リストラ社会人&TS銀髪少女のダンジョン探索、コラボ配信で実力者に一目置かれる   作:SIS

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第十六話 英雄は困った時にやってくる

 

 ギシギシと軋むザイルにしがみついて下に降りていく。

 

 別に登山部でもなんでもなかった俺にとっては、こうして縄一本を頼りに降りていくなんて初めての体験だ。正直やり方があっているかもよくわからん。

 

 が、不思議と今の所は上手くいっている。風で煽られて壁に叩きつけられるとかそういう事もない。

 

「もしかして、気が付いてないだけで迷宮探索の恩恵は受けてたのかな……?」

 

 そうだったら嬉しいが。

 

 まあ何はともあれ、油断は禁物だ。少しずつ慎重に下っていくと、やがて谷底に立ち込めていた霧が近づいてきた。こういうのは近くで見るとぼんやりとしていて境界線が分からないものだが、やはり迷宮のそれは自然現象とは違うのだろう。まるで綿あめのように、濃く白い霧がすぐ下に立ち込めている。

 

「……今更だが、ガスマスクとかつけておけばよかったか……?」

 

 あまりにも遅すぎる不安が頭をよぎったが、まあもうここまで来たらしょうがない。覚悟を決めて、霧に足を踏み入れる。

 

 すぐさま痺れるとかそういうのが無いのを確認して、さらに下へ。

 

 霧の中に入り、さらに下へと降りていく。

 

「なんだ……?」

 

 完全に中に入ってしまうと、周囲は忽ち薄暗くなった。まるで曇天の空模様。見上げると、霧の隙間から日光が柱のように差し込んでいて、見下ろすと逆に遥か下は青く染まって見通せない。

 

 まるで海の底に潜っていくかのようだ。

 

 それでいて、呼吸が苦しくなったりする事はない。不思議な気分だ。

 

 そして、やがて俺は真っ黒な海の底に辿り着き……気が付けば、何もない空中に漂っていた。

 

「……は?」

 

 頭上と足元両方に雲が広がる、不可思議な空間。ゲームなんかではよくあるが、実際に目の当たりにすると感覚がおかしくなりそうだ。

 

 というか、これはなんだ? さっきまで俺はザイルに掴まって崖を降りていたはずだが。

 

「まさか……閉鎖区域!?」

 

 迷宮の階層と階層を繋ぐ次元の捻じれ。まさか、谷底がそのまま次の階層に繋がっていたのか?

 

 不味い。

 

 さっきの階層だって、俺の実力じゃ不相応にも程があった。ましてやそれより深い階層だなんて……。

 

「く、くそっ」

 

 だがじたばたした所で、俺には何も出来る事はない。ザイルはどこかへと消え失せ、手足は宙をかくばかり。ただ天と天の狭間で、ただ落ちるばかり……。

 

 そして気が付けば、俺の体は見知らぬ薄暗い場所へと放り出されていた。

 

「わ……わわっ!?」

 

 高さ1mぐらいから地面に投げ出される。幸いにして落下の加速度は引き継がれなかったようで、なすすべもなく落下死というのは避けられた様だ。

 

 しかし……。

 

「……ここは?」

 

 声を潜めて周囲の様子を伺う。

 

 まず第一印象が薄暗い、次に冷たい。しゃがみ込む地面は苔の生い茂るじっとりと冷たい大地。周囲を見れば、石を積み上げて作ったと思われる壁や塀が立ち並び、その間に枝葉の無い木が生い茂っている。じっと観察していると、それらは朽ちた建物であるらしい事が見て取れた。

 

 まるで古い遺跡か居住区跡のような区域。その片隅に俺は佇んでいた。

 

「……なんか昔のRPGとかでありそうなマップだな……。滅びた町中か……」

 

 息をひそめて、建物の陰から周囲を見渡す。

 

 少なくとも、多数の冒険者が和気あいあいと歩き回っている……そういう感じはしない。ただただ、空気はしんと静まり返っている。

 

「アンデッドモンスターとか出そうだな……あいつらって嗅覚とか聴覚とかあるのかな? 目くらましが通じるといいが……」

 

 腰に下げている緊急グッズに手を伸ばすが、不安はぬぐえない。あの横穴の怪物にだってトウガラシとワサビは効いたが、もし本当に動く死体みたいな怪物が現れたら果たして刺激物は通じるのだろうか?

 

 不安はぬぐえない。

 

「しかし、どうするか……」

 

 試しに頭上に手を伸ばしてみるが、閉鎖区域に戻れる気配はない。あの落下コースは一方通行と考えたほうがよさそうだ。そうなると、ガンドレイクに状況を伝える事も難しい。

 

 ここで俺が取る行動は何か。

 

 やはり一番確実なのは、異常を察したガンドレイクが後を追ってくる事を期待してこの場に佇む事だろうか。

 

 その気になって飛び出してきたのはいいが、現状の私はもう絵にかいたような二次遭難の有様だ、人を助ける所の話ではない。

 

 やたらと動き回って自分も手遅れになってしまうよりは、ここで大人しく救助を待つべきである。

 

「うっわ、情けね……。どうしようもない間抜けじゃん……」

 

 しょんぼりと肩を落とす。

 

 いくらなんでも愚図にも程がある。勝手にトラブルに首を突っ込んで、勝手に遭難していたら世話がない。たっぷり怒られるどころか、最悪冒険者資格の一時停止もあり得る醜態だ。

 

