リストラ社会人&TS銀髪少女のダンジョン探索、コラボ配信で実力者に一目置かれる 作:SIS
なんとか雪原階層を突破した俺達。
隔離区域は、階層と階層を繋ぐ通路にして安全地帯。少なくとも、この区画で怪物に襲われた、という話はとんと聞いたことが無い。ここが統合迷宮であっても、その基本ルールは同じだろう。
「ちょっと休憩していくか」
「それはやまやまですが、人に見られながらはちょっと……」
「そこは大丈夫だと思う」
少し気乗りしていない様子の獅子川ちゃんに太鼓判を押しながら、カチカチ、とマスクのチャンネルを切り替える。
先ほどまで、喧しいほど流れてきていた視聴者のコメント。それがここに入ってから、すっかり途絶えている。
黄金竜が手配したこの統合迷宮に、電波の入りが悪いとかはないだろう。恐らくは仕様のうち。
「どうも、隔離区域までは覗けないようにできてるらしい。ま、道理だな。黄金竜は戦士の戦いぶりを万人に見せつけたいというのであって、その休む様や寝床まで衆目に晒したいというパパラッチ精神は持ち合わせていないはずだからな」
「隔離区域は安全地帯だから、戦闘も発生しない。だから見せる意味もない……か。成程」
「人間のやる事だったらほんとかー? って疑っちゃうけど、相手は神様だもんねえ。やる事のスケールが大きいうえに割り切ってるー」
そういう事なら安心、と露骨に肩の力を抜く女性陣。俺は苦笑しながら、折り畳み式の椅子を鞄から広げた。
「ちょっと温まっていこうか。ほら、座って、座って」
「助かります」
「あんがとー」
「……トモキ? 私の分は?」
そんなもの無いよ。もともと折り畳んでも椅子って結構かさばるし、俺とお前はたちんぼね。
「そんな殺生な!?」
「一番体力有り余ってる奴が文句言うんじゃないよ」
ぶーぶー言ってくるガンドレイクに飽きれながら、ガスコンロに火を灯す。足元は水たまりといっても水深はあってないようなものだ。直接寝っ転がれないぐらいで、ちょっと休憩するには問題ない。
コトコトコト、小さな鍋でお湯を沸かして四人分のインスタントコーヒーを用意する。
「ふわあ。あったまります……」
「助かるぅー」
「むぅ……」
かじかんだ指先もぬくもってくる。次の階層が暑いか寒いかは分からないけど、ここで体調を整えていかないとね。
「さて。小休止したら先を急ごう、隔離区域がこんなんじゃおちおち休んでも居られない」
「そうですけど。この先もずっとこういう感じなら大分きついですね……」
「どうだろうなあ。統合迷宮というし、今も拡大してるなら時と場合で変わったりするんじゃないか」
普通の探索の場合、安全が保障されてる隔離区域で休めないと大分辛いからな。今後もこういう感じなら、ビニールシートでも持ち込まないといけない。余計な荷物が増えるなあ……。
「ま、それは今回の窮地を乗り切ってからの話さ。黄金竜を止められなかったら、迷宮探索も何もなくなっちまう」
「それもそうですね。はい、ごちそうさまでした」
「お粗末様でしたー。獅子川ちゃんも、ほら。ゴミはこっちに」
巴さんから紙コップを受け取って、続けて獅子川ちゃんにも手を伸ばす。
しかし、とっくに飲み終えているはずの彼女は神妙な顔でじっとこっちを見つめているだけだった。
「? どうしたの?」
「春日井さん……その。私だけどうして苗字呼びなんですか」
「え?」
どうして……って。獅子川ちゃんは獅子川ちゃんだと思うけど。
きょとんとしていると、傍らでガンドレイクがふむ? と首を傾げるのが見えた。
「そういえばそれもそうだな。蘭の事を他人行儀に呼んでいるのはトモキだけだな」
「私達は皆互いに名前呼びだもんね。ザバニャンのこれはまあ、名前以上に親しみを込めてるってことで! それともガンドレイクちゃんの方がいい?」
「ザバニャンの方がいいな、親しみを感じる」
何やら勝手に盛り上がっている女性陣。
ええ、今更そんな話?
「特に意味はないけど。別にいいじゃん呼び方なんてどうでも」
「良くないです! 獅子川、なんて他人行儀じゃなくてこう……蘭、って呼んでください! 私も春日井さんの事、智樹さんって呼びますので!」
「ええー?」
何その交換条件。取引になってなくない?
