リストラ社会人&TS銀髪少女のダンジョン探索、コラボ配信で実力者に一目置かれる 作:SIS
「どうやら、あたりを引いたらしいな」
目の前に広がる、白金の霊廟を前にして俺は恐れをごまかすように不敵な言葉を口にした。
俺たちが建っていたのは、果てしなく広がる大理石の回廊。両脇には白亜の柱が立ち並び、松明の明かりがハイウェイを照らすライトのように道の奥まで伸びている。そのゆらゆらとした炎に、壁に刻まれた彫刻の影が生きているように揺らめいた。
その影が、まるで互いに剣をぶつけ合う戦士の幻影のように見えたのは、果たして気のせいだろうか?
「いかにも、って感じだな。ラスボスが潜んでそうな雰囲気だ」
「……な、なんか、すごく場違いって感じ……」
「な、なんだか怖いです、ここ……」
女性陣はどうやらすっかり、この場の異様な雰囲気にのまれてしまっているようだ。
肝心のガンドレイクはどうかと目を向けると、にこやかにほほ笑んでいる横顔が見えた。
穏やかな笑み。なのに、それを見た俺の背筋がぞっと総毛だつ。
好戦的な笑みとも、また違う。憤怒も信念も宿縁もまとめて噛み砕いて飲み込んだ、歴戦の勇士だけが達する事ができる境地の笑み。
日本人でいえば、明鏡止水、というのだろうか。
なるほど。いつぞやの背中も、表ではこういう顔をしていたのか。
不思議とその想像は、俺の腑にするりと落ちた。
「居るのか」
「間違いなく。奥に向かうぞ。奴は間違いなく、そこで私達を待ち受けている」
そのまま歩き出すガンドレイク。その様はある意味無防備極まりなく、怪物に不意打ちを受ければ危ういと思わせたが……おそらく、その心配はないという事なのだろう。
巴さん達と顔を見合わせ、俺たちもその後に続く。
「……ピアノの音?」
「誰が……って、一人しかいないか、候補は」
どこからともなく、ピアノの音が聞こえてくる。
音楽には造詣が深くないのでわからないが、勇壮で、どこか者悲しい曲だ。
俺たちは炎に飛び込む蛾のように、その音色に引き込まれて歩いていく。
『なんか雰囲気が変だな』
『本当に迷宮の中なのか?』
『ていうかこのBGMは何?』
コメントも、どうやらただならぬ雰囲気を感じ取っている様子。
大股開きで歩くガンドレイク、歩幅も短くちょこちょこと歩く巴さんや蘭ちゃん。そしていつも通りに歩く俺。
三者三様の足並みはそろう事はない。少しずつ大きくなる音楽のリズムともてんであわないその様子は、まあ、ある意味俺たちらしくていいのかもしれない。特に理由もなく、成り行きで一蓮托生になった仲間たちだが、信頼できないかというとまた違う。運命だの宿命だの、そういうものがなくても人はこうして同じ目的の為に志を共にできる。
おそらく、そういった考えは、かの者には奇矯に見えるのかもしれない。
そして、永遠に続くかと思われた廊下も終点を迎える。
その先には、まるでコンサートホールのような大広間。天上にはシャンデリアのような照明が吊るされ、ぴかぴかに磨き抜かれた大理石の床がぴかぴかと輝いている。そして最奥には、三段になったメインステージ。ステージの上にはグランドピアノが置かれ、黄金のドレスを羽織った美女が指を躍らせている。しなやかに躍動する指先が鍵盤をたたき、流れるような音色を立てている。
しかし、流麗な光景、耳を癒す音色に反して、鼻を衝くのは文字通りに酸鼻を極める凄絶な死闘の残り香。血の匂いに、焦げ付いた大気のイオン臭。
おって視線を引き下げると、広いホールの入り口側に、何人かの冒険者が横たわっている姿が見えた。
「うそ……」
「そんな、皆……!」
とっさに駆け寄って容態を確認する。呼吸は……ある。脈もある。生きては、いる。
全身を電流に焼かれ、全身の骨を砕かれ、それでも生きているのが本人にとって幸せかどうかはまあ別として。
「ようこそいらっしゃいました、智樹様」
「アイリーンさん……!」
ピアノを演奏するドレスの女が、静かに演奏を終える。彼女は席を立つと、鍵盤にそっと指を添わせながら俺たちの方へと向き直った。
アイリーン・ラタトスク。
否、黄金竜ウシパチャカスナ。
