クソボケ英雄と置いてけぼりの仲間たち   作:宇後筍

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2.門前にて

 

 一拍。

 

 先手を取ったのはガリアンだった。

 

「『聖レノ記(BIBLE)』“一章二節”行動開始(Wake up)

 

 右肩に光が収束する。黄金の腕鎧を象る。それは女神に愛された寵愛のしるし。

 

「貴様、やはり神の騎士か」

 

「生憎肩を叩かれた(叙任された)覚えはねえが、そういうことになってるな」

 

 長大な蛇を撃ち抜いた光。幾千、幾万の敵を葬り『太陽の槍』と皆が呼ぶそれを初手で放つ。ガリアンは無学ではあるが無能ではない。戦力を出し惜しみする愚をわざわざ犯すつもりもない。

 

「“其は灯すものなり、其は照らすものなり、不浄詳らかとなりただ一切を灰に帰すものなり”——ただ遍く世に光あれ」

 

『やっとご主人様と二人きりだと思ったのに——この痴れ者が、疾く消えなさい』

 

 黄金が視界を満たす。光の奔流が大地を焼き切り進む。それは瞳を焼く。それは大地を焼く。それは空を焼く。

 

 この光が瞬くと砂は透明になり、土は炭になり、空は毒になる。理屈など知らないがガリアンはそう知っている。そのどれもが彼を殺すことなど出来ないが、しかしそれでも動かなかった。

 

 一流の狩人は放った矢が命を奪うかどうか当たる前から解るという。ガリアンほどの強者ともなればそれは直感を超えて既知とも言えるだろう。

 

 手応えがない。

 

 土煙がもうもうと上がる中、豪放な笑い声が響く。

 

「素晴らしい。我が腕を振るうに相応しき一撃よ」

 

 太陽の槍に穿たれぽっかりと空いた霧の隙間が埋まっていく。その向こうから黒色の影が滲むように現れる。

 

 がしゃり、がしゃりと鎧が前進する音。煙った奥から出てくるその半月を模した黒鎧はは全身から蒸気を噴き出している。高熱を発しているのだ。光をまともに浴びたのだろう、腕鎧の一部が融解している。

 

「強者よ、無作法を許せ」

 

 最早鎧としての機能を果たさないそれを無造作に反対の腕が掴み、紙でも引き裂くように軽く千切る。

 

 中から覗くのは白骨である。人骨のように上腕から尺骨と橈骨に二本に分かれたそれが、陶器のようにつるりとした質感で現れる。

 

 更には兜を取り放り捨てると、その下にあったのは頭蓋骨であった。犬や狼のような長い顎に牙があり、ヒトのものではない。

 

「見よ、我が恥を。この老いさらばえ骨のみとなってなお生にしがみつく哀れなる亡霊を」

 

「今更だろ、テメェら悪魔が醜いのも生き汚えのも」

 

「ふ、はは!これはしたり!なるほどその通り」

 

 会話の間隙を突いて、門兵が斧槍を振るう。

 

 振り下ろされたそれは、大地を断ち割る破滅的な一撃。瞬きよりわずかに早く跳び退いたガリアンの足元に、十数メートルにわたる亀裂が走り、破砕された石畳が斧の余波に巻き上げられる。

 

 石片が雨のように降り注ぐ。視界が制限される中ガリアンは二撃目の気配を感じ取り反射で地を蹴った。

 

(斧槍——あの質量で連撃か。やっぱ身体能力は人間種の比じゃねえな。それに、どうやら力任せなだけでもねえ)

 

 門兵は追ってくる。重厚な足音とは裏腹に泳ぐようになめらかに間合いを詰めてくる。

 

「『聖レノ記(BIBLE)』“二章四節”!」

 

『了解』

 

 黄金の籠手が変形を開始する。右肩から下が展開し、背面のノズルが唸りを上げて粒子を放つ。さながらそれは六対の翼のごとく、ガリアンを重力のくびきから解き放つ。

 

 ガリアンの体はふわりと空を滑り、粉塵の上を舐めるように離脱する。

 

「“主は空から下を見た。そこには荒涼とした大地が広がった。主は大地に花を咲かせた”——『見よ遍く世を、美しき花を』」

 

 空間滑走・軌道制御・反転姿勢——全てを一瞬で完了する飛翔用の魔法。理屈で言えばヒトにとって血と同意義である魔力を噴出し、その勢いで移動する魔法。ガリアンの人外じみた魔力量と神の加護があってこその非効率的かつイカれた力業である。

