リストラ社会人&TS銀髪少女のダンジョン探索、コラボ配信で実力者に一目置かれる 作:SIS
ぎゃりり、と火花を散らして爪とナイフが交錯する。
煌めく刃の向こうで、紫色の瞳がゆがめられる。それは屈辱か、それとも喜悦にか。
硬直は一瞬。一呼吸おいて俺達は互いを突き飛ばし、体一つ分の間合いを置いて互いに刃を交えた。
振るわれる狂爪、閃くナイフ。鏡合わせのように、互いの斬撃がぶつかり合う。
「ふふふふふ、楽しいですね、智樹様!」
「こっちは一発即死のリズムゲーやってる気分だよ!」
本来ならば、戦士などとは程遠い俺が戦いの神なんぞと切り結べるはずがない。こうして戦えているのは、相手がアイリーンさんだからだ。
軟禁されている間、彼女とは色んな事を話した。どんな事に喜んで、どんな事に興味を持つのか。食い入るように見つめてくる視線、寄せてくる肩の上下、そういったリズムはまだ心の中に残っている。それに合わせて刃を振るう度、致命の一撃が燃えるように火花を散らして阻まれる。
頭の中で、奇妙に冷静な時分が成程、と納得する。戦いを、舞踏と呼ぶのはこういう事か、と。
再び、互いの得物が至近距離で鍔迫り合い。紫水晶の瞳が、マスク越しに俺を覗き込んで愛おしげに細められる。
「やはり、私の見立ては間違ってはいなかった! 貴方はやはり、ひとかどの戦士! 私が導き、祝福を与えるに相応しき人……!」
「過大評価どうも有難う! もっと相応しい人がいると思うのでそっちによろしくお願いします!」
「ふふふ、つれない人。生憎、私は諦めが悪くてよ……!」
それはもう嫌ってほど知っています。
ギリギリ、と圧力をかけてくるアイリーンさんから身を引こうとするも、巧みに重心を押さえられていて逃げ出せない。身を引こうとしているのに、磁石のようにナイフが吸い付いて離れない。技量に差がありすぎる……!
不味い、このままだと押し切られる。
「智樹さん!」
「!」
アイリーンさんに叩き伏せられる寸前、顔の横をひゅん、と何かが横切った。
蘭ちゃんの狙撃。狙いたがわずアイリーンさんの目を狙ったその一撃は、しかし帯電する雷撃に絡めとられ、薄皮一枚隔てて押しとどめられる。が、それに気を取られたのか圧力が減った一瞬で、なんとか俺は離脱に成功した。
ほうほうの体で下がる俺を追う様に、アイリーンさんの爪が大理石の床を深く切り裂く。あと一瞬逃げるのが遅れたら俺がああなっていた。
「ふっ、焦らすのが好きなお方! 素直に私の祝福を受けて下さらない……それもまた、善し」
「うひいい」
『なんだろな。全肯定美女って男の憧れというか夢の筈なんだが』
『こういう全肯定は嬉しくないな……』
『それはそれとして爆ぜてくれおっさん』
嫌だよ!!!!!
それはそれとして容赦なくぶっ殺しに来るじゃん! これだから人と価値観の違う神様って奴は!!
人間からすれば死んだらそれまでなの!
「トモキ!」
「トモキン!」
俺を追うアイリーンさんを押しとどめるべく、ガンドレイクと巴さんが左右から切りかかる。それを、踊るようなステップでいなし、時には爪で弾き返すアイリーンさん。
その動きは先ほどまでと比べても余裕がある。
まさか……この短時間の間に成長している?! 何千年も生きてるっぽいのに、技量カンストしていなかったの!?
