リストラ社会人&TS銀髪少女のダンジョン探索、コラボ配信で実力者に一目置かれる   作:SIS

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第二十話 虎どころじゃなかった件

 

 隔離区域を越えた先、再び迷宮の競合区域へ。

 

 今度はどんな光景が広がっているか、視界がもどってきて目を凝らした俺達の目に写るのは……。

 

「お……?」

 

「これは……闘技場?」

 

 目の前に広がるのは砂を敷いた広場と、それを取り囲む石の壁。緩くカーブするその壁は円形に広場を覆い隠し、擂り鉢状に積み上げられている。段差になった壁の上には、なんだろう、薄汚れた無数の人骨が襤褸布を纏って腰かけて、仕切りに腕や首を振って声なき歓声を上げているように見えた。

 

 幻か、それともアンデッドという奴なのか。先ほど動く石像を見たばかりなので、その不気味な光景もなんとなく納得してしまう。

 

 いずれにせよ、それらがすぐに襲ってくる事はないようだ。

 

「おっと」

 

 周囲を見渡していると、背後からガラガラという音。振り返ると、どうやら俺達がやってきたらしい壁の中の通路が、降りてきた鉄格子で施錠されるところだった。どうやら、ここから逃してくれるつもりはないらしい。

 

 そして逆に、俺達から見て真正面、反対側の壁に埋め込まれた鉄格子が、重々しい音を立ててせり上がっていく。

 

 その向こうに広がる闇の中から、何かがこちらに向かって歩いてくる。

 

「おいおい……俺達はコロシアムの見世物かよ」

 

「懐かしいな。黄金竜の手勢に掴まって見せしめの公開処刑に会った時を思い出す。ま、正面から食い破ってやったがな!」

 

「そりゃ頼もしい経歴ですこと……」

 

 ホントか嘘か分からないガンドレイクの戯言……ああいやコイツは嘘なんか言わないからほんとの事か……を聞き流しながら、俺は眼前に姿を現した怪物の姿に息を呑んだ。

 

 全長5mを越える筋骨隆々の体躯。はち切れんばかりの肉体は、アメリカのボディビルダーだって到底及ばないだろう。恰好としては腰回りに薄汚れた獣の毛皮を巻いているだけだが、本人が背中や胸、両腕に分厚い剛毛の毛皮を持っているのであまり裸という感じはしない。特に顕著なのが首回りで、伸び放題の白い頭髪は胸や背中の体毛を混ざり合って、まるで大きなファーを首に巻いているようにも見える。

 

 だがそんな事よりも目立つのは、頭部から伸びた二本の角。左右に伸びた後、前方に向けて直角に曲がったそれはまるで槍の穂先のようだ。その下には、人と獣を足して二で割ったような異形の相貌は、牙を剝き目を黄金に爛々と輝かせながら、興奮に荒い息を吐いている。

 

 手には巨大な大斧が二振り。

 

 人面の獣人。

 

 その怪物は、ある神話に登場する半人半神の存在を思わせる。

 

「うへえ……いや、ミノタウロス型の怪物って結構いるらしいけど、本物は初めてみたな……!」

 

「うむ! 迷宮といえば牛の獣人だな! 配信動画でもよく見かけるぞ!!」

 

 噂でしか聞いた事のない化け物を目の当たりにして及び腰の俺に対し、ガンドレイクは物珍しい生き物でも見かけたみたいな気軽さだ。いやまあ、これを前にして余裕を持てるってだけで凄いが。

 

 俺なんかでもはっきりとわかる、肌をビリビリと震わせる威圧感。どう考えても、さっきの階層の化け物どもよりも強いのは間違いない。どうやら、俺達は当たりと外れを同時に引いてしまったようだ。

 

『ヴォアアアア……』

 

 牛の怪物、ミノタウロスが咆哮する。ただの獣とは明らかに違う、どこか人間じみた感情や声色をうかがわせるそれは、しかし怖気が走るほどの殺意に満ちていた。ビリビリと突き刺すような何かを感じる。

