リストラ社会人&TS銀髪少女のダンジョン探索、コラボ配信で実力者に一目置かれる 作:SIS
「こっちだ、ついてこい」
「おう」
先を行くガンドレイクの後ろを、巴さんを抱えてついていく。
この暗がりの中でも、彼女の銀色の髪はよく目立つ。おかげで、多少距離があいても見失う事はない。
それにしても、大したものだ。
ガンドレイクの防具は金属製の籠手に脚甲。武器も大型の斧で、普通に歩けばガチャガチャと喧しい。それは普段からそうなんだが、今、建物の影を猫のように走り抜けるガンドレイクは物音一つ立てていない。
考えなしに豪放に暴れるイメージが強いガンドレイクだが、必要とあればこのような隠密だって軽々とやり遂げる。ただ力任せに暴れているだけでは、大戦士とは到底呼べない、という事だろう。
思えば男だった頃も、人間離れした長身の割には何かに頭をぶつける事もなければ、人込みの中だってひっかかる事なく歩いていた。
それに比べると俺はどうだ?
可能な限り音を立てそうなアクセサリー類は外したというのに、ちょっと歩くだけでガサガサと衣擦れの音が立ってしまう。おまけに巴さんを抱えているとはいえ、音を消して慎重に動いてるはずのガンドレイクに追いつけないどころか、油断すると引き離されそうだ。
やはり、根本的に能力に差がありすぎる。まあそれは今更の事か……。
それでもなんとか追いつくと、静止するようにガンドレイクが指を立てた。
「しっ! 静かに……」
指示に従い、壁際に身を寄せて息をひそめる。
しばらく待っていると、ずしん、ずしん、と地面を震わせて、大重量の何かが通りの向こうを歩いているのが伝わってきた。
数分ほど隠れていると、それはやがて遠くへと歩き去っていく。完全に気配が遠ざかったのを確認して、ふぅ、と俺は息を吐いた。
よし、とガンドレイクが立ち上がる。
「別に戦って倒せない事はないが、この状況では無駄な体力の浪費はさけるべきだからな」
「ああ。その辺の判断は任せるよ」
「ふふん、任せろ」
胸を張って上機嫌のガンドレイク。こんな時でもいつもどおりの様子に安心する。
いや、こいつからしたらさほど窮地という訳でもないのかもしれないな。
「よし、いくぞ。直感だが、あともう少しだ」
「おっけい」
移動を再開するガンドレイクの後に続く。
今度は極端に引き離される事はなかった。別に不満があった訳ではないが、言われずとも気にしてくれたのだろうか。こういう所、意外と彼女は気が回る。
そうこうしている内に、どうやら目的の場所に辿り着いた様だ。
古びた倉庫のような建物の前で足を止めたガンドレイクが、小さく手招きする。
「ここか?」
「うむ。説明しにくいのだが、こう、力の流れがな? ここで淀んでいるというか、滞っているというか。とにかく、流れがここで不自然に消えている」
「力の流れねえ」
ガンドレイクの感覚を疑っている訳ではないが、現代科学の世界に生きている身からすると理解しがたい感覚だ。
とはいえ、迷宮なんてそれこそ現代科学で説明しきれない事象そのものだし、その真っただ中に居ながらそんな事を言う方が不合理か。
何事も割り切りが肝要である。
「……所で、この先に進んだらちゃんと上に戻れるのか?」
「いや、わからん。あくまでこの先が別の場所に繋がってるだろう、というだけで、上に行くのか下に行くのか私にはさっぱりだ」
「えぇ……」
それじゃあより深い所に行ってしまう可能性もあるのか。
まあ、ガンドレイク的にはまだ余裕があるようだから、一階ぐらい下に降りてしまっても問題ないのだろうけど……。
思いつつも、俺は背中に背負った巴さんの様子を確認した。彼女は辛うじて背中にしがみついているが、大分ぐったりしている。あまり寄り道をしている時間は無いように思えるが、いや、これは感情的なものの考えか。
この先が下の階層でも構わないといえば構わないのだ。その時は引き返せばいい。
「よし。進もう」
「では、扉を開けるぞ」
ガンドレイクが慎重に倉の扉を押し開く。俺は息を呑んで、彼女に続いて扉を潜った。
途端、ぐにゃり、と視界が歪む。
気が付けば俺とガンドレイクは、どこまでも続く星空の下、浅い水場の上に立っていた。
「これは……隔離区画か? しかしまあ、見た事のない景色だな……」
「ほほーう。これはなかなかの景色。こんな時でなければゆっくり眺めていたいものだな」
