リストラ社会人&TS銀髪少女のダンジョン探索、コラボ配信で実力者に一目置かれる 作:SIS
迷宮管理課対策本部。
無人のオフィス街の一角に設けられたその場所に、御堂さんと共に向かう俺達。
トレーラーから降りると、空模様は曇天。太陽の光が届かぬ黒い空……ただ、いくら雲が分厚くてもまだ昼間なのにこの夜のような暗さはおかしい。
理由は、遠くに見える光の柱だ。天地を貫く迷宮のゲートの輝きが、逆に世界に暗い影を落としている。灯台下暗し……とはちょっと違うか。
厨二病チックに言えば、光が強くなればまた影も暗くなる、という奴だな。
「……異世界みてーな光景だな」
「ああ。だが黄金竜を止めねば今度こそこの世界はその異世界へと変貌する事になるぞ」
「かんべんしてほしいね……」
軽口を叩いて場を和ませようと思ったが、題材が悪かった。マジモードのガンドレイクの返事に、巴さんと獅子川ちゃんが目に見えて顔を硬くする。
俺は軽く肩を竦めて、二人の背中をぽぽん、と叩いた。
「はいはい、そんなに深刻に捉えない!」
「で、でも……」
「別に俺達は勇者でも英雄でもないし、世界の命運なんて背負えないし背負う必要もないって! ただの一般市民に何が出来るっていうんだ、ここに来たのはあくまで情報提供の為! 世界を救うだの守るだのはしかるべき人にまかせよう、な?」
至って軽く問いかけると、二人はぎこちないながらも笑みを浮かべて「そ、そうですね」「それもそっかにゃ、私ただの配信者だしね」と気分が上向きになったようだ。
そんな二人の背中を押して建物の入り口に押しやっていると、俺だけに聞こえるようにガンドレイクがボソリと呟いた。
「……一応、私は勇者なのだが」
「わかってるわかってる、言葉の綾って奴だ」
流石にそれを忘れた訳ではない。
……それに。
勇者でも英雄でもないが、俺は当事者だ。アイリーンさんに乗せられるままにこの事態に加担した事の、責任は取らねばならんだろう。
前を行く二人に悟られないよう口を引き結び、俺はガンドレイクを促した。
「さて。女神様に合いに行こうぜ。……本物だと思う?」
「借りに偽物だったとしたらソイツは命が惜しくない本物の馬鹿だと考える」
「……それもそうだな」
肩を落とし、俺とガンドレイクも御堂さん達に続いて自動ドアを潜った。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。どうなのかね。
建物の中は臨時の前線司令部になっていた。そこら中にケーブルが床を這いまわり、取ってつけたようなモニターやらパソコンやらが並び、黒尽くめの役員が駆けずり回っている。
上昇するエレベーターを降りて廊下に出る。
アサルトライフルや防弾ジャケットで武装した特殊部隊の一団とすれ違いながら先に進むと、上役みたいな人達が集まっている所に辿り着いた。本来はロビー区画だった場所が、今は指揮所として使われているらしい。廊下に並ぶ部屋のドアは殆どが開け放たれ、内臓のようにのたうつケーブルが伸びた先で何ごとか作業が行われていた。
きょろきょろしながら指揮所に近づくと、こちらを……正確には御堂さんを見咎めてか、スーツ姿の中年男性が走ってくる。パリッとしたスーツ姿にオールバック、顔にはサングラスと映画か何かのエージェントみたいな出で立ちだ。逆にいうと、個人的特徴を示す記号は一切ない。仮に外で出会ったとしても一切気づけないような、そういう意図的なものを感じる出で立ちだ。
「御堂、よく戻った! ……そちらが?」
「はい、室長。ご紹介します、春日井さん。こちらは私の上司……まあ室長と呼んでください」
「どうも。春日井です」
ぺこり、と頭を下げると、室長さんも小さく会釈を返してきた。差し出された手を握り返す。
あきらかに荒事に慣れたゴツゴツとした感触だった。
「室長です。明らかにコードネームで不愉快に思われるかもしれませんが、申し訳ない。我々は気密性の高い部署でして」
「ああいや、お気になさらず。あれ、もしかして御堂さんの御堂ってのも……」
「てへぺろ。申し訳ありません、偽名です」
ああ、やっぱりか。……やっぱただの役人じゃなかったのね。そりゃそうか。
色々納得しながら手を離すと、室長さんが小さく首を傾けた。その黒いグラス越しの視線は、廊下の先にある個室を見ている。
「色々とお話を伺いたい所ですが、まずは来客の対応からお願いしたい。……彼女はあちらでまって頂いている」
「了解しました」
「……時に、春日井君といったかね。……君はこういうの、慣れっこなのかい?」
言外に自分は動揺している、と告げる室長さんに、俺は小さく肩を竦めてやれやれのポーズを取った。
「とても不幸な事に、ええ」
「……世界というのは広いものだな」
「全くです」
なんとなくシンパシーを感じて互いに頷き合う。
わかる、わかるぞ。この人常識人故に苦労しているタイプか……!