 

 漫画とか小説でいう殺気というのは、こういうものを示すのかもしれない。

 

 それでも腰砕けにならずに済んでいるのは、背中に背負った軽い体重のおかげだ。言葉はでなくても、すがりつくようにきゅっと力を込めてくる両腕を、俺は優しく手で押さえた。

 

「大丈夫だ。大丈夫……」

 

「うむ。……ここは私に任せてもらおう! トモキとトモエーンは下がっていろ!」

 

 コキコキと肩を鳴らして小柄な少女が前に出る。その小さな背中に信頼を託して、俺は邪魔にならないよう横にずれた。

 

 見守る目の前で、銀髪の少女と白髪の怪物が睨み合う。

 

『ヴォアア……』

 

「ふむ。私を前にして怯みもしない。その意気やよし! ……と言いたい所だが、それとも実力差が理解できないでの事かな? おっと」

 

『ガアアッ!!』

 

 戦いはゴングも合図もなく突然始まった。

 

 前触れもなく、旋風のように降りぬかれた大斧の一撃を、ガンドレイクは軽く半歩横にずれるだけで回避した。すぐ傍らを通り過ぎていく断頭台の刃のような大斧、その磨き抜かれた表面に少女の姿が写り込む。

 

「ふむ。膂力はまあまあ」

 

『ガアア!』

 

 攻撃は一度では終わらない。両手に斧を持った怪物が、まるで団扇で扇ぐように軽々とそれを振り回す。まともに受ければ武器や防具ごと叩き潰されかねない一撃を、ひょいひょいと軽くかいくぐるガンドレイク。

 

 自慢の怪力も当たらなければ意味がない。

 

 向きになってガンドレイクへ向けて武器を振るう怪物。その黄金の視線は、今やガンドレイクに釘付けだ。今の間に、奴の視線に入らないようにそっとさらに立ち位置を移動する。

 

 それを、ちらり、とガンドレイクが横目で見た。彼女は口元に小さく笑みを浮かべ、そして。

 

「さて、そろそろ反撃といこうか!」

 

『グガア!?』

 

 一撃を回避し、すれ違い様に斧が煌めく。刃の一撃が、丸太のようなミノタウロスの腕に赤い線を刻んだ。

 

 空中で丸まるようにして姿勢を入れ替えたガンドレイクは、着地するなり弾かれたように突撃。その勢いを乗せた一撃はミノタウロスに正面から受け止められるが、あまりの衝撃に体格で勝る筈の怪物が後ろに追いやられる。

 

『ガア!?』

 

「どうしたどうした、その程度か!」

 

 その後も、機動力にものを言わせて一方的に翻弄するガンドレイク。ミノタウロスも流石の耐久力で抵抗するが、その躰には徐々に切り傷が増えていく。

 

 本来、斧は争いには向いていない武器だ。攻撃力は確かに高いが、重心が偏りすぎて扱いにくいし、防御に向かない。もし斧で戦い抜こうというのなら、相手の攻撃は一度も受けないほど回避に自信があるか、あるいは敵の攻撃を跳ね返すほどの装備で身を固める必要がある。

 

 ガンドレイクは前者、ミノタウロスは後者だ。怪物の屈強な肉体は鋼鉄の鎧をも凌駕するが、しかし、鎧や盾ごと相手を両断するのが斧の攻撃力である。機動力と、何より圧倒的な戦闘経験から来る見切りで戦いを優位に進めるガンドレイクを前に、怪物は徐々に防戦一方に追いつめられていく。

 

「すげえ……」

 

 その様子を、俺は息を呑んで見守っていた。巴さんの両手に重ねる指にも熱が入る。

 

 黄金竜との闘いもそうだった。洞窟の中に雷鳴を降り注がせ、何よりもその巨大な体躯を武器に押しつぶそうとしてくるあの化け物相手に、ガンドレイクは巧みに立ち回り、詰みの状況を回避し続けた。

 

