リストラ社会人&TS銀髪少女のダンジョン探索、コラボ配信で実力者に一目置かれる 作:SIS
『よくぞ来た、勇者ガンドレイクよ。時を超え、世界を越え。この黄金竜の首を再び獲りに来たか』
「その通りだ、偉大なる戦士の神よ」
その現実は、もはや俺の、人間の理解を越えていた。
言葉一つがまるで鉛のように重たく響き、その輝きはもはや物理的な圧力さえ伴うようだった。直視する事すら烏滸がましい、圧倒的な“存在”がただ、目の前に鎮座している。
視点を合わせても、その形状が理解できない。ただ目が潰れそうなほどの輝きに、咄嗟に目を逸らすのが精いっぱいだ。
視覚情報に、それ以上の意味があるなどと、これまで考えた事もなかった。これが本当の世界の有り様で、現代人はそれを見失って久しいのだと、説明されなくとも思い知らされる。
文字通り息が詰まりそう。
にもかかわらず、矮小なる凡夫の身である俺が気絶もせずにこうして佇んでいられるのは、その神々しさから庇うように立ちふさがる、一人の背中があるからだ。
たった一人の、ちっぽけな背中。だけど今の俺にはそれは、運河を堰き止めるダムよりもゆるぎないものに見えていた。
腰に毛皮を巻き、簡素な服と鉄の軽鎧で身を守るだけの、粗削りで野性的な佇まい。だが、粗野ではあっても野卑ではあらず。
彼はたった一人で落ちてくる天のような威容に向き合い、あまつさえ対等であるかのように振舞ってすらいる。
その背中の雄々しい事よ。それが、俺の今にも折れそうな心を支えているのは間違いはない。
これが、勇者。
その立ち振る舞いで周囲の人間に勇気と希望を与えるもの。
「黄金竜ウシパチャカスナよ。汝の加護は、祝福は、この世界にとって呪いにほかならず! 速やかに退散し、在るべき世界へと戻れ!」
『否。この世界こそが、私を求めているのだ。永きに渡る偽りの平和、平穏! それによって腐敗した人身、秩序! 戦わざる者達によって戦うべき者達が剣すら手にすることなく朽ちていく冥府の底、その敗者の無念が私を呼んだのだ! 故に、私は求められるがままに与えるのみよ! 混沌と崩壊を! 我が翼の下における、戦士達への慈悲を!』
朗々と歌い上げ、破壊神が翼を広げる。天井を覆う様に広がる皮膜が、金色の影を落とす。それは夕刻、沈みゆく太陽に染まる世界の黄昏のようにも見えた。
茫然とその輝きを見上げていると、不意にぞっ、と背筋が凍り付くような悪寒を感じた。視線を見上げたまま、震える体を片手で抱きしめる。抱えたカメラを取り落とさないのが不思議なほどだ。
見られている。
あの破壊神が、紫水晶のような瞳で、ちっぽけな塵芥にすぎないこの身を注視している。
それが分かっていて、目を合わせられない。視線を合わせたが最後、圧力で魂が砕け散るであろう未来がはっきりと見えた。
なのに、何故だろう。
それは巨人が蟻を撫でるような、傲慢さと嘲りと、きめ細やかな慈悲に満ちていた。
『そこの凡夫もまた、同じだ。戦って、戦って、戦い続け……何の報酬もなくただ傷つき、朽ち果て! この世界の理には報酬もない、栄光もない! 全ての命は砕け散り、塵芥になるまで踏みにじられるのみ! であるならば……我が与えねばならぬ! 祝福を!! 栄光を!! 未来永劫続く闘争に、尽きぬ栄誉のあらん事を!!』
「否! それであっても、神は手を出すべからず!!」
戦いの神が叫ぶ祝福を、灰色の戦士は否定した。
「例えどれだけ報われぬとも、この世界の戦士は全て、戦いの為に戦っているのではない! いつか平穏の内に穏やかな眠りを求めて、きっといつかそこに辿り着けると信じて、彼らは歯を食いしばって戦っている! 黄金の神よ、汝の祝福は彼らにとって災いなり! ……誰も! 終わらぬ黄昏など求めてはいない!」
『平行線だな、大戦士よ! それで好い、それが善い!! であるならば……我ららしく、闘争の内に結論を出すとしよう!!』
ズン、という地響きに慌てて視線を戻す。
上座から、黄金の竜が足を地に降ろす。地響きを立てながら玉座から戦士と同じ大地に立ち、輝ける破壊神が頭をもたげた。
例え対等の相手と認めようと、あくまで傲岸不遜に天上から見下ろす。それこそが、神たる者の矜持だと、知らしめるように。
