リストラ社会人&TS銀髪少女のダンジョン探索、コラボ配信で実力者に一目置かれる 作:SIS
アイリーンさんの脇腹に渾身の力を込めてナイフを繰り出す。
人型の存在に刃物を突き刺す事への抵抗感は殆どなかった。薄い布地を切り裂き、刃が肌に触れる感覚は、生き物というよりも磨き抜かれた大理石に彫刻刀を突き立てるようだった。
力を込めて、抵抗を突き破る。
ガッと刃物が、根本まで彼女の体に潜り込む。遅れて噴き出したのは、真っ赤な血ではなく、溶けた黄金のような金色に輝く非実体の何かだった。
「ぐ、うっ!?」
噴き出した何かに、体が持っていかれる。圧力に耐えかねて脚を滑らした途端、逆らう事も出来ずに床を転がされる。
「……っ!?」
咄嗟に顔を上げて相手の状態を確認する。
アイリーンさんは、常と変わらぬアルカイックスマイルでその場に立ち尽くしていた。その視線が、脇腹に突き立てられたナイフと、そこから噴き出す金色のエネルギーへと向けられる。その白い手が、愛撫するようにナイフの柄を官能的に撫でた。
「ふふ……これだから、人は……」
小さくつぶやいたその膝が、ガクリ、と崩れる。
目を見張る俺達の目の前で、戦いの神が膝をつく。その顔色は、傍から見てもはっきり断言できるほど青かった。
「あ、アイリーンさん……!」
「流石です、智樹様。ですが、戦いはまだまだこれからが本番というもの……!」
反射的に駆け寄ろうとした俺の動きを眼光で制し、彼女はナイフを握りしめると一息に引き抜いた。床に投げ捨てられたナイフの刃は、金色と赤色の液体に塗れている。なおも光を零す傷口を押さえながら、アイリーンさんはよろよろと立ち上がった。
「貴方達弱き人間がここまでやるのです……同じ人の形を取った以上、ここで膝を屈しては神の名折れ……! さあ、まだ戦いは終わっていませんよ、智樹様……!」
「そ、そんな……!」
どう見ても、彼女はこれ以上戦える状態ではない。にもかかわらず、死闘の延長を希望する彼女に、俺は戸惑って立ちすくんだ。
確かに、今の彼女なら素手でも制圧できそうだ。だけど、それとこれとは話が別で……。
躊躇う俺が動けないでいると、横合いでガリガリ、と床を擦る重たい音がした。
はっとして振り返る先には、得物である大斧を重たそうに引きずる、銀髪の少女の姿があった。
ガンドレイク。
「やるぞ、トモキ」
「ガンドレイク! だけど……!」
「元より我らの間には死闘あるのみ。見た目が女に変わった所で、その前提は変わりはしない。今の私達には、奴を屈服させるだけの余力はない! お互いに死にぞこないならば……どちらかが死ぬまで戦うのが決着というもの……!」
ガンドレイク自身、もはや息も絶え絶え。かつては軽々と振り回していた大斧を重たそうに引きずっているのがその証拠だ。しかし彼女は、その足を引きずって、一歩、また一歩、アイリーンさんに向かっていく。
それを正面から見据えるアイリーンさんが、嬉しそうに小さく笑った。
「それでよい、それがいい。勝負です……大勇者よ」
「黄金の神よ。その首、もらい受ける……!」
片や右手の爪を、片や重たい斧を。互いに己の得物を振りかざしつつ、足を引きずって向かい合う異世界から来た二人。その弱弱しくも壮絶な覚悟を、止めるだけの言葉を俺は持たない。
だけど、間違ってるのは分かる。
ここは、お前達の世界じゃない。もっと、別の解決方法が。
だけど、だけど……。
「っ! ガンドレイク、アイリーンさん!」
居てもたってもいられず、俺は無粋とわかって、二人の間に割って入ろうとした。
その時だった。
ダダダダ、と無数の足音が床を打つ音が耳に響いた。
「え……」
「前衛、前へ! 射撃、構え!!」
駆け足で俺の前に出てくるのは、いかにも特殊部隊です、という装いの紺色の兵隊達。バイザーで顔を隠しプロテクターで身を護り、徹底的に個性を排したその手には、黒光りする複雑な鉄の塊が握られている。
銃。
唖然とする俺に、背後から聞き覚えのある声が呼びかけてきた。
「すいません、遅くなりました! 許可を取るのに手間取りまして……!」
「御堂さん!?」
振り返った先に居たのは、毎度おなじみペストマスクの役人こと御堂さん。その手には、見慣れたクロスボウではなくやはり武骨なアサルトライフルが握られていた。
「え、この人たちは? っていうか、銃……?」