 

(こんな化け物相手に地上戦やってられるか)

 

 だが、上空で回避した直後、背後から風が鳴った。——いる。

 

 門兵の斧が襲いかかる。斧頭が回転し、空間が削れる。重力そのものが唸りを上げて落ちてくる。

 

 「……くっ!」

 

 紙一重、なんとか身を翻し斧がすれ違った一瞬、視界の端に光の歪みが走った。ただの斧槍ではない。斬撃の軌跡が遅れて空間を切り裂いている。それも斧槍の軌道よりも随分と広い範囲をだ。

 

 がしゃ、とそこで初めて鎧が鳴る。脚力のみで中空へ飛び上がっていた門兵が着地した音だ。ガリアンを見上げ、再び斧槍を構える。

 

「知っているぞ。その輝き、空を駆けるヒト……貴様、『灰の男』か?」

 

「そりゃ五百年前の英雄だ、俺は別人」

 

 言葉を返しながら、ガリアンは斧槍の“致死圏”を計測していた。広すぎる。あれは一撃で数十メートルの殺域を作れる上、効果範囲が分かりにくい。

 

(空間を断つ斬撃か。真正面で受けたら持っていかれるな)

 

「五百年……そうか、永く生きると感覚が曖昧になるな。あれは神の騎士にしてはいい強者だった」

 

「ハッ、ジジイの思い出話ってか!」

 

 最悪な情報がまた増える。目の前の門兵は五百年以上前から生き続けてる大悪魔だ。それも、英雄とやり合って生き残っている。

 

「騎士よ、名は何と?」

 

「ガリアン。『厄介払い(グッド・リダンス)』のガリアン」

 

「短命の身で、よくそこまで磨いた」

 

 門兵が憚るような低声で言う。

 

「その身の儚さこそ、貴様らが躍起になって王に挑む理由か?」

「また神にぞろ寿命などを餌に唆されておるのだろう」

 

 

「さあ、どうだかな」

 

 ガリアンは言う。目を逸らさず、息を整えながら。

 

 世界を救う、なんて柄ではないと分かっている。所詮貧民上がり、その日美味いメシが食えれば幸せだったはずだ。英雄だなんて持ち上げられてるがそもそもはその日暮らしの糧を得るために始めた仕事のはずだった。

 

「死ぬのなんざ、怖くねえ」

 

 しかし、その勇ましい台詞は偽らざる本音だった。ガリアンは死ぬことなど恐れない。神の加護で死さえも半ば超越しているからか?——否。

 

 例えこの命が他の人間と同じように儚いものだとしても、吹けば飛ぶような軽いものだとしてもきっと同じことを言うだろう。

 

 ガリアンは思い出す。今よりずっと幼い、小僧の頃に同じことを「みんな」が言った。自分よりも勇敢で、自分よりも経験があり、模擬戦じゃ勝ったこともない強者たちが皆、そう言って死んでいった。

 

「てめえらは息をするように人を殺す」

「てめえらが出す霧の中じゃ人は死ぬ」

 

 瞳の炎が燃え上がる。

 

 あの笑顔と声が、戦場の影にまだ残っている気がしてならなかった。悲鳴と絶叫と呪詛が脳裏にこびりついて離れない。明日死ぬかもしれないと杯を交わした友の亡骸すらも持ち帰れなかった。そんなことを何度繰り返した?

 

 自分だけが命惜しさに逃げるのか?誰も彼もが全てを賭して守ろうとした世界に安穏と暮らしながら、霧に抗う力を持ちながら、また誰かが死ぬのを指を咥えて眺めるのか?

 

 否。断じて許せるわけがない。

 

 加護を授かったからではない。誰かに頼まれたわけでもない。

 

「てめえらが生きてるとメシがマズい」

 

 畢竟、それはエゴである。

 

「だから全部、俺が終わらせる。それだけの話だ」

 

 門兵の動きが一瞬止まった。

 その鎧の奥に、何かが揺れた。

 

「そうか。良き理由だ————ならば」

「貴様を放置すれば王の眠りが浅くなる。それ故に殺されることも承知の上だな!」

 

「くッだらねえ理由だ!死ね!!」

 

