リストラ社会人&TS銀髪少女のダンジョン探索、コラボ配信で実力者に一目置かれる 作:SIS
「今回の件は、不幸な勘違いが原因ですの」
「勘違い、ですか……」
アイリーンと名乗った女は、そう宣うと悲し気に瞼を伏せた。
「私どもはあくまで、一連の事件についてお話を伺いたい、というだけだったのです。ですがそれを受け取った警察の一部の方々が“張りきられ”まして……」
「つまり、俺を拘束する意図は無かったと?」
「そういう事でございます」
神妙な顔で頷くアイリーンさん。うーん。それが本当だったとしても、俺がどえらい迷惑を被ったという事実は変わりはしないのだが……。
「この部屋は私共の押さえている物件でございます。どうにも警察の皆さん気が立っておられるようですので、しばらくここでお過ごしなさるとよろしいかと」
「え、えー。それは困る。ガンドレイクの奴にも無事を伝えたいし……」
「それは……難しいかと。お連れの方は派手に暴れた後にお姿をくらまされたようで……こちらの方でも、行く先が掴めておりません。携帯などもつながらないかと」
え、えー。何やってんだガンドレイク。
いやある意味では期待通りの仕事をしてくれてるんだけど。
「今回の一件は警察の方々にも強く言い含めておりますが、いかんせん、組織というのは一枚岩ではないので……。今回の一件を冒険者の仕業と断定し、冒険者の権利制限にはしる動きもありますわ。今は色々と繊細な時期なのです」
「そんな無茶な」
なんだかんだいって、多数の冒険者が迷宮から色んな資源を持ち帰るから今の日本は回ってる所がある。それを市民の武装化が気に入らないからって封じたりしたらそのまま経済が死ぬぞ? そうなってからでは遅いのに。
いやまあ今更の事か。全部が全部とは言わないし、あくまでごく一部の考えなんだろうけど自分の考える正しさが通れば罪のない市民が何十人と猛獣に食い殺されてもなんとも思わない、それが正義だっていう人も確実に居るしな組織って。
権力って怖いね。
「本当に申し訳ありません。あと、それに……春日井様から、お話を是非に、というのも本当ですのよ?」
す、とアイリーンさんが俺の腰かけるベッドの横に座ってくる。
流れるような自然な動きだった。プライベートゾーンをあっさりと踏み越えられた事に気が付かないほどで、それに気が付いたのはどちらかというと冒険者としての本能的な間合い管理意識の御蔭だった。
あまりにもたくみな距離の詰め方。
日本人離れした白い肌や金の髪、キラキラ輝く碧眼……それでいて顔つきはちょっと幼げで愛嬌があって、外人さんに感じる“違う人種”って感じがあんまりしない。
なんだか心拍数が跳ねあがる。なるほど、確かにこの距離をガチ恋距離って言う人の気持ちもわかる。
……じゃなくて!
「な、なんでしょう? こ、こないだの騒ぎの事について聞きたい、とか?」
そっと彼女との間に距離を開ける。
いや、その。いやではないんだ、嫌では。アイリーンさんめちゃ美人だし。でもなんかこう、美人過ぎて気後れするっていうか。同じ空間に存在するだけでなんか情けなくなってくるというか。
俺がもし、女性経験豊富なイケイケおじさんだったらここぞとばかりに言い寄ってネンゴロな中に持ち込んだりするんだろうけど、残念ながらそんな度胸も経験値もない。自分で言ってて悲しいが。
それに、なんだ、あれだ。政治家の秘書ってなんか怖くない? 油断するとパクッといかれそう、世間体的に。
俺の警戒心を見て取ったのか、彼女は開いた間合いを詰める事はなく、小さく微笑だけを浮かべた。
「ふふ。それは確かに興味がありますが……私がお聞きしたいのは、春日井様本人についてですわ」
「え?」
「失礼ながら。春日井様のここに至るまでの経歴、調べさせていただきました」
先ほどとは別の意味で、冷たく心臓が跳ねる。
「ランクの低い私立大学を卒業後、就職の為に地元を離れて都心部へ。しかし6年ほど働いた所で会社を辞め、地元に戻ってきておよそ半年後に地元近くの町工場に就職。しかしそこも数か月前に企業都合で解雇されて、今はフリーター。言葉にすると簡単なものですが、なかなか苦労されてきたのではないでしょうか?」
朗々と調べてきたのであろう俺の経歴を口にするアイリーンさん。……まあ確かに、隠しても居ない一般市民の経歴なんぞ、政治家様からすれば簡単に調べられるか。
