしょうか。何か俺、悪い事しました?
小さくため息をつきつつ、俺はダンジョンの奥に向かうガンドレイクの背を追って歩き出した。
<作者からのコメント>
投稿開始日記念という事で、もう一話投稿します!