リストラ社会人&TS銀髪少女のダンジョン探索、コラボ配信で実力者に一目置かれる 作:SIS
「それで、これが?」
「はい」
テーブルの上に置かれた一つの瓶。
アイリーンさんが持ってきたそれを俺は手に取り、ためしすがめつ色んな角度から眺めてみる。透明な瓶の中には金色の砂のようなものが入っていて、それは見る角度によってキラキラと色合いを変える。
「同時多発テロを引き起こしていた暴徒が服用していた、ドラッグ……のようなものでしょうか。摂取すると急速に迷宮適応に近い症状が進み、筋力などが大幅に強化されます。ですが、過剰摂取すると精神に極端な興奮作用を生じ、理性を失います。件の暴徒達は適量の数倍服用した事で、完全に発狂してしまっていたようですね」
「バーサークドラッグって訳ね」
俺は眉をしかめて瓶をテーブルの上に戻した。
「で、そもそもこれ、何なの?」
「迷宮管理課が研究していた強化薬との事です。どういう訳かそれが大量に流出し、何者かが悪意を持ってばらまいた事で、あのような事件になったようです。残念ながら、迷宮管理課も組織としての腐敗からは逃れられなかったようですね」
「まあ、それは俺も心辺りがあるけど……」
なお原材料については今更の話だ。現物として持って帰った黄金の鱗を何枚か提出したしね。横穴の事を私物化しようとしたみたいな話もあったしその流れだろう。ただ、御堂さんとかを見る限り、迷宮管理課には自浄作用がまだ働いていたように思うのだが……本当に、それだけの理由だろうか?
「で、これを俺に使えって?」
「はい、適量であるならば問題はありません。何より、素の状態の一般人と違って、貴方様は既にかなり迷宮適応が進んでいます。基礎ができているので、摂取した所で我を失う事はないでしょう。むしろ、経歴を考えれば貴方様はもっと適応が進んでいるはずなのです。これを摂取する事で、そのギャップを埋められるのではないかと」
「結局は体のいいモルモットかあ……」
しみじみと呟くと、アイリーンさんは苦笑いを浮かべるも否定しなかった。ま、そりゃね。
「……実というと。気が付かれてなかったかもしれませんが、既に貴方様はこれを摂取済みですよ?」
「え?」
「実はこっそり、お菓子の中に混ぜ込んでました。ごめんなさいね」
いたずらっぽく舌を出すアイリーンさんに思わず愕然とする。
「ええ……」
言われて、今更ながらに思い当たる。もしかして我ながららしくもない、大胆な行動に出てしまったのって、もしかして……。
「し、知らない間に実験台にされてた……?!」
「ふふ、美味しい話には裏がある、という事でして。勿論適量以下でしたが、多少気が大きくなるとかの副作用はあったかもしれませんね?」
にこにこ笑いながらしれっとそんな事を言ってのける一服盛った張本人。自分で言う、それ!?
「は、嵌められた……!」
「はい、嵌めちゃいまいた。うふふ、よく知らない人から貰った食べ物に手をつけちゃいけない、って教わりませんでしたか? 勉強になりましたね、ふふ」
「ぐわー!!」
テーブルの上に頭を抱えて俯せになる。それは、そうだけど! 言ってる事は御尤もだったけど!
くそう美人怖い!! おっかない!!
「ふふふ。智樹様、疑り深いようでそのあたりはとても素直でいらっしゃいますよね。そういう所、好きですよ?」
「よくもまあいけしゃあしゃあと……」
「だって好意を持っているのは本当ですもの」
そんな事をいいながら、そっと肩をよせてくるアイリーンさん。
「それはそれ、これはこれ、という奴ですわ。それに貴方様にとっては、根拠の分からない無条件の好意よりも、こういう打算あっての心積もりの方が分かりやすくて安心できるのでしょう?」
「んぐぐぐぐ……」
「もしそれでも溜飲が下がらないと仰いますなら、それこそ、いくらでも私を好きなようになさればよろしいかと……?」
妖艶な流し目で、シャツの胸元を少しだけはだけるアイリーンさん。真っ白で艶やかな首筋が目に入って、俺はごくりと唾を飲む。
って、いかんいかん。こうやって相手のペースに呑まれるからいいように玩具にされるんだ。
節度!
適切な距離を取ろう!
