リストラ社会人&TS銀髪少女のダンジョン探索、コラボ配信で実力者に一目置かれる 作:SIS
「…………」
携帯端末を向きを変えたりして、何度も確認する。
当然ながら、内容は変わるはずもない。
返事するにあたってお役所のチェックが入ったが、差出人も本物で間違いないらしい。
つまり、これは。
「……巴さんからディナーのお誘い……?」
ありていにいって、それはデートというものなのではないか?
「いやいやいや、考えすぎだって……うん……」
端末片手に、うろうろと落ち着きなく部屋を歩き回る。
「ああいや、お食事とだけ書いてあるから、ランチって線も……。俺が考えすぎているという可能性の方が高い。だってあっちは有名配信者だぞ? 一度、たまたまコラボしただけのこっちに対して、特に思う所なんてないって……」
ブツブツいいながら、クローゼットの中身を検める。
部屋から持ち込んだ衣服の内、随分と長い間袖を通していないスーツの具合を確かめる。
「いやいやいや……先走りすぎだって……まだ返事も来てないし……」
そこでタイミングよく、再び着信。
バッと確認すると、それは巴さんからの返信だった。
時刻は今日の夜。お店は、街のちょっとこじゃれたレストランだった。一般人でも手が届く程度の、それでいて毎週というにはちょっとお高い感じ。
明らかに、食事ついでに世間話、という雰囲気ではなかった。
「いやいやいやいや……まてまてまて……? 何でだ? どうしてこうなった?」
「さっきからどうしたトモキ? 何を熊のようにうろうろと」
ソファに転がって漫画を読んでいたガンドレイクがうっとおしそうな半目を向けてくる。ちなみに呼んでいるジャンルはラブコメだ。意外な好みである。
「ああ、いや。巴さんから食事の誘いがあってね……」
「……ほう?」
「まあ特に意味はないというか、この間のお礼なんだろうけど……はは。あんまり勘繰るのも増長しすぎか。ああ、でも最低限の身だしなみは整えていかないと失礼か……」
会社を辞めさせられて以降、誰かと食事に行くなんて久しぶりだな。それだけの経済的余裕がなかった、というのもあるが。
考えようによっては、うん。なんか楽しみになってきたぞ。
「ふぅ~~~ん……。それで、二人きりで行くのか?」
「え? あ、ああ。そういやガンドレイクを連れてきて、とはなかったな。あー、でもガンドレイクにああいう店で着るフォーマルな服は無かったな、そういえば。今からでも買いに行くか?」
「…………いや、いい。呼ばれてるのはトモキだけなのだろう。言ってくるといい」
何故か頭を抱えながら、ガンドレイク。なんだ? さっきまでなんかついて来たそうだったじゃんか。
「? 俺だけご馳走食べるのが羨ましかったんじゃないのか?」
「……気分が変わった、という事にしておけ。いいな?」
「???」
なんだ、変なガンドレイク。
まあいいや、とりあえず御堂さんに外出許可をもらってこよう。
一応軟禁されている身だからね。
「それなら全然大丈夫ですよ」
「ほんとですか? 良かった」
「ええ。一般人相手ならちょっとうーん、ですけど。巴さんは生配信の許可も出てる冒険者ですし、情報漏洩のリスクは低いですし」
おっとり笑顔の御堂さんが、にこやかに許可を出してくれる。ちなみに当然だけども、今の彼女の恰好は他の職員と変わらない制服だ。あの黒コート姿はあくまで迷宮内活動用らしい。
「それは助かりました。あ、でもちゃんと口にチャックはしますよ? 尋ねられても誤魔化しますし……」
「それは勿論、春日井さんの事を信頼していない訳ではありませんが、情報というのは受け取る側と口にする者で価値が変わるものです。春日井さんにその辺りの判断は難しいでしょうし、こちらもだからといって貴方の発言全てを検閲する訳にはいきませんからね。そんなに暇ではないので」
うーん? 逆に言うと暇だったら俺の発言全部を検閲するよ、と言っているように聞こえるんだけど?