「はい! 彼らは迷宮管理課虎の子の精鋭特殊部隊、アリアドネです! 頭が固いを通り越して腐って発酵してる官僚どもに現実を理解させるのに時間がかかりましたが、ようやく銃火器の仕様許可が下りました!」
「過激な発言はやばいよこれ外に配信してるんだけど!?」
よっぽど手間取らされたのかさらっと憎しみの籠った暴言を吐く御堂さんを慌ててとりなす。流石に指摘されてまずいと思ったのか、彼女はマスクの上からあっと口を押える仕草をみせたが後の祭りである。
「し、しまりました……。え、ええと、別に他意はないので……」
「他意が無いのがまずいと思うんだけど……ま、まあいいか」
もう今更の話である。
「それにしても、なるほど。これが迷宮管理課の切り札って訳ね」
「はい! 正直、事態の収拾に間に合うか不安でしたが、なんとかなりました! アリアドネの主武装は迷宮の怪物を討伐する為に調整された特別仕様の大火力アサルトライフル! その火力はここに来るまでに十分証明しています!」
御堂さんの言葉に、無言で整列する隊員達に目を向ける。
その佇まいに一切のゆるぎなし、よほど訓練を積んできたと見える。その銃口は、ぴたりとアイリーンさんに向けられて小動もしない。
その敵意を受けて、アイリーンさんが青い顔に苦笑を浮かべた。
「それが、この世界の守護者たちですか……」
「失敗しましたね、黄金竜。目的達成を早めるために迷宮の拡大速度を上げたようですが、その事が帰って楽観主義者達の目を覚まさせたようです。当初通り、少しずつじわじわと拡大する方向で事を進めれば、彼らは首に縄がかかった事を理解できなかったでしょうに」
「……地を這う蛇も、追い立てられ剣を向けられれば竜に戻る。少しばかり、老人どもへの理解が足りませんでしたか」
うへえ、外そんな事になってたのか。やっぱりそんなに猶予はなかったか……。
それはそれとして、平和ボケしたお偉いさんも、尻に火が付けばまともな判断も出来る訳か。
だけど有難い。これだけの戦力差があれば、彼女を説得できるかもしれない。
「アイリーンさん、貴方の負けだ。本来の力を発揮できるならともかく、負傷した貴方で彼らと戦うのは唯の無謀だ。勇気と無謀は違う、貴方なら理解できていると思うが」
「……その、通りですね。これ以上の抵抗は、晩節を汚すだけ、というものでしょう。何より、私とて、そのような油にまみれた絡繰りに首を捧げたいとは思わない。……残念です、できればまたも勇者の勳に、と思ったのですが」
左手で脇腹の怪我を押さえながら、アイリーンさんが苦笑する。その右手がだらんと垂れるのを見て取って、隊員の一人が銃を降ろして彼女に駆け寄り、その手に手錠をかけた。
「フタマルサンニ! 首謀者アイリーン・ラタトスクを確保! 連行します……救護班! こい、手当だ!」
呼び声に応えて、通路に控えていた救護スタッフが救急箱を手に駆け寄ってくる。見れば、いつの間にか廊下に引きずり込んだ他の冒険者達も手当をされている。
ぐったりとするアイリーンさんに駆け寄り、脇腹の手当をする救護スタッフ。それを見て脱力して座り込むガンドレイクの傍に、隊員さんが歩み寄ると、膝をついて手を差し出した。握り返す手を、引っ張って助け起こす。
事が終われば、そこには敵も味方もない。
歴史上二度に渡る大戦争の結果、俺達が学んだ紳士協定。本気で戦った仲だからこそ、抱く事の出来る敬意というものもある。
俺はよたよた、おられた右手首を押さえながらアイリーンさんに歩み寄り、そっと語り掛けた。
「な。平和ボケも悪くないだろ?」
「……ふふ。どうやら、そのようですね」
彼女の言葉に、俺は満足して笑みを浮かべた。
「言うとる場合かー! お前も怪我人だろうが! ほら、救護班、こやつの手当を!」
「と、智樹さん、手! 右手! ぷらーんって!」
「お、おぅ。なんかアドレナリン切れたのかいたくなってきた……というか、なんか、全身の筋肉や関節がおかしいというか……あだだだだだだ!? 死ぬ! 全身粉微塵になって死ぬぅ!?」
「と、トモキー!!」
あとの事は、全身に響く激痛に霞んで覚えていない。
結局俺は無事に地上に戻った後も、神様パワードーピングの副作用で一週間ぐらい寝込んだのであった。
締まらないねえ……。
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