リストラ社会人&TS銀髪少女のダンジョン探索、コラボ配信で実力者に一目置かれる 作:SIS
正直言うと、期待していなかったというのは嘘になる。
ガンドレイクの戦いぶりを見ていて、自分もあんなふうになれたら……なんて、一度でも思わなかったなんて言ったらウソだ。
超重量の装備を身にまといながら風のようにかけぬけ、一撃のもとに敵を下していくその姿にあこがれを感じなかった訳がない。
だけど、常識的に考えてああはなれない。
俺には無理だ。
だから怪しいのはわかった上で、この変な薬を口にした。本当にこれが安全だなんて心から思っていた訳じゃない。
アイリーンさんへの信頼と、状況の打破、どこまで信用できるかわからない保証、ガンドレイクへのあこがれがないまぜになって……そう、言うなれば魔が差したんだ。
10回やれば、たぶん飲まない可能性のほうが高かっただろう。
だけど、俺は薬を口にした。それが全てだ。
「……ん……」
最初は特に何も感じなかった。
掌を見下ろしても何も感じない。急に筋肉が張ってくるという事もなく、平々凡々のまま。
「案外、そんなもんか」
正直いって落胆する。その直後の事だ。
ドクン、と心臓が跳ねた。
「はっ、あ……!」
目の奥が熱くなる。脈拍がはっきりとわかるほど高鳴り、胸がズキズキする。ゴウゴウと血流が耳鳴りになって聞こえて、体温が急上昇するのがはっきりとわかった。
汗がにじみ、全身の筋肉が張る。骨がそれにひっぱられて軋み、体全体が膨張するような錯覚。それを、ピチピチのラバースーツが押し返す。きがつけばちょっと緩いぐらいだったスーツは、脱ぐのも困難なほどに体にぴったりと張り付いていた。違う、俺の体が膨れ上がった……?
はあ、と吐き出す息は熱く湿っている。
口元がむずむずして、思わず鼻を擦った。興奮のあまり鼻血がでるなんてあるらしいが、それに近い物を感じる。
「いい感じみたいですね」
はっとして顔を上げると、車の前の席からアイリーンさんが俺を見ていた。彼女は満足そうに笑っている。
「本来、ガンドレイクさんと一緒に潜っている貴方は、それぐらいの強化を受けてしかるべきなのですよ。そうなっていないのは、精神的な箍でもあったのでしょうか?」
「そういうものなのか……? まあ、迷宮適応の原理なんて知らないけど……」
「そういうものです。では、どうぞ。思う存分、力を試してきてくださいな」
そういって、アイリーンさんが手を伸ばしてくる。その手を取って、俺は小さくため息をついた。
ま、なるようになるか。
◆◆
迷宮の2層。なんども歩いた道を通って問題なく横穴の前まで来た俺は、監視カメラとゲートに封鎖された横穴の前に立つ。
マスクを外してカメラに顔を見せるとガラガラと音を立ててゲートが解放され、内部の回廊を露わにする。
どこまでも続いているようにも見える暗闇を前にマスクを再び装着すると、暗視装置が起動。
視界に映るのはなんていう事はない、ただの曲がりくねった洞窟に過ぎない。ジャリ、と砂を踏みしめて中に進む。
『ここまでは順調ですね』
「ああ……」
耳元に声。リアルタイム通信で俺の様子を見ているアイリーンさんの声だ。
「意外と暇なんですね」
『あら、危険な仕事を押し付けてそのまま放り出すとでも思ってました? 心外ですね』
「それだったら、一人で向かわせないでくださいよ」
『私か弱いので……』
ほんとかなあ? 少なくとも精神的には全くか弱くないと思うよ?
『色々と申し訳ありません。本来だったら、無修正全国配信したかったのですが……』
「いやそれは流石にやばいでしょ」
『そんな事はありません。現状の、問題ない動画だけ配信するというぬるいやり方が間違っているのです』
え、ええー。アイリーンさん、配信過激派勢だったの? ちょっと意外。
政治家の秘書なんてやってるんだし、むしろ配信には批判的なのかと思ってた。
「意外と配信好き?」
『個人的には素晴らしい概念だと思いますよ。誰もが戦士の戦いを見る事が出来て、戦士は己の栄誉を万人に誇る事ができる。光の面だけ見せようとする都合のいい偽善は嫌いですが』
「自分の生死を見せもんにされるのは正直どうかと思うけどなあ」
ぶっちゃけ、考えようによっては古代ローマのコロッセオ、その剣闘士の方がマシだ。
剣闘士文化後半になると過激化して人死にが当たり前、モラルも地の底に落ちていたのは事実だが、初期はそれなりに剣闘士という存在は名誉を払われていた。
配信勢にはそれはない。徹頭徹尾娯楽だし、心無い言葉を投げかける奴らもいる。
もしアイリーンさんの言うように無制限で無修正の動画を流すようになったら、自分が死ぬとき最後に見るのは死を嘲笑うコメント、なんて事だってありえる。
俺はそういう最後は嫌だなあ……。
『栄誉と没落は表裏一体のものですよ。そして人は輝かしい物より汚らしい物に目が向く物です。私は全ての戦士の栄光に光が当てられるという事実をこそ好意的に思いますけどね。こうして、智樹様の戦いぶりを見られるように』
「ま、人にはそれぞれ主義主張があるって事か。悪いけど、個人的好意とは別に君が政治家になっても俺は票を入れないだろうね」
『あら手厳しい』
言葉とは裏腹にアイリーンさんはとても楽しそうである。
まあいい、いつまでもおしゃべりしてないで仕事を始めよう。
マスクの横にあるスイッチを押すと視野が切り替わる。白黒になった画面には、洞窟の詳細な地形が映し出されている。
これだけ多機能なバイザーがあれば、暗闇に閉ざされた洞窟だってなんのその。
息をひそめて、怪物との接触をできるだけ避けて先に進んでいく。何度もきたので、だいたいこいつらが反応する間合いは押さえてある。
壁際に張り付いているカマキリを刺激しないよう、反対側の壁に背をよせながら慎重に進み、天井のヤモリを起こさないよう、その下をそっと身をかがめて進む。
が、流石に全部をやりすごす事は出来そうにない。
ある程度進んだところで、分岐のど真ん中にたたずみ動くつもりのないリザードマンの後ろ姿に、俺はゴクリと唾を飲んだ。
「ちょっと頑張るしかないか……」
『ファイトです、智樹様!』
「へいへい」
楽し気なアイリーンさんにげんなりしながら、俺はそっと腰の後ろのナイフに手を伸ばした。
さて。解体なら手馴れてるが、まだ生きてる怪物相手に、果たしてどれだけやれるかね?
◆◆