最近濃ゆい人とばかりお知り合いになっていたので、こーいう普通の人は貴重だ。しみじみと感じ入っていると、突然、俺は袖や肩を複数人にひっぱられて背後につんのめった。
「え、おっ?」
「むぐぐ……」
「うぅ……」
振り返るとガンドレイク、巴さん、獅子川ちゃんが何やら不機嫌そうな顔で、それぞれ俺のスーツをつまんでいた。何これ?
「え、どした?」
「どうした、ではない! この節操無しめ……! 研いだ斧に油を差す事もなく次から次へと……!」
「私もオタクだからさ、そーいうの理解がある方だと思ってたけど、流石に自分が当事者だと、ね?」
「???」
え、何。どうして俺が罵られてるの? 訳わからん。
本気で困惑していると、獅子川ちゃんに深ーい溜息をつかれ、御堂さんには含み笑いを零され、知り合ったばかりの室長には苦笑いをされた。
なんでさ。
そんな感じでひと悶着あったものの、来客が待っているという部屋に通される俺達。
下がる室長と御堂さんを視線だけで振り返り、ドアの前で拳を握る。
「じゃあ、ノックするぞ」
「う、うむ……」
頷くガンドレイクの顔色はあまりよくない。巴さんが、ひょいと後ろから覗き込んで首を傾げた。
「どしたの、ザバニャン。もしかして、知っている相手?」
「いや、その。知っているも何も……」
「まあ、話せばわかるさ」
俺は苦笑しながら、ココン、とドアをノックする。
返事はないが、扉を開けて中に入る。
「失礼します」
部屋に入ると、そこは調度品が整えられた応接室。仕切りの向こうに、誰かが待っている気配がする。
背後でバタン、と扉が閉じる音。俺は襟元を正し、敷居の向こうに歩み出た。
「お久しぶりです、モルガン様」
『……ええ。そちらも壮健なようで何よりです、春日井様』
ソファに腰かけていたのは、輝かんばかりの美女だった。この場合輝かんばかり、というのは比喩ではなく物理である。実際に、その女性は光を纏い輝いていた。
艶やかな銀髪に、空のような青い瞳。大理石のような白い肌……ガンドレイクと似通った、彼女が妹ならまるで姉のような出で立ちの絶世の美女。静かなたたずまいの黒いドレスを纏った彼女は、ガンドレイクの主人にして彼女をこの世界に送り出した張本人。
女神モルガン。
かつて、黄金竜を倒した俺達の前に現れた時と変わらぬ出で立ちで、異界の女神は静かにこちらに向き直った。
『此度は突然の来訪、申し訳ありません。ですが事態は急を要します。故に、本来望ましくないと分かりながら、再び世界を渡り、こうしてこちらにやってきました。どうかご理解を頂きたい』
「いえ。こちらも正直、何が何やら、でしたので。……そんなに状況は不味いのですか?」
『ええ。とても』
モルガンは物憂げに顔を伏せた。
『このままでは、この世界は黄金竜の翼に閉ざされるでしょう。その黄昏の空の下、人々は尽きぬ争いに明け暮れ、栄誉と破滅の輪廻が回るばかり。それはある種の地獄です。かの破壊神が治める世界は、決して前に進む事はない。……この事態を未然に防ぐため、私はガンドレイクを派遣したのですが……』
そこで、じろり、と女神はガンドレイクを睨みつけた。その視線は、まさしく絶対零度。ほんの僅かな情すら存在しない無慈悲な視線に、文字通りガンドレイクが竦み上がった。
「ひ……も、申し訳ございませんモルガン様!」
『弁解は不要。貴様の斧は何のために振るわれるのだ、まさか私の名誉を傷つける為か? 貴様がそれほど恥知らずとは知らなかったな、我が身の不明を恥じるばかりだ』
「お、お許しを! そのようなつもりは、決して!」
へへー! と平伏するガンドレイク。しかしそんな彼女を睨みつける視線は益々凍てついた物になるばかり。気のせいか、部屋の気温も急低下しているような錯覚も覚える。
背中で巴さんと獅子川ちゃんが竦み上がる気配。
俺はというと、うん。ひたすら苦笑いで愛想笑い。
やっぱりこうなっちゃったかあ……。