リストラ社会人、相棒の銀髪青眼色白美少女(元おっさん)とダンジョン配信に挑戦す! 作:SIS
しばらく砦の廊下のような、古いトンネルのような石畳の廊下を歩き続ける。
先頭を行くガンドレイクは気楽な様子で鼻歌なんぞを歌っている。その態度は、自分自身の実力に対する自負から来るものである。時折それが過ぎて慢心に至る事もあるが、今はその気楽さが有難い。
「ところでトモキ、今更言う事ではないのだが、本当にいいのか?」
「ん? 何がだ?」
先を行く少女が、歩幅を緩めて振り返る。翻った銀髪の向こうに、嘘のように整った横顔が現れ、青い瞳がじっと俺を見つめている。
「こうして迷宮探索につきあってもらっている事がだ。私は女神からの使命があるが、トモキは違うだろう? 迷宮で得た資源や配信がお金になるといっても、やはり危険を伴う。トモキは外で、まっとうな仕事を探した方がいいんじゃないか? これまでの探索で、ある程度の備えは蓄えられたのだろう?」
「ああ、まあそうだが……今更ほっぽり出すのも無しだろ。大体、お前を一人にできるか、何をしでかすかわかりゃしねえ」
忘れがちだが、こいつはそれこそ北欧のバイキングみたいな暮らしをしてきた文字通りの蛮族である。恩のある俺の話こそ素直に聞いてくれるが、基本的には会話より暴力で話を進めた方が早いと思ってる奴だ。最低限の倫理こそあるが、柄の悪い奴らとかちあったら間違いなく大惨事になる。ストッパーは必要だ。
「大体人を無理やり黄金竜とやらの討伐につき合わせといて、今更ハイさようならとかいいだすなよ? そもそも、国籍も何もないお前が潜れてるの、後見人として俺が付き合ってるからってのを忘れるなよ。一人でどうするんだ」
「む……それはそうなんだが」
どうにも歯切れが悪い返事をするガンドレイク。なんだ? 今更なんか罪悪感でも覚えたか?
それこそ今更の話だろうに。
「気にすんなって。全部の迷宮を攻略するまで、とか言われたらさすがにお断りだが、この迷宮を完全制覇するまでは最低限付き合ってやるよ。黄金竜とやらは死んだが、まだ影響が残ってる可能性が高いんだろ?」
「ん、うむ。わかった。私とした事が、割れた切り株の如き事を口にした。忘れてくれ」
どうやら納得していただけたようである。何よりだ。
……それに正直、貯えがあるといっても大分寂しい。正直、迷宮探索の報酬で助かっているのがほんとのところだ。
それを言うとこいつが調子にのるから言わないけどな。
「よし、そうと来たら、今日も頑張るぞ! ふはは、大戦士ガンドレイクの力を見せてやろう! ふっ、せいぜい私の戦いぶりに惚れるがいい!」
「あーはいはい、そうですね、すごいよかっこいいよ」
「いつも思うんだがトモキは女になってから私に冷たくないか!?」
失敬な。男の時から俺はずっとお前に塩対応だったと思うぞ。
ムギギギ顔をしながら、しぶしぶ前に向き直るガンドレイク。
俺は小さく肩をすくめて、その小さな背中の後に続いた。
「お、開けた場所に出たぞ」
「閉鎖区域を抜けて競合区域に入ったか」
と、不意にトンネルの先から光が差し込んでくる。さっきまで間違いなくなかったはずの終点、唐突に道が途絶えたかのような不可思議な現象だが、今更俺もガンドレイクも動揺はしない。
光に導かれるように先に進むと、その先には開けた空間が広がっていた。踏み入ると、ひんやりとした空気が体を包む。
視界一杯に広がるのは、緑、緑、また緑。適度に開けた森の中……藪は控えめで人が歩き回るのにちょうどいい空間が確保されている。公園の近くにある整理されたコナラの林のような光景……だが、少し離れれば木の枝が重なり合い視界を塞ぎ、少ないとはいえ藪はその奥に何を隠しているのか知れたものではない。とても気楽な散歩道、とは言い難い。