 だがまあやってしまったものはしょうがない。命には代えられない、ここはもうおとなしくしていよう。

 

 ……そう思っていたの、だが。

 

 

 

 遠くから、助けを呼ぶ女性の声が聞こえた。

 

 

 

「!」

 

 がた、と背を興しつつも、自分を律する。

 

 俺が飛び出して行っても何もできない。それに、この迷宮の怪物について俺は何も知らない。もしかすると、助けを求める人間の声を真似て獲物をおびき寄せる、そんな生態の可能性だってありうる。

 

 ここはやはり、無難にやり過すしかない。

 

 そう考えて自分を押さえたが……。

 

 

 

「……れか……! 助け……!」

 

 

 

 また、聞こえた。

 

 助けを求める、女性の声。それがはっきりと聞こえる。

 

 聞こえてしまった。

 

「……ああ、くそ!!」

 

 舌打ちを一つして、俺は身を起こした。

 

 声が聞こえてきた方へ、隠形をかなぐり捨ててひた走る。

 

 大通りに飛び出して、廃墟が立ち並ぶ街を駆け抜け、三つ先の角を曲がる。

 

 元は商店か何かだったのか、一際大きく原型を残した石造りの建物を越えた先に、道の端で動く人影があった。

 

 一人の少女が、壁を伝うようにしてよろよろと歩いている。

 

 黒髪のツインテールに、青いインナーカラー。

 

 青いサンバイザーはどこかに取り落としたのかその顔にはなく、化粧も剥がれて、身に纏うお洒落なジャケットもズタボロだ。愛用の剣も片方だけで、だらりと垂れた左手はじくじくと今も血を流している。

 

 見る影もないほどボロボロでも、それでも人目で彼女だと分かった。

 

「巴さん!」

 

「……え? ……かすがっち?」

 

 俺の呼びかけに反応して、彼女がきょとんと顔を上げる。その拍子に足が止まって……ああ、くそ、声をかけるんじゃなかった!

 

「だめだ、逃げて! 走って、走れ!!」

 

 彼女の背後、3丁後ろの建物から飛び出す巨大な影。動く牛人像のような怪物が、関節をひび割れさせながらぎょろりと首を巡らせ、その視線に巴さんの後ろ姿を捕らえる。

 

 その途端、弾かれたように彼女目掛けて走り出す化け物。

 

 速度はそこまで早くないが、満身創痍の人間に追いつくには十分だ。

 

「くそっ!!」

 

 カメラを投げ捨てて一心不乱に巴さんに向かって走る。

 

 状況を把握できていないのか、それとも失血で意識が定まらないのか、ぼんやりとこちらを見つめたままの彼女に駆け寄ると、一言断ってその手を取った。

 

「失礼!」

 

「え、あ……きゃっ」

 

 一瞬ためらって、彼女の体を横抱きにする。背中にしがみついてもらう余裕はない。想像よりも遥かに軽い体にびっくりしながらも、彼女を抱えて全力で走る。

 

 思わず、といった感じでこちらの首筋にぎゅっと抱き着いてくる巴さん。ごめんね、びっくりさせて! 後でいくらでも謝りますので!!

 

「え、うそ、かすがっち、なんで? ここ、は……きゃあ!? 後ろ、後ろ、化け物来てる!!」

 

「だから抱えて走ってるんですよ! どうですか、自分で走れます!?」

 

「む、無理、無理! あ、脚に力はいんない……!!」

 

 背後から追いかけてきている怪物を見て、ようやく状況を理解してくれたらしい。耳元できゃあきゃあ叫ぶ彼女を抱えなおして、なお走る。

 

 俺、こんなに走れたっけな!? 火事場の馬鹿力……なんて都合のいい事はないかあ! やっぱ迷宮効果って凄いね!!

 

 だがしかし、残念ながら思ったより速度は出てないようだ。背後から、石像の化け物が走る重々しい足音がどんどん距離を詰めてきている。というか、どんどん早くなってないあれ!?

 

「か、かすがっち、まえ、まえ!」

 

「!」

 

 巴さんの呼びかけにはっとするも、時すでに遅し。

 

 走る前方、右側の壁を突き破って、もう一体の石像の怪物が姿を現した。今度は馬人っぽい奴だ。

 

 ぎゅ、と巴さんが抱き着いてくる腕に力を籠める。俺もまた彼女を落とさないように抱きしめつつ考えを巡らせるが、駄目だ、打開策なんて思いつかない!

 

 前方の馬ゴーレム、後方の牛ゴーレム。

 

 どっちも俺なんかがどうにかできる相手ではない。

 

 これは、万事休すか……?!

 

 だが、それでも、ここで死ぬわけには……!

 

「巴さん、俺の腰からカラーボールを取って! 駄目元でいい、あいつらの顔に投げつけて……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「窮地に諦めず、打開策を探る。その意気やよし!!」

 

 

 

 

 

 

 

 聞きなれた声と共に、薄暗い闇の中に白銀が閃いた。

 

 行く手を塞いでいた牛ゴーレムの動きがぴたりと止まる。その体が、胴体半ばで斜めにずれて……倒壊。

 

 崩れ落ちる石像。その巻き起こす土煙の向こうに、闇の中にも煌めく銀色の輝き。

 

 青い瞳の少女は、ひょい、といましがた石像を切り伏せた斧を肩に担ぎ直して豪胆に笑う。

 

「だがしかし、無理はしないというのは私の聞き間違いだったかな、トモキ?」

 

「……ガンドレイク!!!」

 

 

 

 

 

 

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