『戦いこそが我が慈愛! 倒れ逝く者こそ美しい! 勇気ある者どもよ、我が祝福の内にて朽ち果てることを許す!! 我が名は黄金竜ウシパチャカスナ、世界に永遠の黄昏を齎す者也!!』
「私は大戦士ガンドレイク! ガンドレイク・ザバーニャス! 輝ける黄金神よ! 女神モルガンの代行者として、二度目の神殺し、失礼千万仕る……!!」
そして始まる、勇者と破壊神の大決戦。
戦いは辛うじて勇者の勝利に終わり、破壊神は打ち倒された。
……その骸が、今、目の前に転がっているそれである。
「しっかし、今思うと凄い話だな。俺みたいな凡人が、あんな勇者と魔王の大決戦みたいな場に居合わせるなんて。思い返しても現実感がないや」
この場の異様な雰囲気に俺が飲まれていないのは、そういう理由かもしれない。
どことなく恥ずかしさすら覚えてしまう。
と、そんな俺の背中を小さな手がペシ、と叩いた。
「これ、シャンと背筋を伸ばさんか、トモキ」
「ガンドレイク」
「必要以上に卑屈なのはお前の悪癖だぞ、トモキ。お前はあの黄金竜と対面し、生き残った。それ以上でもそれ以下でもなく、ただその事だけが真実だ。胸を張らねば、あの神も報われぬ」
ふんす、と鼻を鳴らし、ガンドレイクは両手に腰を当てるようにして黄金竜の躯に目を向けた。
「黄金竜は戦士の守護者でもある。良いも悪いも、強いも弱いも、英雄も凡夫も関係ない。戦う者に栄誉を与えるかの神は、ある意味では誰よりも慈悲深かったのかもしれんな」
「……考えるだけでぞっとする話です。もしその話が全て本当なら、それは現代社会、その崩壊を意味します。秩序とは暴力の独占によってもたらされるもの。全ての人に等しく戦う術が与えられれば、一夜にして国家は崩壊するでしょう」
どことなく思う所のあるようなガンドレイクに対して、御堂さんはペストマスクの上からでもわかるほど顔色が真っ青だ。
正直、彼女に同意見である。
永遠の黄昏とはよくいったものだ。そこには未来も平穏もない、最後の一人になるまで続く争いなどこっちから願い下げである。
とはいえ、歴史上においてそういう時代があったのもまた事実。
人類が進歩の歴史の中で打ち倒した古い概念。それが異世界からやってきた、そういう事だろうか。
全く迷惑な話だ。
そんでもって、その影響は今もバリバリ残っている、という訳である。
「それにしても、この存在が迷宮を生み出した……と。正直眉唾物に思っていましたが、こうして実物に対面すると理屈ではなく納得せざるをえませんね……」
「うんむ」
まあそういう事である。確かに、黄金竜の目的が秩序の破壊とそれに伴う永劫の闘争であるならば、迷宮なんてもんはうってつけだ。あるいは、そういう性質であるが故に、ただ居るだけでそういった現象が起きるのかもしれないが。
まあ鶏か卵か、どっちが先なんてのはどうでもいい。
重要なのは、これからどうなるか、である。
残念ながら、諸悪の根源とされる黄金竜を倒しても、この世界を脅かす迷宮の存在は霞のように消えてなくなったりはしなかったのだ。
「しかし、黄金竜を倒しても迷宮が減る所か増え続けているのはな。困ったものだ」
「この亡骸が原因なのでしょうか? やはり、こちらでなんとか回収を試みるべき……いえ、かといって迷宮の外に迂闊に持ちだしたらどうなる事か……今ここで考えても詮無い事ですか」
ガンドレイクと御堂さんが揃って骸の前でぼやいている。
死んでも迷惑をかけ続けるとかとんだ厄災である。まあ、怨霊になってダイレクトに呪ってくる訳じゃないのはまだマシかもしれないが……。
「……ん?」
「どうした、トモキ?」
「いや……ちょっとひっかかる事があって。……あれ?」
最初は些細な違和感。だが気が付いた直後、それは激烈な矛盾となって俺の心を揺るがした。
だって、おかしい。
俺は上座で伏せる神の躯を見上げながら、喘ぐように息を吐きだした。
「黄金竜は、ガンドレイクを対等の相手と見なして地に足をつけて戦った……なのに、なんでその亡骸が上座に転がっているんだ?」
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