見上げると、梢の向こうに空が見えた。そこに広がっているのは青空……ではなく、鬱蒼とした木々の梢。この空間に地平線はない……道は緩い坂道になっていて、壁に、やがては天井に繋がっているのだ。
閉ざされた球体の内側。ひっくり帰った地平の裏。
まるで古の絵本に描かれてた、地底世界のような光景だ。
それが迷宮管理番号XA-253ー74、その第三層と呼ばれる区域の有り様である。
「ここからは他の探索者も居るからな。変な事はするなよ、ガンドレイク」
「おうともさー。それより、トモキも気をつけろよ?」
俺の忠告に、斧でとんとん、と肩を叩くガンドレイク。振り返るその視線は鋭い。
歴戦の貫禄をにじませるその背を追って慎重に進む。
と。
不意に前をいくガンドレイクが足を止めた。
「ガンドレイク?」
「……おいでなすったぞ。トモキは下がっていろ」
指示に従い、大人しく距離を取ると俺は近くの木の根元にしゃがみ込む。カメラを回す先、ガンドレイク小さく足を開いて腰を落として身構える。視線は正面の藪に釘付けだ。
がさごそ、と藪が揺れる。その中から現れたのは、濃緑色の鱗を持った、ワニのような生き物だった。
勿論似ているだけで別物だ。なんせこいつは、顎が上下ではなく左右に開くし、その左右の顎に目が二つずつある。
昆虫のような横開きの顎と、四つの目。脳みそも二つあるらしいので、正確には二つの頭を持ったワニの化け物。
それが二匹。
自らの身長よりも大きい体躯をもった猛獣を前に、しかしガンドレイクはふんす、と鼻を鳴らして意気軒昂だ。
「陸ワニか。まあ、肩慣らしにはちょうどいい」
コキコキ首を慣らすガンドレイク。傍からだと油断しているように見えて心配なので、ちょっと釘を刺しておこう。
「こないだみたいにすっぽぬけるなよ」
「あ、あれはだなあ!? 体がちっちゃくなったから間合いを図り損ねただけで……い、いつまで引っ張るんだ、その話!」
俺の茶々に、顔を真っ赤にして反論してくるガンドレイク。大戦士を自称するだけあって、戦いの場でのミスは気にしているらしい。
「こらこら、前に集中しろって」
「全く、誰の……いいからそこで見ていろ、何の問題もないという事をここで証明してくれる」
のしのし、と歩み出てくる陸ワニに、正面から相対するガンドレイク。あとはもう、俺は信じて見守るしかない。
先に動いたのは陸ワニの方だった。
急に速度を上げて近づき、大顎を大きく開いてガンドレイクに食らいつく。左右に大きく広がる顎、見てからの回避は困難だ。
それに対して、ガンドレイクは……。
「……ふんっ!」
たんっ、軽い音を立ててその体が宙に舞う。
助走も無しに棒立ちからの跳躍で、小さな体が2m以上飛び上がる。標的を見失って空振りする顎を見下ろし、空中でコートを棚引かせながら半回転。振りかぶった斧が、ギラリと氷のように煌めいた。
「まずは……一匹!」
斬首の音は驚くほど軽い。
振り下ろされた斧が、鱗も骨も問わず一撃で陸ワニの首を落とした。切断面から血を噴き出し、仰け反るように硬直したその体がひっくり返る。
末期の痙攣を残して動かなくなる亡骸を他所に、ガンドレイクがもう一体に視線を向けた。相方を瞬殺された陸ワニは、慄いているように動かない。
「さて、お前はどうする……トモキ危ない!」
「えっ」
不意に、陸ワニと向き合っていたガンドレイクがこちらに振り返り、あろう事か手にする斧をこちらに向けてぶん投げてきた。回転しながら飛んでくる斧を前に、俺は硬直したまま見つめるしか出来ない。
「あ……」
そして唸りを上げて飛んできた斧は俺の顔を掠めて背後に突き刺さり、ギャッ、と断末魔の声が上がった。
振り返ると、そこには倒れて血を流す陸ワニの姿があった。その顎の間に、斧が突き刺さっている。
「ひっ……」
遅れて、今まさに自分が背後から陸ワニに噛み殺されそうになっていた、という事実を理解して息が詰まる。一体いつの間に。自分でも注意はしていたのに。
