クソボケ英雄と置いてけぼりの仲間たち   作:宇後筍

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5.きらめき

 世界中に満ちる『霧』。一息吸えば死に至り、その身体を悪魔に変えてしまう恐ろしき毒。

 

 ラージルの生まれ故郷は小高い丘の上にあり、その下に立ちこめる霧と霧の隙間にひっそりと潜む隠れ里だった。

 

 けして裕福ではなかった。里は小さく、世界に溢れ続ける霧の中にいずれ沈むことは分かりきっていた。

 

 しかし日中、ほんの僅かな時間に霧がなくなるその時間に『晴れ間漁り(サンヴァージャー)』として狩りや採集をすることで、日々の糧を得ることが出来ていた。

 

 ただ一族で穏やかに暮らし続けること。いずれ遠くない未来に終わりを迎えるまでの僅かな猶予(モラトリアム)を静かに過ごすことこそが蜥蜴人たちの選んだ道だった。

 

 天から与えられた僅かな土地に残り、誰と争うこともなく、誰からも奪うことを良しとしなかった。

 

 ただの鄙びた、いずれ滅びゆくだけの幸せな里だった。

 

 

「ルァ・ジル兄さん!ほら、晴れ間が来たよ!早く早く!」

 

「ああ、今日はキリネズミが獲れるといいな。みんな喜ぶ」

 

「いや、それ兄さんが食べたいだけでしょ!もっと大きな獲物狙わないと!」

 

 そこに二人の兄弟がいた。兄の名はルァ・ジル。弟は未だ子どもで『霧潜り』の儀が果たされていないので、魔除けとして付けられた仮の名前としてヒ・ペリカムと呼ばれていた。

 

 寡黙ながら優しい兄と、活発で人好きのする弟。小さな共同体の中では彼らはまさに未来の象徴であり、心和ませる微笑ましい存在であった。

 

「それでね、母さん!兄さんってばこぉんな大きい水晶鹿(クォーツァディア)を魔術で仕留めちゃったんだよ!」

 

「あら、流石ねジル。茨の竜の導きはあなたに微笑んでいるわ」

 

「大したことはないよ母さん。キリネズミも捕れなかったしな」

 

「くはは、お前は本当にキリネズミの肉が好きだな」

 

 共同体には合わせて30人ほどが暮らしていた。狭い里であったので皆が家族のようなものだった。

 

「あーあ!早くぼくも兄さんみたいに狩りが上手くなりたいなあ!そしたら『霧潜り』をやって竜の名を受け継げるのに」

 

「あら、私が付けてあげた名前じゃ不満なの?」

 

「だって……花の名前なんて女の子みたいだよ」

 

「そうねえ、でも素敵な花言葉なのよ?『きらめき』。あなたが産まれたとき、キラキラして見えたんだから」

 

 父親の顔は知らなかった。以前ルァ・ジルが尋ねたとき、母親はひどく悲しそうな顔をしたのでそれがどうしてなのかは息子たちは知らなかった。だが、この共同体で暮らしていると否応なく大人は彼らに構うので、寂しいと思ったことはなかった。

 

 

 だが、その幸せは運命の悪戯としか言えない悲劇によって打ち壊されることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺のせいだ……俺が外に連れ出したから……」

 

 ルァ・ジルが16歳、ヒ・ペリカムが9歳のころである。蜥蜴人の里がある丘に雷が落ちた。神の怒りすら感じるようなその稲光は平原に何度も降り注ぎ、満ちていた霧のことごとくを焼き払い、小さな池を作るほどだった。

 

 不幸であったのは彼らの家のすぐ裏にもひとつの雷が落ちたことだった。夜が昼になったかと見紛うほどのその光は、たまたま星を眺めていた兄弟の目の前で炸裂した。

 

 思わず目を庇ったルァ・ジルは幸い目が眩む程度で済んだが、あまりにも強い光を目前で浴びたヒ・ペリカムは瞳を焼かれ、そこには何も映らなくなってしまった。

 

 

「にい、さ……だいじょう、ぶだよ……」

 

 

 心配させまいと気丈に微笑むヒ・ペリカムは聞こえてくる声からルァ・ジルの方へと向いているが、視線が合うことはない。もう二度と、彼の目がこちらを捉えることはないのだ。

 

 母はそんな息子の心情を慮り、声を出さずに泣いている。

 

 共同体の大人たちはそんな家族を思いやり、ルァ・ジルが担っていた『晴れ間漁り』の仕事を替わってくれたり、滋養にいい薬草や肝を譲ってくれたりした。

 

 しかし、そんな生活をずっとしていけるわけもない。ヒ・ペリカムの体はすっかりと良くなり床から起き上がることも出来るようになったが、その瞳には何も映すことがなかった。

 

 

 

 ルァ・ジルは決意した。

 

 彼らの共同体の中で禁忌とされている、純人の街へ医者を探しにいくことを。

 

 

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