リストラ社会人&TS銀髪少女のダンジョン探索、コラボ配信で実力者に一目置かれる 作:SIS
巴さんを助けるべく、横穴を利用して迷宮に突入してから丸二日が経過した。
あの後、巴さんは救護班と思わしき人達に、担架で担いで運ばれていった。朦朧としていながらも微かに意識はあったようで、運ばれる際に小さく手を振られたのを覚えている。幸い、軽く診察したお医者様の話だと、常人なら危ないが鍛えている冒険者ならなんとかなるだろう、との話で一安心である。
そんでもって、俺達が今、どこで何をしているかというと……。
「……暇だなあ」
グレー一色の部屋。床も壁も天井も、うちっぱなしのコンクリート。窓には鉄格子が嵌め込まれ、家具と呼べるのは簡素なベッドが一つ。トイレが綺麗なのは幸いと言うべきか。
入った事はないが、警察の留置所の方がもう少し生活感があるのではないだろうか。
そう、ここは迷宮探索課に設けられた独房。問題を起こした冒険者を収容する設備であり、この場合問題を起こしたのは俺とガンドレイクである。
なおガンドレイクは女性という事で当然別室、それももう少しましな部屋に収監されている、らしい。話に聞いた訳じゃないからわからんけど。
ぼへー、とベッドに腰かけたまま、高い窓から青空を見上げていると、コンコン、とノックの音。
「朝飯だぞー」
「あ、どうも」
「食べ終わったら昨日と同じように、扉の前に置いておけよ」
施錠されたドアの下にある小さな扉から、お盆にのった朝ごはんを受け取る。今日のメニューは、牛乳にコッペパン、サラダ。世間の世情を考えると十分な朝ごはんである。
受け取りつつ、私はちょいと気になっていた事を係員さんにダメ元で訪ねてみた。
「ガンドレイクはどうしてます?」
「ん? ああ、アンタの連れか。今の所はおとなしくしてるよ」
「そうですか、それはよかった」
一応連行されるときに言い聞かせた甲斐はあったか。
しかし彼女の性格を考えると、拘束が長期間に及ぶと間違いなく脱走を試みるだろう。素手とはいえ、女性用の独房にいつまでもガンドレイクを封じ込めて置けるはずもない。
「あの。出来れば、こっちは無事だから大人しくしておくように、って俺がいってたって伝えてくれます?」
「わかったわかった、仲がいいんだなお前ら」
ドアの向こうで肩を竦める気配。
なんていうか、思ったよりも気さくな対応である。
「ま、そう長い間拘留はされんだろうよ。お前さん達が人命救助のために動いてたってのはまあ分かってる。ここだけの話、お前さん達が捕まってるのは責任の擦り付け合いが起きてるのが原因みたいなもんだ」
「責任の擦り付け合い……?」
「上は上で色々あるんだろうな。特に警察と揉めてるらしい。連中、躍起になってあんたの身柄を確保しようとしていたらしいからな、こうして独房に閉じ込めてるのはどっちかというと保護の意味合いが強いかもしれん。あくまで噂話だがな」
うわあ。
まあ、警察は元々冒険者って存在をよく思ってないもんなあ。不祥事になった事も合わせて、この機会にあわよくば、とか考えてるんだろうか。
……考えれば考えるほど軽率だった気がする。ガンドレイクは大丈夫だろうか。
こちらが黙り込んでしまったのをどう受け取ったのか、ドアの向こうの誰かが離れていく気配。が、数歩歩いたところで、靴裏がリノリウムの床を踏みしめる音がした。
「そうそう。レインボー巴な、命に別状はないそうだ。迅速な救助と手当の御蔭だって、医者がいってたらしいぜ」
「! 本当ですか、よかった……」
「ま、そういう訳だから、大人しくしておけよ。そのうち人が呼びに来る」
今度こそ係員の気配が離れていく。俺はお盆を持ってベッドに戻りながら、小さくため息をついた。
「……まあ、なるようになるしかないかぁ」
会社をリストラされてるし、世間体なんて今更だ。せめて冒険者資格を取り消されないように、模範囚としてふるまおう。
それでもダメだった時は……どうしようかね。
「いっそガンドレイクの故郷にでも行ってみるかねえ……」
いやまあそんな事が出来るのかどうかは分からないけど。あれきり姿を見せない女神様に聞いてみたいところだ。
そんな愚にもつかない妄想に耽りながら、俺は朝食に手を付けた。
ところで。
冷たい牛乳を飲むとお腹を壊しちゃうんだけど、やっぱ飲まないと駄目かな、これ。