あとさあ、俺っちみたいなおじさんが獅子川ちゃんみたいな若い子を親し気に呼んでたら要らぬ疑いふっかけられそうで怖いんだけど。
「あー、それいいね。じゃあ私も今この瞬間から、かすがっちの事トモキン、って呼ぶね!」
「私は元より名前呼びだがな。まあいいのではないか、呼び方ぐらい別にどうでもいいのだろう? それで蘭の気が済むなら合わせてやればいいだろう」
「ええー……」
しかしながら、女性陣はノリ気のようだ。なんだか俺本人の意思を無視して話が進んでいく。
どうにも今更覆せそうにはない。女三人集まれば、とはいうが、姦しいだけではなく押しも強くなるんだな。困ったもんだ。
「えー、あー……わかったよ、蘭ちゃん」
「! は、はい!」
「言っておくけど本当に他意はないからね! 何かトラブったらちゃんと弁護してよね!?」
呼び方一つで腕に手錠を掛けられるとかたまったもんではない。
割と本気の念押しに、女性陣はあっけらかんと軽そうに頷いた。
「もちもち、そりゃあもう。トモキンの奥手はよーくわかっておりますので」
「安心するがいい、此度の事態を乗り越えた頃には色々そういうのはどうでもよくなっているだろう、世の中も」
「そりゃあまあ、そうですね……」
そんでもって何か女性陣の間だけで何か通じ合っている。
最近こういうの多いなー。ただ一人の男である俺はどうにも立場が無い。なあガンドレイク、今からでも男に戻る気はない? 女神にぶっ殺される? そっかー。
「……平和になったら男の冒険者仲間増やそ」
「はいはい。それより、そろそろ出発しようではないか。氷が張る前に船は出さねばな」
「そうですね!」
という訳で休憩は終わり。
ちゃっちゃと荷物を片付けて、俺達は先に向けて出発したのであった。
隔離区域をしばらく進むと、再び視界がぐにゃりと歪む。
その先に広がっていたのは……。
「こいつは……」
「ザ・迷宮って感じだね」
鼻をつくのは黴臭い淀んだ空気。
薄暗い視界の中、何所までも続く石壁が俺達の目の前に広がっている。壁には得体のしれない彫刻が刻まれ、足元にはひび割れた石畳。上を見上げると、途方もない所まで高く伸びた壁の向こうに、細く空が輝いているのが見えた。まるで、高層ビルの谷間に迷い込んだような圧迫感。
なんていうか、天井が高い所を除けば典型的な古代遺跡、って感じの雰囲気だ。
『お、戻ってきた』
『成程、隔離区域の様子は見せてくれないのか。そりゃそうか』
『謎にプライベートに配慮してんな……』
おっ、視聴者も早速反応してる。
そういや覗く暇なんてなかったんだけど、噂の神様謹製配信サイトってどんな感じなのかな。登録してたら配信開始のお知らせとかあったりするんだろうか。
そんなどうでもいい事が心の隅っこにひっかかりつつ、俺はマスクを付け直してカチカチと視野を操作した。
「いかにも罠がもりだくさん、って感じだ。皆、警戒してかかろう。とくにガンドレイク」
「な、何故私だけ」
「お前さっきどうなったかもう忘れたの?」
どうにも彼女は実力に自信がありすぎるせいか、慢心じゃないんだけどやる事成す事おおざっぱなんだよな。釣り天井とか壁が迫ってくるトラップとか、ひっかかっても粉砕して脱出すればいいとか考えてる節があるというか。
今回は巴さんや獅子……蘭ちゃんも一緒なんだから、そういう無謀は控えてもらわないと。
「う、うむ……き、気をつける……」
「よし。とりあえず行こうか。早速そこの床のタイルが意味ありげに突き出してるから、踏まないように注意してね。センサーで見た限り、下に妙な空洞がある」
「わ、分かりました、智樹さん。気をつけます」
「おっけー、トモキン。しかし便利だねーそのマスク」
それには大いに同意。まあアイリーンさんが用意してくれたものだしね……。彼女の計画的にも黄金竜の遺体の回収は必須事項で失敗できなかったし、彼女自信俺に利用価値を見出してくれていたのもあって、用意してくれた装備は過剰なぐらいのガチ装備だったぽいんだよね。
有難く使わせてもらっているが、それを使って彼女に歯向かおうとしている事に、思う所がない訳じゃない。とはいえ、それはそれ、これはこれだ。有難く使わせてもらおう。
「まあね。正直助かってる」
……物語だと、こういうのを何も考えずに使い続けると反乱防止用に呪いとか仕組まれててピンチになったりするんだが、彼女に限ってそれはないだろうし。
戦いの神だけあって、勝利の為には策を練るのは当然、卑怯な手段もとったりはするが……決して粗野、卑劣ではない。戦士への報償に毒を仕込むような卑しい真似は決してすまい、短い付き合いでもそれぐらいは理解している。
「……頑張ろうな。俺達で彼女を止めるんだ」
決意を新たに、俺は罠だらけの迷宮に一歩踏み出した。
『なんか知らない間に名前で呼び合ってる……?』
『エッチな事したんですね!!』
『えっあの短い間に何があったの!?』
そしてコメントの皆さん。
食いつくとこそこかよ。
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