色々あった半生を人様に語られて上から目線で同情される。なかなかに屈辱的なシチュエーションだが……そう反感が湧いてこないのは不思議だった。
多分、彼女の目のせいだ。
言葉だけではない。彼女は本当に、心の底から俺の半生に同情している。
「努力は報われる。綺麗な言葉ですが、これほど欺瞞に満ちた言葉はないでしょう。結局、人は己に都合の良い事しか受け取りません。春日井様が今日ここに至るまでどのような努力、どのような挫折、どのような絶望を経てきたとしても、人は結果でのみ貴方を判断するのでしょう。……人は、人を正しく評価できない。いかなる人生も、戦いに満ちているというのに」
「それは……」
「きっと屈辱だった事でしょう。理不尽だった事でしょう。報われぬ事ばかりだったのでしょう。……なのに、何故ですか? どうして貴方様は、自らに報いない社会というものに、唯々諾々と従うのでしょうか。もっと欲望のままに、望むがままに生きてもよろしいのではなかったのですか?」
問いかけてくるアイリーンさんの視線は、俺から失言を引き出そうという権謀術数ではなく、単なる疑問に満ちていた。よくわからないが、この人は俺がそんな豪放磊落に生きられる強い人間に見えているらしい。
どうにも、最近色んな女性と知り合う機会が急に増えたが……どうしてだか皆、俺の事を過剰評価している。
「それは買いかぶりすぎというものですよ。俺はそんな、我を貫けるほど強い人間ではないんです」
「思うがままに振舞う事が、強いと?」
「強いというか考えなしですかね。人間の行動は、己一人の責任で負える物ではない。社会の恩恵を受けて生きているならば、それは自分ひとりの問題じゃないんです。その繋がりを無視して、自分勝手に己だけの利益を追求するほど俺は恥知らずじゃないし、そうできるだけの力もない。……我が儘って、疲れるんですよ、マジで」
社会に見放された、なんてことはあり得ない。ただそこに生きているだけで、必ず人は社会の恩恵を受けている。当然すぎて忘れがちだが、文明とはそういうものだ。
俺は小さく肩を竦めてみた。
「そういう言い方が出来るのは、それこそガンドレイクみたいな奴だけです。俺には俺の、人には人の、ちょうどいい生き方っていうか……望ましい生き方がある訳です。俺の望みは、そうやって社会の一部として、平々凡々な個人的な幸せを享受する、それだけです」
「お言葉ですが、その願いはかなっているようには見えませんが?」
「それでもです。まあ望みが叶わないなんて珍しい話ではないでしょう」
なんか最近この手の話ばっかりしてるな。巴さんにも、獅子川ちゃんにも似たような話をした覚えがある。
苦笑しながら答えると、アイリーンさんは納得いかない、という顔をしながらもとりあえずコチラの考えを理解してくれたようだ。
小さく身を引いて、小さく頷く。
「……成程。ふふ、春日井様の事が少しわかった気がしましたわ。……ガンドレイク・ザバーニャスが貴方の事を気に入る訳です」
「え?」
「なんでもありません。素晴らしいお話を聞かせてもらいました、有意義なお時間でしたわ」
アイリーンさんはぱっとベッドから立ち上がると、俺に向き直って頭を下げた。
「後程またお伺いします。それと、何か欲しい物があればなんでも申し付け下さいませ。可能な限り用意しますわ」
「え、なんでも?」
「ええ、なんでも。試してみます?」
にっこり笑うアイリーンさん。その笑顔はちょっと悪戯っぽかった。
「んーじゃー……」
そういって、俺は閉じ込められてる事へのささやかな意趣返しとして、少し意地悪を言ってみる事にしたのだった。もうちょっと我がままいっていいよ、っていったのアイリーンさんだしね、ふふ。
「マジで用意してきちゃったよ……」
そしてテーブルに並ぶ、本日のおやつ。
バクラヴァ、カンノーロ、シュバキア、トング・イップ……すなわち世界各国の御菓子である。名前だけ聞いた事あるやつとか、ぼんやり食べてみたかったのを片っ端から述べてみたのだが、本当に全部でてくるとは……。
「……ごくり」
唾を呑みこみ、ちょっとひと齧り。
「あ、美味しい」
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