 そんな彼からすれば、あのミノタウロスなど小物もいいところだろう。しかし俺からすれば、どっちも理外の化け物である事に変わりはない。

 

 強い奴は強い。

 

 男として生まれたなら、強い奴に憧れるのが道理だ。ミノタウロスと戦う小さな背中に、あの時見た大戦士の屈強な背中が重なる。

 

 憧れは理解から最も遠い感情だ、なんて誰かが言ったが、そんなのは戯言だ。相手の全てを理解しようだなんて思い上がりも烏滸がましい、その上で、ただ、その強い在り方に憧れる事のなにが悪い。

 

「はははは、もう何もないのか! このままでは終わってしまうぞ?! 何もできないまま!」

 

『グ、グガアアア!?』

 

 戦いは既に一方的な様を示していた。斧を前に防戦する事そのものが、既に敗北している。ガンドレイクの猛攻を前にダメージを押さえようと消極的な立ち回りへと切り替えた結果、ミノタウロスはその全身を切り刻まれた。人間であれば一撃で倒れて動かなくなるような傷をいくつも浴びてまだ立っているのは驚嘆に値するが、既に最初の勢いはそこには無い。

 

 ついに芯を捕らえた一撃が怪物の左手首を切り落とし、大斧を握ったままの拳がゴトン、と床に落ちた。反撃で振り回される横薙ぎを軽々と飛び越えたガンドレイクが、コートを棚引かせながら距離を置いて着地。上半身を投げ出すような極端な前傾姿勢で着地するその青い瞳は、暴力的な衝動に爛々と輝いている。

 

「くはははは! どうした、それで終わりか? ……ならば次で終わりにする、死にたくなければ全てを吐き出して見せろ!」

 

『グルルル……!』

 

 哄笑するガンドレイクが言葉通りに最後の一撃を繰り出すべく、斧を投げ出すように構えてさらに姿勢を低くする。体格差を逆に生かした、超低姿勢からの突撃。きっと、これまで多くの天を衝くような怪物をそれで仕留めてきたと見て取れる、彼女の人生を象徴するかのような構え。

 

 対してミノタウロスは戦意こそ衰えていないものの、戦況の不利は明白だ。血を流し、息を荒げながら相対するその視線が、しかし惑うように彷徨っている。

 

 その視線が、斧を握りしめたまま落ちた手首に向けられる。ギラギラとした、研いで油で磨いたような大斧の輝き……その表面に、少女を抱えたまま状況を見守るバックパッカーの姿が映り込んでいた。

 

 あっ。

 

「やべっ」

 

『グガアア!』

 

 立ち位置を失敗したのを悟った瞬間、ミノタウロスが動いた。

 

 対面していたガンドレイクの様子など目に映らない様子で、振り返って大きく片手を振り上げる。そして、手にしていた最後の武器、大斧をこちらに向けて投擲した。

 

 唸りを上げて、巨大な刃が回転しながらこっちに飛んでくる。

 

 情けない奴だとか、しょうもない奴だとか、ミノタウロスに対して侮蔑の念が湧いたのはほんの一瞬。迫りくる死そのものを前に、喉が引きつって背筋が凍った。

 

「あ……く、くそっ!?」

 

 それでも動けたのは、背負う少女が急かすように力を込めてしがみついてきたからだ。赤子が差し出された指を握りしめるような、細やかな圧を感じて強張っていた脚が動く。

 

 斧の軌道上から、転がるように離脱する。

 

「う、うわあああ!?

 

 辛うじて逃げ出した背後に、大斧が直撃。地面を割砕いて着弾する一撃の、爆発じみた衝撃に吹き飛ばされて、俺は巴さんを抱えたまま無様に床に転がった。

 

「ぶ、ぶべべっ!?」

 

 ガンドレイクとは比べるべくもない、無様な顔面スライディング。それでも背負った巴さんを投げ出したり下敷きにしなかった事だけは、自分で自分を褒めてやりたいところである。

 

 ぐべえ。

 

 

 

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