いや、それもそうか、あんなクソデカ最強ドラゴン、いかに相手を踏みつぶすかって話以上に技量の介在する余地がない。本人も言っていたが、むしろああして不便で弱い人間の形を取った事で、戦の神としての才能が爆裂成長しているのか。
冗談はまじで言葉だけにしてくれ。いや多分全部ガチで言ってるのは分かってるんだけど。
「ふふふふ、成程、弱いという事は成長する余白があるという事! 神とて己が可能性を目の当たりにするのは、心地よくありますね! これも奇縁、宿縁! 感謝しますよガンドレイク、貴方が居なければこの悦びを知る事はなかったでしょう!」
「ええい、泰然自若とした戦士の神の余裕はどこにいった! 初めての恋に浮かれる乙女ではなかろう!」
「いや多分その通りだと思うよザバニャン?」
ふざけた感じで軽口を叩きながらも、三者の間で踊る刃は本物の殺意を帯びている。身の毛のよだつような剣戟の音を立てながら繰り広げられる血の舞踏。あまりに苛烈な戦いに、俺程度では割って入る事もできない。
代わりに、ほんの一瞬アイリーンさんが足を止めた所に、背後から適宜弓矢が飛ぶ。蘭ちゃんの弓術の冴えはここに来て全発皆中、極限の高まりを見せている。だがそれも、紫水晶の瞳が一瞥するだけで空中で弾け飛び、地に落ちる。
人間の武術に合わせて神の力を振るい、おまけに一切の油断も驕りもない。
どうしろっていうんだこんな完璧存在!
『お、おいおい。上位冒険者二人がかりで、やっと互角ってなんだよこれ……』
『神、神、って言ってるけどマジなのか? 戦の神って……』
『神様……本当に、神様……?』
そしてさっきから、コメントの様子がおかしい。
無責任にはしゃぎたてる事も減って、まるで画面の向こうの黄金竜に釘付けになっているかのような反応。
……いや。それも当然か。
だって目の前にいるのは、正真正銘の神なのだ。縋る者無き、冷徹たる現代社会。全てが自己責任で片付けられ、苦しみも悲しみも自分ひとりで抱え込むしかないからこそ、人々は心を麻痺させるために娯楽を過剰に求めてきた。
そこに現れた、本物の神。
事情を知らない視聴者でも、だからこそ、かの神性存在の輝きは瞼に輝かしく映るだろう。
望めば祝福を与え、時には理不尽に全てを奪いさっていく存在。人の望んだ、抱えきれない責任を共にしてくれる存在。
アイリーンさんが言った事だ。全ての人間が、厳しい冬を乗り越えられる訳ではない。
まさか……迷宮内での戦いを全配信しているのはこれも狙いか!
視聴者に、己の信奉者を増やす為に……!
「……我が名は黄金竜ウシパチャカスナ。世界に永遠の黄昏を齎す者也!」
がぁん! と一際甲高い音と共に、ガンドレイクと巴さんがそれぞれ突き飛ばされる。二人が離れた瞬間を狙って、背後でギリギリ、と蘭ちゃんが弓を引き絞った。
「これで!」
ゴッ、と空気を突き破る音を残して、煌めく重矢が残像だけを残して飛翔する。それは狙いたがわずアイリーンさんの眉間を穿ち、しかし僅かに切っ先が刺さっただけで受け止められていた。
「見事、されど狩人に竜は殺せぬ!」
「きゃあ!?」
矢を投げ捨て、電撃を放つアイリーンさん。迸った雷撃は咄嗟に避けた蘭ちゃんの足元を穿ち、衝撃と共に吹き飛ばした。彼女の軽い体がごろごろと床に転がり、そして動かなくなる。
「蘭ちゃん!」
とっさに駆け寄るが、触れた瞬間指先に弾ける電気に思わず怯んでしまう。が、そんなの構ってられないと気合を入れて、ビリビリ感電しながら、彼女を介抱する。
「っ、生きてる……」
「う、うぅ……」
「ほほう、流石ですね。手加減したつもりはなかったのですが……存外と、その衣が頑丈だったと見える。あるいは、貴方の薫陶のおかげですかね、智樹様」
顔を上げると、余裕綽々、といった様子のアイリーンさん。しかしその頬を、つう、と赤い血が一筋流れる。蘭ちゃんの渾身の一撃が残した傷だ。
それをそっと指でなぞり、手を汚す赤を認めたアイリーンさんの口元にそれはそれは壮絶な笑みが浮かんだ。
「素晴らしい。この体になって猶更実感しています。やはり、人は戦いの中で成長していくもの」
「だとしても! 御身の野望はここまでだ!」
「有難迷惑って言葉、知ってるカナァ!?」
そこを、前衛二人が強襲する。
ガンドレイクは斧を黄金に輝かせ、必殺の体勢。大して巴さんは、両手の双剣を合体させて巨大な鋏のような形へと変え、全力で突進する構え。
「む……!」
「喰らえぇ!」
「逃さないんだから!」
それに対し、アイリーンさんは迎え撃つ構え。
二人の上位冒険者、それぞれの奥義と呼べる一撃が、左右から黄金竜の化身へと炸裂した。
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