クソボケ英雄と置いてけぼりの仲間たち   作:宇後筍

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4.道を駆けるもの

 

 

 

 

 

 

「——さて、ガリアン。話をしよウか」

 

 

 魔術師とは、十の魔術を修めた者をそう呼ぶ。

 

 この大地(ラフィネリ)に住まう全ての人は一生を通して己の『(ツリー)』を見つめ、過ごしているくその途上に星を見る。血筋や、願い、強い感情に根差した『恩寵』がそこには眠っており、そこで人によっては新たな魔術を得るのである。人生でほんの数度しか起こらない、天への階梯を登るがごときその御業を人は『階梯上昇(レベルアップ)』と名付けた。

 

 いと尊き茨の竜の流れを汲んだ魔術師である彼は、未だ若くして十度もの階梯上昇の経験がある。これは世界を見渡しても他に例を見ない、驚異的な速度である。

 

 その手数の多さ故に、一党での彼の役割は多岐に渡る。音消しの魔術を使用して、敵地へ先行して偵察することもそのひとつだった。

 

 

「『茨』の名を冠する魔術師様が覗きとは、世も末だな」

 

「はて、泣き言を漏らス英雄よりはマシに思えるが?」

 

「……いつから()けてた、一党をバラバラにされた恨みでも晴らそうってのか、あぁ?」

 

 取り繕わなくては。それはガリアンに去来した焦りだった。彼は憎まれなければならない。後を追いたくもない、一党に相応しくない卑怯者でなければならない。

 

 そうでなくては置いていった彼らにきっと疑念の目が向くだろう。英雄を一人で旅に出させた、などという醜聞を負うのは自分だけで十分だ。

 

「ガリアン、お前は嘘を吐くのが本当に下手くそだナ」

 

 だが同じ釜の飯を食い、命を預けあったこの男にはそれが通じない。心底呆れたように眉間を揉むこの蜥蜴人は、ガリアンの刺々しい言葉など柳に風のような態度で受け流してしまう。

 

「お前が嘘だと信じたい気持ちも分かるが、俺はあんな一党なんざどうでもいいんだよ。ずぅっと騙してたんだ。滑稽だったぜ、友達ごっこしてるお前らは!」

 

「ハァ……ソの話し方は誰かの真似か?似合わないかラやめた方がいいぞ」

 

「う、るせえ!さっさと失せろ!悪夢の王を討伐する栄誉は誰にも渡さねえ!!」

 

「ハ、おいガリアン。お前が嘘を吐くときの癖を教えてやル。お前は疚しいことがあるときは必ず皮鎧で手を拭いているんダ」

 

 ガリアンは思わず腰に当てた手を見る。慣れないことをするせいで手汗でも出ているのか、そんな癖があったとは知らない彼は掌を眺める。

 

 

「嘘だ、お前にはソんな癖はない。が、どうして掌をそんなに見つめる必要がある?嘘がバレたのに驚いタのか?」

 

 

 一瞬の思考の空白。

 

 

「ハメやがったな」

 

 

「こんな単純な手にかかるのが悪イ」

 

 

 昔からこうだった。ラージルは違法な奴隷商に捕らえられ、見せ物として扱われていた悲惨な過去がある。片目は抉り出され、猛獣の餌にさえされている。だが彼の目はその恐ろしい場面にあっても意思をけして失わず、抜き身の剣のような光を灯していた。

 

 

 

 その時と全く同じ隻光が、フードに覆われたそこから見える。

 

 ガリアンの瞳に灯る魔力が焔のように揺らめく不安定なものだとしたら、ラージルのそれはまるで凪いだ湖面のように静かだ。

 

 しかしそれでいてその奥には膨大な量の魔力が押し込められている。それが時折光を反射してぎらりと光る。

 

 

「ガリアン、説明しろなどと不粋なことはもう言わン。同行させロ」

 

 

「断る」

 

 

「我は人の行く末など興味はない。我ラ蜥蜴人を虐げた教会に至ってはむしろ亡びてしまえと思うくらいサ——ただしお前が征くと言うのなら話は別ダ」

 

「話を聞いてないのか?俺は断ると言ったんだ」

 

「ホウ?ではここで狼煙でも焚くとしようカ。雪崩狼(スノウ・ウルフ)の糞を燃やせば千里先からでも見えルと、黒樽商会の長から持たサれている。効果のほどを試すノも一興だ」

 

「……脅しかよ」

 

「いろいろと気苦労の多い一党にいたのでナ?自然と交渉術のひとつも嗜むサ」

 

 分が悪い。ガリアンは舌を打った。何せガリアンはろくに教育を受けていない貧農の子であるので、こうした舌戦は苦手だった。

 

 もっぱらこの目の前にいるラージルや、同じ貧農上がりであるのに知恵者と名高いタップに頼りきりで、頭よりも手や剣が先に出る性格なのである。

 