 ガリアンが飛ぶ。ホバリングを解き、急速に上昇。半月のような軌跡を描いて門兵の背後へと回り込む。それに対して門兵も回転。下から土ごと抉り飛ばすような軌道で斧槍をスイングする。

 

「〝其は示すものなり、其は分つものなり、空の彼方と地の果てを隔て一線を敷くものなり〟——『分て世界を、線分せよ』!」

 

『薄汚い手でご主人様に触るな、下郎』

 

 斧槍の反撃を黄金の防壁が受け止める。ぎゃりん、と音を立てて粒子が衝突し、熱が炸裂し、爆音が霧を裂いた。

 

 空中で反動を受けたガリアンの姿勢が一瞬崩れた。スラスターバランスが乱れる。出力を上げすぎた反動か、あるいは魔法そのものが限界に近いのか。

 

(……くそ、攻め手が薄い。急がないとこっちが先に崩れる)

 

 門兵はその僅かな動揺を見逃さない。鋼鉄の鎧が重力を無視した加速でガリアンを襲う。

 

 咄嗟に左手を前に突き出し再度防壁を展開——するよりも速い。

 

 間合いが潰れる。

 

「ッ!」

 

 半透明の盾が形成されるより早く、斧槍が防壁を割る。黄金の膜がきしみ、粒子がほどけ、ガリアンの肩に食い込んだ。

 

「ぐ、ううううう!!!?」

 

 衝撃で宙に放り出される。視界が回転し、空と地の区別が消える。

 

(落ち着け、見失うな。まだ戦える)

 

 地面へと落下する瞬間、背中のノズルを再点火。蒼い光が尾を引いて、土煙の中に軌道を描く。踏ん張るように姿勢を立て直し、地に足を着く。

 

 その頃には斧が食い込んで出血していたはずの肩口はすっかりと塞がり、傷一つない。零れ落ちた血液さえも自ずから体の内へと戻り、身に着けた装備が破損していることだけがその体が損傷していたことを証明している。

 

(魔力残量——六割ってとこか。いくら回復するとはいえジリ貧だな)

 

 門兵が大地に着地する。その衝撃で地面が陥没し、舞い上がった土埃と霧が混じり合い渦巻いた。

 

 影絵のようにシルエットになった門兵が粉塵を払い除けながらこちらに歩みを進めてくる。

 

口惜(くちお)しや、口惜(くちお)しや」

 

 ぼ、と土煙を貫いて凶槍の穂先が顔面に迫る。ガリアンは顔を傾けて回避、掴み取り動きを封じようとする。

 

「貴様があと五百年早く産まれておればこの腕には肉があり、剛力で叩き伏せられたものを」

 

 ガリアンは槍を奪おうと力を込める。門兵もまたその膂力で奪われまいと槍を引き寄せる。綱引きのように拮抗したその静寂を——門兵が自ら槍を手放すことで破る。

 

 力を込めて槍を引き寄せようとしていたガリアンは均衡していたその力学を崩され体勢が崩れる——前に掴んだままの槍を棒高跳びよろしく支柱に使って背面宙返りする。

 

「貴様があと五百年早く産まれておればこの頭には脳髄が納まり、練った技にて圧倒したものを」

 

 斧槍を奪ったガリアンが門兵の足首を薙ぐのと、素手となった門兵が腰を屈め、飛び付いて組みに行くのが同時。

 

 がぎん、と鳴って完璧に鎧の継ぎ目に入ったはずの一撃が受け止められる。そのことを知覚するよりも早く、ガリアンは門兵の突進をモロに受けた。まるで牛に突き上げられた小狐のように軽々と吹き飛ばされ、背後の森の木々をいくつか薙ぎ倒したのちに幹に突き刺さりようやく止まる。

 

「貴様があと五百年早く産まれておればこの身は全盛であり、このような柔い鎧など纏わず我が身を晒していたものを」

 

 激しくガリアンは喀血した。骨が折れ、肺に刺さり、手足が役に立たない肉の塊のようになり、喉には木の破片が突き刺さり叫び声一つ上げることもできない。

 

 女神の加護が淡く癒す。捩じくれた手足が自ずと元の位置に戻る。痛みが気付とばかりにガリアンを嬲る。力の戻った腕が木の破片を掴み取り、喉から引き抜く。景気良く噴き出した血が巻き戻すように元の場所に収まる。

 

「……哀れな。かくも神の騎士とは醜悪なものか」

 

「さァ、第二ラウンドと行こうぜ」

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