銀では腹は膨らまない ~ゴメス暴走記録~ 作:ヒツジ(ラム肉
航海日誌
帝国暦一七三年 雨季 第八週 五日目 昼
荷役人夫になった。
樽を運んだ。
塩だった。
重かった。
ペペは樽を二つ持った。
やはり化け物かもしれない。
――ゴメス
「お前らか」
監督役の男は俺達を見る。
腕が太い。
首も太い。
声も太い。
全部太かった。
「そうだ」
ペペ。
「経験は」
「運ぶ」
「何を」
「全部」
監督役は数秒黙った。
そして笑った。
「採用だ」
「いいのか」
「船乗りなら十分だ」
なるほど。
確かに。
船乗りは荷物を運ぶ。
運ばない日はない。
つまり。
毎日荷役人夫みたいなものだった。
「こっちだ!」
怒鳴り声。
仕事開始。
倉庫街へ向かう。
塩。
樽。
木材。
縄。
全部運ぶ。
とにかく運ぶ。
重い。
非常に重い。
「ふんっ!」
ペペが樽を担ぐ。
一つ。
二つ。
二つ?
「待て」
俺。
「何だ」
ペペ。
「二つ持ってる」
「持てた」
「そういう問題じゃない」
周囲が笑う。
監督役まで笑っている。
「お前いいな」
「だろう」
「馬じゃないか」
全員爆笑。
ペペだけ胸を張った。
褒め言葉だと思っている。
たぶん幸せな人生だ。
午前。
ひたすら運ぶ。
樽。
樽。
また樽。
途中で木材。
そして樽。
世界は樽で出来ているのかもしれない。
そう思うくらい樽が多い。
「何でこんなに必要なんだ」
新入り。
近くの樽職人が答える。
「全部樽だからだ」
意味が分からない。
「塩も樽」
一本指。
「魚も樽」
二本。
「酒も樽」
三本。
「水も樽」
四本。
「つまり」
「樽だ」
なるほど。
分からない。
だが周囲は頷いていた。
たぶんそういう事なのだろう。
昼。
休憩。
全員座り込む。
飯。
黒パン。
干し魚。
玉葱。
質素だった。
だが。
まともだった。
腐っていない。
非常に重要だ。
「うまい」
新入りが言う。
「港だからな」
荷役人夫。
「船の上よりマシだ」
全員頷く。
反論する者はいなかった。
午後。
塩の船が入港する。
少し大きい。
船腹が重そうだ。
喫水も深い。
満載らしい。
「来たぞ!」
歓声。
港中が動く。
本当に動く。
荷役。
商人。
倉庫番。
衛兵。
皆走る。
俺は驚いた。
昨日の銀貨箱より盛り上がっている。
「そんなにか」
思わず呟く。
近くの漁師が聞いた。
「当然だ」
「銀貨よりか」
「当然だ」
即答だった。
「魚が腐る」
漁師。
「肉も腐る」
荷役。
「酒も売れない」
商人。
「飯が減る」
ペペ。
最後だけ何か違う。
だが本質だった。
塩が無ければ保存できない。
保存できなければ運べない。
運べなければ売れない。
売れなければ食えない。
単純だった。
非常に単純だ。
そして重要だった。
俺は船を見る。
塩船。
派手じゃない。
財宝も積んでいない。
金貨も積んでいない。
だが。
港全体を動かしている。
何だろうな。
こういう船の方が。
強い気がする。
その時。
「おいゴメス!」
ペペ。
「何だ」
「見ろ」
指差す。
港の向こう。
新しい倉庫。
修理中の倉庫。
塩船。
市場。
全部見える。
「全部繋がってるな」
珍しくペペがまともな事を言った。
俺は少し驚いた。
そして。
頷いた。
確かに。
全部繋がっている。
船。
倉庫。
市場。
塩。
飯。
全部だ。
だから一つ燃えると。
皆困る。
昨日みたいに。
その考えは。
後のゴメスが港を作る時。
最初に思い出す考えになる。
まだ本人は知らないが。