危機一髪、ガンドレイクに救われた……そこまで考えて、俺ははっとして“彼”に視線を向けた。
「ガンドレイク!!」
斧は“彼”の唯一の武器だ。それを投擲した今、他に武器はない。
ガンドレイクと対面する陸ワニが、それを理解したかのように動き出す。今度は空中に逃げられないよう、斜めに顎を捻って食らいつく。完全に陸ワニの間合い、ガンドレイクに逃れる術はない。
「ふんぬ……!」
ガンドレイクは逃げなかった。
むしろ自分から陸ワニの顎に突っ込んでいき、籠手で牙を受け止める。挟み込む大顎を、力任せにこじ開けるように。
普通に考えれば無理がある。ワニは、顎を閉じるときの力が一番つよい。陸ワニの交合力がどれほどのものかは知らないが、鎧兜ごと人間の体をかみつぶすぐらい訳はないという事を、俺は知っている。
常識的に考えれば、華奢で小柄な少女の姿をしたガンドレイクが競り勝てるはずはない。
だが……。
俺は同時に知っている。ガンドレイクが、本物の大戦士であるという事を。
「……ルゥオオオオオオ……!!!」
『?!』
白い喉からウォークライを轟かせ、ガンドレイクが両手に力を籠める。細い腕の柔らかな肌の下で、細くも張り詰めたワイヤーのような筋肉がビキビキと浮かび上がる。メキ、メキ、と軋む音を立てて、籠手が顎を押し返していく。
そして、ついには。
「ぬぅうう!!」
バキャッ、と音を立てて、陸ワニの顎が逆開きになる。交合力を上回る力に押し返されて、関節が砕けて引き千切れる。ビシャア、と血がしぶいてガンドレイクの白い頬を汚した。
びくん、と痙攣し、ぐったりと脱力する陸ワニ。その亡骸を乱暴に地面に投げ出して、“彼”は乱暴に頬の血を拭った。
「ふぅ。まあ、こんなものか……それよりトモキ! ケガはないか?!」
「あ、ああ。無事だよ、ガンドレイクの御蔭だ」
カメラを回したまま、片手でガンドレイクの斧を拾い上げて彼女の元に向かう。それにしても重たい……あの細腕でよくこんなのを振り回せるなあ。
「はい、これ」
「うむ! トモキも無事で何よりだ」
俺の手から受け取った斧をひょいと肩に担ぐガンドレイク。そんな彼女に、俺は何と言って謝ればいいのかわからなくて、しばし言葉に迷った。
「えーっと……その、すまん。迷惑をかけた」
「ん? ああ、その事は気にするな。あの陸ワニは、明らかに隠形に長けていた。トモキが気が付けぬのも無理はない」
ザッザッ、と草をかき分けて、藪の中に倒れている陸ワニの死体を引きずり出すガンドレイク。空けた所に引っ張り出されたその死体を他と並べると、明らかに違和感があった。
「……鱗が黒い?」
「うむ。それだけではない、足の裏を見ろ。肉厚でいかにも消音性が高そうだ」
言われてみれば確かに、陸ワニは通常爬虫類らしい脚をしているのにコイツのそれは犬猫みたいな肉球のようなものがある。
それが何を意味するのか理解して、俺はぞっと背筋を震えさせた。
「隠密型の変異種……?」
「そのようだな。後で迷宮管理課に報告する必要があるようだ。まあ、そのような隠形、このガンドレイクさまにかかれば見破る事など容易い事、ガハハハハ!」
シリアスから一転、自慢げにゲハハハ笑いをするガンドレイクに、思わず苦笑い。
いやまあ、俺が落ち込まないように気を使っているのは分かっている。でも同時に本気でこれを言ってるのも事実なんだよなあ。
いかなる時でも自信満々。そういう所は、良い意味で見習いたいね。
「まあそんな訳だから、そこに隠れているお前ら! 見えているぞ、いつまでもそんなとこにいないで出てこい」
「えっ」
びっくりしてガンドレイクの視線の先を追う。
すると再び藪をがさがさと鳴らして、いくつかの影が現れる。
「君達は……」
