リストラ社会人&TS銀髪少女のダンジョン探索、コラボ配信で実力者に一目置かれる 作:SIS
迷宮に突入していきなり、俺達はピンチに立たされていた。
「今引き上げる!」
クレバスに落ちたガンドレイクを、縄を使って引き上げる。フル装備の彼女を引き上げるのは以前であれば到底不可能だったが、アイリーンさんに一服盛られた今の俺なら十二分に可能だ。
だが問題はそれが出来るか出来ないかではなく、そのために無防備な姿をさらしてしまう、という事である。
雪原にしゃがみ込む俺を狙って、雪を蹴立てて走り寄ってくる獣の姿。一見すると狼に似ているが、体が倍近く分厚い。どちらかというと細身の熊……やせたホッキョクグマと言った方がしっくりくる。
そんな猛獣が、俺を狙って猛全と襲い掛かってくる……!
だけどこっちも、二人だけでここに来ている訳じゃない。
「やらせないよ!」
心強い掛け声とともに俺と獣の間に割って入るのは、麗しき双剣士。彼女が異名の元にもなっている魔法剣を振るうと、血飛沫の代わりに虹色のエフェクトを噴き上げ、白い獣は雪原に倒れた。
『レインボー!』
『冷静に考えると結構グロい武器だよねアレ』
『さっすがレインボー巴、そつがない』
視界に流れるコメント欄は口々に彼女を称える。やっぱり元々有名な配信者だけあって、名前を知られているようだ。
しかしながら、敵を切り倒した彼女の横顔は緊張に強張っている。いつも明るく楽しく、をモットーにしている彼女の緊迫した表情は、それだけ状況が危機的な事を物語っていた。
「まだまだ来るよ、蘭ちゃん支援お願い!」
「りょ、了解しました!」
続けて鳴り響く風切り音。獅子川ちゃんが弦を慣らして矢継ぎ早に矢を放ち、雪原に立ち込める白い靄の向こうを狙い撃つ。それに紛れた黒い影がざざっと動き、こちらを遠巻きに包囲する。
どうやらこの雪原を縄張りにする怪物は群れを形成するらしい。このままでは数の差に押し切られるのも時間の問題。
だがその前に、手繰り寄せた縄に手応えがあった。
「よっし、ガンドレイク、あと少しだ……っ」
「しまった、春日井さん!」
巴さんの緊迫した声と同時に背後からかかる影。首だけで振り返った先、彼女らの迎撃をすり抜けて間近まで迫った怪物の姿があった。大きく開かれた牙が、今にも俺に食らいつかんとして……。
「……させん!!」
『ギャウッ!?』
視界の端をギラリと何かが横切ると同時に、獣が悲鳴を上げて反対側に吹っ飛ばされる。どさりと雪原に落ちる二つの物体。獣と、もう一つ金属質の……ガンドレイクの籠手。
「とぅ!」
続けて、クレパスの中から飛び出す銀色の影。縄に掴まって昇ってきた彼女は、岩壁を足場に一気に地上まで飛び上がってきたのだ。そのまま斧を手にして雪原を疾走する。
ぎらりと輝く斧の刃。
それが振るわれる度に、雪原に血の華が咲く。瞬く間に数を減らしていく獣の群れ。
『グルルル……』
『アオォオオン!』
やがては、割に合わない戦いだと判断したのだろう。遠吠えをきっかけに、怪物達は雪原の向こうへと引き返していく。
戦闘が終了し、皆が安堵に武器を降ろす。俺もまた、落ちていた籠手を拾ってガンドレイクの元へ駆け寄った。
「ガンドレイク、無事か?」
「うむ! こちらこそその、なんだ、世話をかけた」
「全くだよ、土地勘あるとか言った端からクレバスに落ちやがって」
俺が毒づくと、てへへへ、とガンドレイクは体を傾けて笑って誤魔化そうとした。ええい、いくら可愛らしい仕草をしても許さん……許さ……許……。
「ま、まあ、次は気をつけろよ」
「うむ!」
『ちょろい』
『ちょろい』
『ちょろい』
やかあしいよコメントの諸君! こういう時だけ意気投合するんじゃない!