その紫色の視線を浴びて、背後で巴さんと蘭ちゃんが震えあがり、手にした武器を取り落とす乾いた音が聞こえた。
「ひ、あ……」
「あ……う……っ!」
「ふ、二人とも! しっかり……!」
物音に振り返れば、巴さんは忘我して膝を尽き、蘭ちゃんはお腹を押さえて体をくの字に折って突っ伏していた。カランカラン、と音を立てて床に転がる、二人それぞれの武器を踏み越えて走り寄り、肩を揺さぶって意識を引き戻す。
無理もない話だ。いきなりあの神意を向けられて、荒事慣れしているとはいえ一般人が抗えるはずがない。俺もそういう意味では一般人だが、初めてじゃないしな。
『う、あ』
『なんだいまの、画面越しにもびりっときたぞ』
『あの人、見覚えが……』
流れていくコメント数も激減していく。どうやら神のカリスマって奴は、画面越しにも十分すぎるほど効くらしい。ま、流石に心臓が止まるとかはないだろ……ないよね? そこまでは責任取れんぞ。
なんとか二人を介抱しながら、アイリーンさんに目を向ける。その視線を遮るように、銀色に靡く髪が前にでた。
大勇者ガンドレイク。
その背丈は随分と小さくなってしまったが、その背中の大きさは変わらない。
対峙する破壊神と勇者。その光景は、かつてのそれの焼き直しのようにも俺には見えた。
「黄金竜ウシパチャカスナ。御身の狼藉もここまでだ。この世界の未来は、世界に生きる者達が決める事。例え神であろうと、横から口出しする事は許されない」
「見解の相違だな、勇者よ。過ちを犯した子供に、正しきを導くのも我らが使命。進むべき道もわからぬ迷い子の光明を晴らしてやるも、また一つの正しさと言えぬか?」
「だとしても。その正しさを決めるのは、我らの領分ではない!」
きっぱりと黄金竜の言葉を断ち切る彼女に、黄金の美女は愉快そうに笑った。
「ふ。お前はそうであろうな、冬の女神の信徒よ。ただお前は一つ勘違いしている。誰もが……そう、人間の誰もがお前のように強く正しく生きられるものではない。なるほど、冬が終われば春が来る。されど、厳しく凍てつく冬を全ての民が乗り越えられると思わぬ事だ。……ねえ、智樹様?」
「っ」
思わし気な彼女の視線は酷く優しい。
彼女は、俺の賛同を求めている訳ではない。ただの事実を、ほかならぬ冬を越えられなかった民の一人である俺に確認している、それだけだ。
それが恐ろしい。
事実、俺だって100%全て、アイリーンさんの言う事が間違っていると思っている訳ではない。彼女の言い分は常にいくらかは正しくて……それが、俺の決断を鈍らせている。
ああ。相手の事を間違っている、100%過ちだと決めつけられたらどれだけ楽だろうか。だが、そうやって自分でも信じていない正しさを振りかざす事は、あの神に対してあまりにも不義理だ。
あの神は、正しく人間を愛している。その愛の表現が、全てを破壊する嵐だとしても。
悪いのは、それを受け止められない弱い人間だというのに。
「それでも。……それでも、俺達はありもしない彼方の星に思いを馳せるべきなんだ、アイリーンさん」
「……然り。それでこそ。過程は違えても、目指すところは同じ、か。その通り……輝く星を目指して足掻き、戦い、倒れ行く者こそが美しい。過ちも、破滅も、人が目を背ける負の面こそを、私は深く愛おしもう。故に」
ビリ、と闘気が膨れ上がる。
殺意ではない。
黄金のドレスを纏った華奢な瘦身。それが、巨大な竜体の如き圧力を宿す。指先に細かく雷鳴が弾け、傍らのピアノの弦が弾けて断末魔の如き最後の音色を奏でる。崩れ落ちる楽器に目もくれず、紫色の黄金は立ちふさがる敵を睥睨した。
「私は私の使命を果たす。全ての争いを、戦士を肯定する者として。この世界に……尽きる事なき黄金を齎さんがため!」
「であるならば、私は一人の戦士として、人間として……神による救済を否定しよう。この世界の行く末は、人々の意思によって導かれるべきだ!」
またしても、神と勇者は分かり合う事はなく。
ここに、三度目の血戦が始まった。
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