今度は化け物ではない。姿を見せたのは、まだ年若い少年少女の一団だった。気まずそうに佇む彼女らの後ろで、撮影担当らしき少女が回すカメラのレンズが、じっと俺を見据えているように見えた。
「こ、こんにちは」
「どうも! 勘違いさせてしまったなら申し訳ありません、私達、怪しい物ではないです!」
前に出てくるのは、利発そうな少女。迷宮内なのにダメージジーンズにジャケットと、そこらの繁華街を歩いていそうな出で立ちだが、腕にはサポーターをつけており、腰にはメイスをぶら下げている。なかなか渋いチョイスだ。
それにしても顔がいい。撮影機材で彼女の顔をアップにすると、こちらに気が付いた少女が笑ってピースをした。撮られなれている。
「イエーイ。あは、実はおじさん達の動画を見た事があって、もしかすると、と思ってちょっと様子を見てたんです。本物みたいですね!」
「おっ、そうか!?」
少女の発言に、ガンドレイクが相好を崩す。
「なるほど、なるほど。見どころのある若者だ!! ふふ、我々も名を上げてきた、という事だな!!」
腰に腕を当てて上機嫌の様子のガンドレイク。いや、たぶん、彼女の思っているような理由じゃないと思うぞ。
なんせ、表向きにはお前は「ある日突然男から女になったとか言い出したヘンテコ美人」だからな……くやしいけどムキムキマッチョだったころより明らかに視聴者増えてるんだけども。
たぶん、この子達もそっち系の話の流れで知ったんだろう。突き抜けた変人奇人ってネットミームになるからな。
しかし、見た所全員10代のパーティーか。若すぎる。
「……撮影担当の春日井だ。ガンドレイクの事を知っているなら話が早い、あまりこいつを調子に乗らせないでくれ、後で俺が困る」
「にゃんだとう」
「はははは、動画で見た通りのやりとりだ。ほんとに仲がいいんですね」
俺とガンドレイクのやり取りに、手を口にあてて花のように笑う少女。人当たりの良い子だな。
だけどにこやかなのは少女だけで、彼女の背後にいる同じグループの仲間たちは硬い顔でこっちを見つめている。皆、迷宮内とは思えないほどファッションに気を遣った格好だが……あれってもしかして最近はやってる、迷宮素材を使ったおしゃれ防具か? 見た目と性能が両立できるっていうんで人気らしいが、確かかなり高かったはずだが。
そんなものを装備できるっていうのは、お金持ちの家か、あるいは見た目によらず結構な実力者という事になる。
「それで、何のようかな? こっちはこれから、魔物の素材をはぎとらないといけないんだが」
「あ、すいません。邪魔をしてしまいましたかな? その、せっかく知ってる動画の撮影者に出会えたから、お話聞いてみたくて……」
「ふむ。それならちょっとまってくれ、はぎとったら焚火でも起こして休憩しよう。いいな、ガンドレイク」
正直まだ休憩には早いが、初っ端からちょっと負荷の高い戦闘になったのもある。仕切りなおすのも一つの手だろう。
そう思って振り返ると、しかしそこに銀髪の女戦士の姿はなかった。
代わりに、転がってる死体の方から物音がする。
見れば、陸ワニの横にしゃがみこんでナイフを振るっているガンドレイクの姿が。仕事早いな。
「待て待て、解体は俺の仕事だ。お前はちょっと休憩してろ」
「ん? いいぞ、たまには私もやるぞ、いつもトモキにやらせているのは申し訳ない!」
「その分お前が戦ってるんだろうが、役割分担だ役割分担。あとお前がやると雑なんだよ」
なんだとぉ! 何をぉ!
いつものように小競り合いをしながら解体しているが、今日はギャラリーがいる事に遅れて気が付く。気まずそうに振り返ると、少年少女達は困惑したようにこっちを見つめて軽く引いていた。そうだよね、いい年のおっさんが子供みたいな……。
その中にあって、リーダーの少女だけは何やら微笑ましそうにニコニコと笑顔だった。
「ほんとに仲が良いんですね!」
「ああ、うん。まあね……」