籠手を嵌め直すガンドレイクを他所に、コンパスの向きを確認する。戦闘でちょっと方角が分からなくなる所だったからな、要確認。
案の定、立ち回っている間によそを向いていた。白一色の雪景色だしな、方角もわからなくなるか。
「しかし、真面目な話ちょっと厄介だな。クレバスが開いていても肉眼ではまるで分らんぞ」
「ガンドレイクさんが分からないなら私達は完全にお手上げですね……」
「だねえ。それにこの雪、機動力が落ちないのはザバニャンぐらいのものか。クレバスを警戒してとろとろ進めばその分接敵も増えるし、何よりこの寒さだしね。凍えちゃうー」
巴さんの言う通りだ。ここがどこの迷宮かは知らないが、しょっぱなから難易度が高い事で。
「ま、一応考えがない事はない。こうするのはどうだ?」
「? 春日井さん、縄を出して、何を?」
「まあ見てて」
俺は縄にいくつもの結び目をつくってコブのようにすると、それをひゅんひゅん回して雪原に叩きつけた。縄によって、雪原に直線状の跡が残り……2mほど先の地面が、突如ぼこっと凹んだ。
「あそこがクレバスか。気をつけていこう
「え、え?」
『ははあん、縄を即席の爆導索の代わりにしてんのか』
『この場合探すのは地雷じゃなくてクレパスな訳ね』
『地面をああやって叩けば、クレバスの上に積もってる雪が落ちる訳か』
そういう事。
精度はちょっと悪いが、まあ無策でまっすぐ歩いていくよりは大分マシなはずだ。
こんな雪原で、いきなり足止めを食らう訳にもいかない。
「なるほど、流石トモキだ!」
「あんまり過信すんなよ、踏み抜いた先がクレバスだと思って慎重に行くぞ」
「うむ。私もやるぞ! とりゃりゃー!」
早速ガンドレイクも予備の縄を取り出して振り回し始める。って、お前の馬鹿力で叩きつけたら……。
「ちょ、やめ……ぶふっ!?」
「ふわわわ!?」
「えほっ、えほっ!? ゆ、雪が舞い上がって……!」
そういう訳である。日本のじめじめーっとした雪と違って、この雪原に降り積もる雪は超低温のサラサラっとした粉末状の雪だ。ガンドレイクの馬鹿力で叩きつけた縄がそれを衝撃で巻き上げて、辺り一面が真っ白に覆われる。
ああもう、これだから加減を知らない奴は!
「「「ガンドレイク(さん)?」」」
「……ごめんちゃい」
パーティー一行全員から怒られて、流石にガンドレイクはしょんぼりと頭を下げた。
『大丈夫なのかこのパーティー……?』
『ま、まあ、各々は実力あるから……多分……』
『あんまり羨ましくなくなってきたなこれ』
視聴者の皆さんもそろそろ分かって頂けてきたようだ。
そう……このパーティー、人間関係もコンビネーションも凸凹である……!
「げほっ、えほっ。まあいい、とにかく先に進もう。遊んでる場合じゃないし」
「う、うむ。次は加減を気をつける……あっ」
「ごめんねー、ザバニャン。ちょっと信用ならないから私がやるね?」
ぱっとガンドレイクから縄を取り上げる巴さん。そのまま二人で交代で縄を雪原に叩きつけて安全確保しながら、俺達は一路、この階層を駆け抜けたのだった。
「しょんぼり……」
「が、ガンドレイクさん、次の階層で名誉挽回ですよ! 頑張りましょう!」
すっかりしょげかえったガンドレイクを獅子川ちゃんが励ますというもの珍しい光景を横目に先に進む。
と、雪原の果てに小さな丘が盛り上がっているのが見えた。その横原に、意味深な洞窟がぽっかりと口を開けている。
コンパスを翳すと、針はその洞窟を指し示しているようだった。
「どうやらこの先らしいな」
頭を屈めて、俺を先頭に洞窟に入っていく。
と、ぐんにゃりと突然視界が歪む。
気が付けば、俺達は満天の青空の下、何所までも続く浅瀬の上に立っていた。
競合区域を越えて、隔離区域に入ったらしい。つまり……。
「どうやら、雪原は突破できたみたいだな」
「ですね」
厄介な難所を無事に越えられた事に、俺達は互いに顔を見合わせて小さく笑みを浮かべた。