気にしすぎかなハハハハハ。
「あ、ただGPS内臓の時計は装備していってくださいね。万が一、という事もありますので居場所は把握しておきたいので」
「了解しました。門限とかはあります?」
「ありませんよ、ご自由に。なんだったら一晩泊まってきても全然問題ありません」
にっこりと目を細めて御堂さん。ちょっと意外、この人そういう冗談も口にするんだね。
「ははは。残念ながらその手の事には縁がない人生だったので……。いや、ほんとに、マジでね……はははは……」
「あらら」
「ま、大体九時ぐらいには戻りますよ。それじゃ、よろしく」
何はともあれ、許可が下りたなら急いで身支度をしよう。散髪は……流石に間に合わないから、うーん。とりあえず髭を丁寧に剃って……電動ひげ剃りじゃあれだな、剃刀出すか。んでもって、あとは……。
俺は久方ぶりの外食にウキウキしつつ、足早に部屋に急いだ。
「あれ、御堂さんどうしたんですか? ……有給申請? え、今日の今日? ちょ、頼みたい仕事があるんですけど……え、ちょ、御堂さん? 御堂さーん!?」
そして久方ぶりの都心である。
世の中色々不景気だけど、お金はある所にはあるというか。
仕事帰りのサラリーマンや、装飾品で着飾ったマダム、チャラチャラしたホストがうろつく老舗デパートの通りの前、大きな時計の下で俺は待ち合わせ相手を待っていた。
「あと5分か……」
時計を確認して周囲を見渡すが、それらしき姿は見当たらない。
そういえば、巴さんはどんな格好で来るんだろう? 考えてみれば冒険者としての彼女は、配信で売る為にコーディネートされた奇抜な格好と口調な訳だから、普段はああいう感じではあるまい。ましてや知らない顔ではないとはいえ、外部の人間と食事に行くのだから、もっと落ち着いた格好をしてくるはずだ。
落ち着いた感じの巴さん……うーん。ちょっと想像がつかない。
基本的には長い黒髪の整った顔だし……インナーカラーやちょっときつめの化粧とかアイシャドウとか落としてシンプルに纏めたら、割とお淑やかな感じになったりするのかな?
意外とドレスとかじゃなくて和服で来たりしてね、はははは。流石に無いとは思うけど、もしそうだったら意外性抜群だ。
まあでも、こうして待っている間にも和服で歩いてるマダムをちょこちょこ見るし、お金持ちならそうおかしい事じゃないのかもしれない。
そうそう、ちょうどいま信号を渡ってコチラにあるいてくる、淑やかな黒髪和服美女みたいな、って……。
「…………巴さん?」
「はい、お久しぶりです、春日井さん」
唖然とする俺の前で足を止めて、ぺこり、と頭を下げる推定・巴さん。
絹のようにさらりとした黒髪がその拍子にぱらりとほつれて、白いうなじが露になる。思わず見とれた俺を、佇まいを直した柔らかな瞳が正面からしっかりと見据えた。
以前のような、自己主張の強いメイクではなく素の良さを生かしたナチュラルメイク。粉っぽさを全く感じない熟練の技を感じさせる。
そして、清らかさを強調するような藍色の和服。現代日本においては珍しい恰好なのに、まるでそこにそうしているのが当たり前のように、彼女の着こなしには違和感というものがまるでない。
そこに居たのは、どこからどうみても、とっくに絶滅したと言われていた大和撫子そのものだった。
「お待たせして申し訳ありません。それでは、お店に行きましょう」
「あ、はい。どうも」
促されて、アホみたいにコクコク頷く事しかできない俺。
そんなこちらに小さく笑みを浮かべると、巴さんはそっとこちらの右腕を取って横に並んだ。
……これは、夢か?
狐につままれたような気分のまま、俺はふらふらと、指定された約束の店に向かった。
「んぐむむむ……トモキめ、デレデレしおってからに……!」
「ステイ。ステイですよザバーニャスさん。物事にはぶっこむのにちょうどいいタイミングというものがあるのです」
「それは分かっている! しかしだな、むぎぎぎ……!」