クソボケ英雄と置いてけぼりの仲間たち   作:宇後筍

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今作は皆さんに反応もらえるもらえないに左右されないよう、心頭滅却しながら書いていこうと思います。

それはそうとして貰える感想やここすきなどは別腹としてたくさんもらいたいのでください。ください!!!!!


6.ミケイネア

 純人の街の匂いは、里とは何もかもが違った。

 

 煙と獣脂と、大勢のヒトが折り重なって暮らす何かが混ざり合った匂い。霧の匂いとは全く違う。ただ立っているだけで鼻の奥が痒くなるような、纏わりつく重さがある。通りの石畳は里の土とは違い、足の裏にひんやりと冷たい。長い年月をかけて磨り減った石の硬さが、簡素な草を編んだだけの靴越しにも分かった。

 

「兄さん、すごい匂いだね」

 

 ヒ・ペリカムが鼻をひくつかせる。まっすぐ前を向いたその顔に視線はなく、そこに意思は宿っていない。兄の手をしっかりと握ったまま弟は耳だけで周囲を測っている。それがルァ・ジルには悲しかった。

 

「街ってどこもこんな匂いなの?」

「どうだろうな。なにせ俺も初めてだが――」

 

 フードを目深に被り、鱗の目立つ手首や首筋を布で覆っていた。これで隠し切れるとは思っていない。ただ、露骨に蜥蜴人と分かる状態で歩くよりはいい。

 

 里の大人たちからは純人に心を許すなと言い含められて育った。かつて純人に虐げられた過去があると語る長衆の言葉は50年は前のものであったので、ルァ・ジルは話半分に聞くようにはしていた。何せ蜥蜴人の集落には時折ヒトが迷いこむこともあったが、そこで出会った彼らはその誰もが理知的であった。しかし、純人がそういった蛮行に及んだのであれば簡単に信じられないことも事実。

 

「大丈夫だ。俺に任せておけ」

 

 弟に内心の不安が伝わらぬように、朗らかに笑う。市場から外れた石畳の路地を、目立たぬよう足早に進む。

 

(医者。探すのは医者だ)

 

 薬屋の看板がかかった建物の扉を叩く。薬屋であればつてがあるかもしれない。しかし開いた隙間から男の目がちらりとフードの下のこちらの顔を確認すると、男が浮かべたのは侮蔑の表情だった。何一つ言葉を交わすこともなく、扉は無情にも閉まった。

 

 次の建物も同じだった。

 その次も。

 次の次も、その次の次も。

 

 ヒ・ペリカムの手が、ルァ・ジルの掌を握り直す。

 

 何も言わなかった。聞かなかった。

 

 それが弟なりの気遣いだということは痛いほどに理解していた。

 

 

(裏通りなら――)

 

 

 もはや目的は変わっていた。このような現状ではとても直接医者に願い出ることなどできそうもない。里で出会った純人は蜥蜴人とも普通に会話していた。そんな純人がどこかにいることに賭けるしかない。

 

 

 大通りを外れると、空が狭くなった。両側の建物が上に向かうほど迫り出し、真昼であるのに石畳が陽の届かない灰色をしている。軒先から垂れた洗濯物が視界を遮り、水路に浮いた名も知らない何かが腐った匂いを漂わせていた。

 

 影が濃い、ここならフードを目深に被っていれば顔は分からない。ルァ・ジルはその場所がどんな場所であるのか説明をせず、弟の手を引いた。

 

 

「おにいさぁん、何をお探しだい?」

 

 蜥蜴人に声をかけるということが、この町でどういう意味を持つのか、事ここに至って理解できぬほどルァ・ジルは愚かではない。 ちらりと視線をやれば明らかに浮浪者然としたいでたちで、善意の協力者であるとはとても信じられそうもない。

 

「あいにくと通りすがりに聞かせるような暇がない。失礼する」

 

 ルァ・ジルは弟の頭をやさしくなでると、足早に去ろうと試みる。それを咎めるように別の男が暗がりから飛び出し、進路をふさぐ。手に持った薄汚れた刃物をこれ見よがしに転がし、にやにやと笑っている。さらには後ろからも汚らしい格好の人間が幾人も現れ、取り囲み始める。

 

「まぁあそう言うなよ、ここらに入ってくるのは旅人くらいのものさ。これでも俺たちはここらに詳しいんだ、なぁ?」

 

「ヒヒヒ、そうそう。どこでもいきたいとこに連れて行ってやるぜえ?もちろんちょっとばかり駄賃をもらうけどなぁ?」

 

 ルァ・ジルは少し眉をひそめる。このようなチンピラなど、もちろん物の数ではない。しかし蜥蜴人が町にいると大っぴらになってほしくはない。フードがめくれて人相が割れることは避けたい。勢いあまって殺してしまってはもっと大ごとになる。

 

「面倒だな……」

 

 こんなことにかかずらっている暇はないのだ。

 

 ルァ・ジルの瞳が枯れ葉色に染まる。全身に魔力が行きわたったしるし。見るものが見れば一目でわかる、実力者のみが持ち得る魔の宿るひとみ。

 

「“丘への道行き、嘲りの冠、呪われた葦”――『拘束(バインド)』」

 

 それは階梯を昇るもの、天の頂に挑む不遜のもの。

 