そそくさと彼女との間に空白を開けると、「あら残念」と彼女はあっさりと胸元を正した。
「ふふ、まあお楽しみはまた後に取っておきましょう。それより、どうなさいますか?」
「……正直色々と納得いかない所はあるけど。断るって選択肢が俺に無いの分かっていってるでしょ」
金色の粉が入った瓶を拾い上げて懐に入れ、俺は小さくため息をついた。
そう、忘れてはいけないが俺は現在虜囚の身である。逆らう事の出来ない公的な権力による、超法規的処置という奴だ。ここでこの依頼を受けなければ、在る事ない事罪状をでっちあげて俺を今度こそ社会的に抹殺するというのもあり得る。
それを考えても、こんな怪しい物を摂取するにいは不安があるけど……。
そんな俺の不安を見透かしたように、アイリーンさんは小さく囁いた。
「もしかすると。その薬の力があれば、ガンドレイク様のようになれるかもしれませんよ?」
「これ以上の誘惑は勘弁してくれるかな」
それは俺にとって殺し文句にも等しい。バカバカしい、だまされている、とわかっていながら、俺の脳裏にはあの灰色の雄姿が焼き付いて離れない。
ガンドレイクみたいに、か……。
「いいよ、引き受ける。その代わり、達成後の俺の身の保証はしてくれるんだよね?」
「それは勿論。交換条件という訳ではありませんが、ご友人ともども、二度と手出ししない事を確約いたしますわ」
「……それならいいんだけど」
正直もうちょっと粘られるかと思ったが、欲しかった言葉が出てきて安心する。勿論単なる口約束、絶対の保証ではないが……アイリーンさんはそういう事はしないだろう。
卑怯な手はとるけど。
「それはそれとして正直だまし討ち食らうとは思ってなかったよ。畜生」
「うふふ、私も私なりに必死ですので。打てる手は打ちますよ、戦いですもの」
「さよですか」
俺は小さくため息をついて、頭をくしゃりとかいた。
そんなこんなで、再び例の横穴に潜る事になった俺。
いつもの頼れるガンドレイクは居ない。見知った迷宮とはいえ、油断は禁物である。
「という訳でして、こちらの方で智樹様の装備を見繕わせて頂きました」
「これは……?」
迷宮管理課の駐車場。黒塗りのワゴンの中で準備を進めていた私に、アイリーンさんが黒いトランクを差し出してくる。
受け取って中身を確認すると、中には装備が一式。
真っ黒なレザースーツのようなものに、ジャケット。特殊部隊が点けるようなマスクに、大振りのナイフ。なんだこれ。
「金色の薬は身体能力を強化しますが、副作用といいますか肉体を自損しやすくなります。このレザースーツはある種の拘束具でして、自らの力で肉体を破壊するのを防いでくれます。ジャケットは強固な防刃繊維、マスクは各種センサーが組み込まれたもので照明がなくとも暗い迷宮内での戦闘を補助し、ナイフは迷宮から算出した特殊金属で作られた特注品です。流石に貴方様を、カラーボールのような護身装備だけで迷宮に送り出す訳にはいきませんから」
「いきなりそんなもん渡されても使いこなせる気がしないんだが……」
正直付け焼刃はいっそ持たない方がいいと思うんだが……とはいえ、怪物を全部さけて最奥まで行ける、というのも思い上がった話だ。とりあえず使わせてもらおう。
ちょっとハードなハイキング程度の装備を脱いで、レザースーツに袖を通す。やたらと艶めかしい色合いのそれは、柔らかいのに頑丈で、それでいて体のシルエットに張り付いてくるようだった。体の各所をベルトで止めると、そのフィット具合はまるで裸と勘違いするようだ。
まるで俺の体を隅から隅まで採寸して調整したような嵌り具合。そんな事された覚えはないんだが……首をちょっと傾げて、はっとしてアイリーンさんの顔を見る。
彼女はニコニコしていた。
「何か?」
「いや、なんでも」
うへえ、こえー。この人のやる事、一体どれだけ策謀が重ねてあるのか。お釈迦様というより悪魔の手のひらでコロコロ転がされてるような気分で、残りの装備も身に着ける。
ポケットの多いジャケットをスーツの上から羽織り、愛用のポーチを腰に下げ、そして最後にナイフをベルトの後ろに。
「はい、どうぞ」
「……ん」
そこでアイリーンさんが、小さな瓶を手渡してくる。
中にはいくつものカプセル。例の薬を適量ずつに分けて封入してある。正直、あの暴徒の様子とか見てるとこれを使うのには不安があるのだが、こいつを使うのも依頼のうちらしいから仕方ない。
俺はちょっと……いや、だいぶん躊躇ってから、カプセルを一つ口に放り込み、飲み下した。
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