◆◆
朝食を平らげ(牛乳はよくよく噛んで飲んだ)、盆を返すとそれきり特にやる事はない。
お腹がゴロゴロ言い出さない事を祈りながらベッドでうつらうつらしていた俺は、不意に響いたノックの音に目を覚ました。
「なんでしょうか?」
「起きてたか。出ろ、お偉いさんがお前をお呼びだ」
ガチャリ、と音を立ててロックが解除される。慌てて扉の前に立つと、向こうから開いてくれた。
「ふぅ。やっと解放される。あ、短い間ですがお世話になりました」
「悪いがまだ無罪放免とはいかない。話を聞いてからどうするかはまだ未定だ」
「えっ」
どうやら、本格的な取り調べはこれから始まるらしい。
ぬか喜びもいい所だ、しぶしぶ係員さんに付き従って、白い廊下を延々と歩く。
迷路のように何度も角を曲がって階段を上り下りし、そろそろ自分がどこから来たのか分からなくなったぐらい歩いた所で、前を行く係員さんの足が止まる。
「ここだ、入れ」
「あ、どうも」
「話が終わったら迎えに来る」
そういって係員さんはさっさとどっかに行ってしまう。残された私はしばし躊躇った後、目の前のドアを見つめた。上には、第三会議室、とだけ書いてある。
「どうも、失礼します」
「どうぞ」
ノックをすると返事があった。そーっとドアを引いて、会議室に入る。
そこで待っていたのは……。
「本日はお時間いただきありがとうございます。春日井智樹さんですね?」
「えっと……?」
てっきり強面のスーツ姿が待ち受けていると思っていた俺は思わず言葉を失った。
そこに居たのは、柔らかそうな印象を受ける眼鏡の女性だった。黒い髪を三つ編みにして前に垂らしている。ぴしっとしたスーツ姿からはバリバリのキャリアウーマンみたいなオーラを感じるが、柔和な微笑みがその印象を大分和らげている。
一言でいうと、穏やかだが油断ならざる女性、といった所だろうか。
「初めまして。私は迷宮管理課所属の、御堂舞(みどうまい)と申します。この度、春日井さんのお話を聞かせて頂くことになります。どうぞよろしくお願いしますね」
「え、えと、はい……」
「ふふ、そう硬くならなくとも結構ですよ。こちらの方でだいたい事情は把握済みでして、今回の件は緊急対応とみなされる方向で話がまとまっています」
柔らかく微笑む彼女に促され、対面の椅子に座る。御堂さんは穏やかな雰囲気を崩さず、いくつかの書類を手渡ししてくれた。
「と、いいますか、実態はこちらの不手際といいますか」
「不手際?」
「春日井さんから報告のあった迷宮の横穴。あれはどうも、担当職員が私物化を試みたようで、上に報告がいっていなかったのです」
爆弾発言に思わず資料から顔を上げて、御堂さんをまじまじと見る。
彼女はちょっと困ったように微笑みながら、資料を指し示しながら説明を続けてくれた。
「押収した映像などから、私共でもあの横穴の異常性と危険性をこの度把握しまして、現在は調査のために予算が組まれています。あのようなもの、本来であるならただ封鎖しただけで終わらせるなどありえないことです。映像はじめとする証拠品の没収も同じく」
「ほへー……」
なるほど、そういう事だったのか。お役所を信用して疑いもしてなかった……。
まあでも、考えてみれば迷宮の中に出現した不思議な横穴、しかもその奥には迷宮の起源にかかわっているかもしれない頂上存在がいた、とか、見方によっては巨額のお金を生む金の卵か。
あくまで見方によっては、であって、普通に考えて爆発してないだけの爆弾だけども。
今時そんな考え方をする無謀な奴がいるんだなー。
「というか正直にいますけど、今回の事件の発生原因があの横穴をふさいだ事にある可能性は高いといいますか……。閉鎖空間で怪物が大量発生した事で、いうならば一番薄い壁が破られた結果があの事故だろう、というのが我々の見解です。詳しい事は調査が必要ですが……そこで、ひとつご提案が」
そこで御堂さんが、くいっと眼鏡を押し上げた。
……なんだろう。
笑顔なのは変わらないのに、なんかこう、おっかない雰囲気がするような……。
「どうでしょう、春日井さん。あの横穴の調査……引き受けてみる気は、ありませんか?」
「えっと、つまり……企業案件?」
「はい。どうでしょう、迷宮管理課コラボ配信。盛り上がりますよ?」
これは……妙な事になってきた気がするぞ?