ぴょんぴょん、と数歩ガンドレイクが小走りで前にでると、生じた波紋が足元に広がる。しばし躊躇ってから俺も歩き出すと、やはり生じた波紋が広がる。他に遮るもののない足元に、どこまでも広がっていく円形の波紋が、照り返し星の光を歪ませた。
どこぞの観光名所のような光景だ。あ、いや、でもあれってマナーをしらないドブカスみてーな連中が好き放題したせいでもうほとんど崩壊してるんだっけか? どっちにしろ、迷宮が出現してから世界の航路がおかしくなってるから、どのみち観光業なんてほとんど機能してないんだけど。
日本はまだマシな方で、いくつかの国はもう国どころか人間の生きていける環境として機能してないらしいからなあ。
ぐだぐだそんな事を考えながら、ガンドレイクの後に続いて隔離区画を行く。
「そうだ、ガンドレイク。ちょっと考えをまとめたから、この先について話しておこう」
「む? そうだな。方針を纏めておくことは大事だな」
呼びかけると、とててて、とガンドレイクが横によってくる。俺は再度巴さんの具合を確認すると、頭の中で纏めていた事をあらためて口に出した。言葉にする事で考えが整理できる事もある。
「まずこの先が上に続いていたら、そのまま上階を目指す。そして下層に間違って行ってしまっていた場合は引き返すが……正直、場合によると思う」
「場合、というのは?」
「正直、どれぐらい下に降りてきたのかがわからん。仮にここが10階層とかだったりしたら、それをいちいち昇っていたら巴さんが持たない。場合によっては、下に進む方が最短経路の可能性もある。ほら、なんだ。あったろ、深い迷宮だとそういう仕組み」
これはあくまで聞いた話で実際に出くわした事はないのだが。
迷宮には、ボス、と呼ばれる怪物が潜んでいる事がある。
概ね、5階層とか10階層とかのキリがいい数字の階層にそいつらはいて、そこは大抵、迷路ではなく決戦場のような戦いに適した大広間になっているのだそうだ。そこで冒険者を待ち受けている訳である。
当然ながらボスなんて呼ばれるからにはそいつらは強敵であり、並大抵の強さではない。だが倒せば特殊な素材だけでなく、迷宮のショートカットの権利を手に入れられるのだという。
ボスを倒した冒険者は、隔離区域を移動中に強く意識する事で、そのボスフロアに本来の繋がりを無視して移動できる……らしい。そしてボスフロアからは、同じボスフロアだけでなく地上まで直接移動できるとか、なんとか。
「なるほど。先に進んでボスを倒してショートカットした方が、脱出までの時間を短くできる、という考えか。それも悪くないな」
「まあ、あくまで考えの一つだ。お前に頼り切りになってしまうが……」
「構わん構わん。どの道、迷宮の奥底に用事があるのは私も同じだ。ちょうどいいと言えばちょうどいい」
にかっと笑うガンドレイク。だが、不意に彼女はその笑顔を曇らせると、俺の目を真正面から見据えてきた。
「だが……無理はするなよ。人を大事にするのも良いが、まずは自分の身を守れ。博愛は美徳だが、過ぎると欠点だぞ」
「分かってるって、大体俺は自分が可愛いだけの小市民だよ。博愛だなんて大げさなもんじゃない。買いかぶりすぎだ」
「……それをわかっておらんというのだ……」
何やら極端な事を言いだしたガンドレイク。苦笑しながら言い返すと、彼女は口をとがらせてもしょもしょと呟く。え、なんだって?
「なんでもない! 全く、トモキは世話が焼けるといったのだ」
「衣食住の世話をさせておいて何いってんだお前? 世話を焼いてるのはこっちだよ」
「んぐむ。い、いいではないか。役割分担だ役割分担」
言いながらも気まずそうな感じ。お、ちょっとは自覚が出てきたか。よしよし。
それにしてもこの状況でそんな事を言い出すあたり、まさか俺が巴さんの為に危険を冒すのを躊躇わない、とでも思っているのかね?
どうにもコイツは、俺の事を博愛主義者だとか慈善家だとか思っている節がある。そりゃあ自己救済が前提の蛮族社会から見たらそう見えるかもしれないが、俺だってあくまで自分の身が可愛いだけだ。こうやって巴さんを助けようとしているのも、気分が悪いとか、後で面倒なトラブルに巻き込まれたくないからとか、そんな自分の心情や事情を優先した結果に過ぎない。
流石にここで彼女を見捨てる事はないけど、そこまで責任を背負ってる訳じゃないよ。
「はいはい。じゃあ、その御役目頑張ってもらおうか」
「うむ! まかせろ」
ガンドレイクと共に隔離区域を先に進む。
はてさて、蛇が出るか鬼が出るか。
進んだ先で、ふたたびぐにゃりと景色が歪んだ。