 そもそもガリアンは自分が本気で駆け抜ければ誰も追いつけないと踏んで旅に出たのだ。

 

 複数人が旅をすることには準備がいる。馬がいれば飼料や水は膨大になる上に、一番体力のない者に合わせて休憩を行うことになる。

 

 悪魔との戦いの中である種行軍じみた人数を率いていたこともあるガリアンからすれば、追いつけるわけがない速度なのだった。

 

 つまりラージルはおそらく単独で来たのだろう。他と協調することなく、姿消しの魔術を使用して着いてきたに違いない。

 

 ひとつため息をつくと、ガリアンは気持ちを切り替える。こうなってしまっては仕方がない。ここで口論していてもラージルを止めることは叶わないだろう。『太陽の槍』で融解している門扉へと歩み始める。

 

 

「そもそも、どうやって着いてきたんだよ。こっちは『恩寵武器』まで使って最高速で来たんだぞ」

 

「新しイ魔術を発見した。『追跡(ハント)』と名付けたが——対象物を追ウ魔術さ」

 

「おいおい……前に自分の『道』から魔術を見つけるのは魔術師にとって人生を賭ける価値のある偉業だとか何とか言ってなかったか?」

 

「なに、最近色々と(・・・)人生を見つめ直す機会があってネ、お陰で『道』の理解が進んだらしい。あレから3つは階梯上昇(レベルアップ)している」

 

 爬虫類と同じ、縦に裂けた瞳孔が窄まったような気がしてガリアンは無意識に目を逸らした。

 

「……3つだぁ?お前、階梯上げに必死こいてる貴族が聞いたら泣くぞ」

 

「だとしたらいい気味ダ」

 

 

 

 二人は会話を続けながら歩を進める。溶けてなお巨大なその門は視界に鎮座しているが、しかし一向に近づいているように見えない。あまりの巨大さから遠近感が狂っているらしい。

 

(ラージルの隙を見て気絶させる。階梯上昇したところでこいつの適性は魔術師だ。近距離戦なら俺に軍配が上がる)

 

 ガリアンはしぶしぶ同行を許したような顔をしながら、内心でラージルの意識を奪う算段を立てる。

 

 そもそもちょっと説得されたくらいで辞めるようならこんなことはしていない。仲間の覚悟や生き方に泥を塗ってまで、飛び出して来たのである。

 

 たとえ仲間の背を撃つ恥知らずと罵られようとそれで彼らが幸せに暮らせるなら、それでいい。

 

 ほんの少し、一瞬歩調を緩める。歩幅をカウントし、ラージルが僅かにガリアンの斜め前を歩いたその瞬間。

 

 

「『束縛(バインド)』」

 

 つい先ほども見た、茨の拘束魔術。地面の下から突き出るようにして現れる数十本の植物がガリアンの体を絡め取ろうと襲いくる。

 

 瞬きにも満たない一瞬、魔力を全身に漲らせたガリアンが武器を展開する。

 

「こんなもんで止めれる——」

 

「などと思い上がっテはいない——『麻痺(パラライズ)』『昏睡(スリープ)』『沈黙(サイレンス)』『暗闇(ブラインド)』『混乱(コンヒューズ)』」

 

 意識が硬直する、明滅する、混濁する。話すことも見ることも何かを感じ取ることも出来ない。

 

「んぐ」

 

 

 刹那、ガリアンは己の太腿にロングソードを突き刺す。吹き出る血潮の熱さに意識が戻ると同時、加護がそれらの異常を認識して癒し始める——その瞬間。

 

 

「分かっテいたさ、お前がそうすることも——だかラこれだ」

 

 

 ぱりん、という音を立てて瓶が割れる。中から溢れ出したのはどろりと粘性を帯びた青色の液体。

 

「黒樽商会から濃縮還元回復薬(ポーション)のお届ケだ。ロンクミュール学院の狂学徒に依頼して通常の一千倍の濃度になっテいる」

 

 瞬間、異様なまでの酩酊感がガリアンを襲う。

 

「回復酔いダ。状態異常ではなく、ただ過剰に回復さレたことによる酩酊。それもいずれ加護が打ち消すだロうが——時間稼ぎ程度にはなる」

 

「てめ……」

 

「お前に効く薬を探すノは苦労したが……どうやら無意味ではなかっタようだな」

 

「ク、ソ……なんて、こと、しやがる」

 

「ああ、そういえば。黒樽の商会長ファティヒからの伝言ダ。『若様はこの薬を使えば罵倒してくるだろうから、そっくりそのままお返しします』と伝えてほしイとさ」

 

「…………お、ぼえ……とけ……」

 

 

 静かに瞼を閉じるガリアンの姿を見ながら、ラージルは皮肉気に歪めていた頬を下げる。

 

 

「忘れたことなど一度もなイ……お前は我ラの恩人だ——」

 

 

 

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