 魔を磨いて己の力となすもの。

 

 魔術師ルァ・ジル の本領。

 

「う、おおおああ!?」

「ま、魔術師じゃねえか!!」

「聞いてねえぞ!?」

 

 所詮は烏合。数を頼みに旅人から奪ってやろうという三下である。日夜霧に潜りモンスターや猛獣と生命のやりとりを行う彼とは場数が違う。地中から飛び出た茨が取り囲んでいた男たちをあっさりと拘束する。何人か取り逃しはしたが、そもそもルァ・ジル の目的は弟であるヒ・ペリカムの瞳の治療である。別に気にすることでもない。

 

「にいさん、どうなったの?やっつけた?」

 

「ああ、ケガはないか?ヒ・ペリカム」

 

「全然大丈夫だよ!」

 

 

 縛られた男たちを放置してそのまま歩を進める二人。どうせ魔術は半日もあれば自然と解除されるだろう。今は何より時間が惜しい。

 

 だからこそ、ルァ・ジル は大した労もなく拘束できた男たちを殺しもせず、行動不能にさせるでもなかった。その気になればいつでも殺せる、という判断が視線からそれらを外させた。

 

 路地の奥、行き止まりの手前に出口が見えた。

 

(こんな場所の先に果たして話を聞いてくれる純人はいるだろうか)

 

 そう思ったときだった。背後で、小さく何かが呟かれた。

 

「“泥の鏡、さかしまの望み、混迷する十字路”――『変身(メタモル)』」

 

 

 視覚を失い聴覚が研ぎ澄まされたヒ・ペリカムのみが、ぶつぶつと呟かれたその小さな声が魔術の詠唱であることに気づいたそのとき。

 

 

 振り返る、と同時。

 

 ルァ・ジル の眼前にいるのは先ほどまで汚らしい浮浪者であったはずのその純人は、人の形の袋を破り捨てるように姿かたちを変えていく。まるで外見の異なる上等な衣服に身を包んだ少女。

 

 

 その手に握られた――短刀(ナイフ)

 

 

「あはっ♡♡♡♡♡」

 

 喜色満面、紅顔の美しい女はその外見とは裏腹に獣のような荒々しい動きでルァ・ジル に手に持つ刃物で切りつけてくる。

 

「!!!」

 

 それを素早い身のこなしで避けたルァ・ジル だったが、かぶっていたフードが裂かれ、面相があらわになる。

 

「変身魔術……!!」

 

「せいか~~い♡♡♡ しかもやっぱり亜種族だぁ、ツいてるなあ」

 

 女はひらりと広がる真っ黒なワンピースをはためかせ、嬉しそうに声を上げる。背丈や声から見てまだ少女といって差支えない年齢だ。

 

 

「なんだ、てめえ!ジェイクをどこにやった!」

 

 

 背後で茨に縛られた男がわめく。この男たちにとっても、この少女は仲間ではないようだ。

 

 

「さぁ~どこでしょう♡♡♡♡」

 

「ふざけんな!なんなんだてめえら!」

 

「もぉうるさいなあ……“接ぎ、減衰せよ”――『溶解(メルト)』」

 

 女が触れる。どろ、と飴が炎に触れたかのように男の頬が溶け落ちる。

 

「ひぎゃあああああ!!おっ、俺の!!俺のかおがああああああああ!!!!」

 

「え~もっとうるさくなっちゃった!ちょっとちょっと、今からおしゃべりするから黙ってて!」

 

「あああああ!!ああ、あ、あ……っ……」

 

 

 凄惨な殺人現場。唐突に現れた女の凶行にヒ・ペリカムは真っ青になっている。ルァ・ジルはかかとを浮かせ、いつでも弟を抱えられるように趨勢を見守っている。

 

 

(子どもみたいな無邪気な雰囲気を出してはいるが、隙がない…!)

 

 

「おまたせ~!」

 

「……なぜこんなところに魔術師がいる」

 

「う、ふふ。トカゲのお兄さんがソレ言う?そっちこそなんでこんなトコに魔術師がいるの?」

 

「医者を探している。こちらには交戦の意思はないんだが」

 

「ん~~ほっといてあげたいのは山々だけどぉ、わたしもお仕事だからさぁ……♡ 」

 

 

 にやにやと笑う少女。長い黒髪を下ろし、見えるのは口元のみで表情は窺い知れない。隙間から見える瞳は紫色に彩られ、魔力が満ちていることが分かる。

 

 

「仕事?俺たちを襲うことが?」

 

「そうだよ~♡♡ ま、お兄さんだけじゃなくてここらを通るヒトみぃんなだけどお!とくにトカゲさんたちは今このミケイネアで一番アツいんだよねえ」

 

「あつい?」

 

 剣呑な空気に耐えかねて言葉を発したヒ・ペリカム に、女は向きなおる。思わず体を滑り込ませて視線を遮るルァ・ジル を無視して女は嬉しそうに語る。

 

「ほら、お兄さんたちトカゲの人って再生能力があるでしょ?竜の末裔だからかなぁ?貴族サマが不老長寿の効果があるって信じ込んで食べたいらしいんだよねえ」

 

 

 うげえ、と吐き出すようなジェスチャーをしながらも甘ったるい上機嫌なその声はやむことがない。

 

「――その、尻尾♡♡♡」

 

 

 

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