銀では腹は膨らまない ~ゴメス暴走記録~   作:ヒツジ(ラム肉

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第四話 後編 塩は銀より偉い

航海日誌

帝国暦一七三年 雨季 第八週 五日目 夕方

 

銀貨二枚貰った。

 

七週間船に乗って三枚だった。

 

一日樽を運んで二枚だった。

 

何かがおかしい。

 

――ゴメス

 

夕日が港を赤く染める。

 

仕事終わり。

 

最高の時間だった。

 

樽を運び。

 

木材を運び。

 

塩を運び。

 

怒鳴られ。

 

汗を流し。

 

そして。

 

銀貨を貰う。

 

監督役が袋を置く。

 

銀貨。

 

二枚。

 

本物だ。

 

ちゃんと本物だった。

 

「おぉ……」

 

新入り。

 

「おぉ……」

 

俺。

 

「おぉ……」

 

ペペ。

 

全員同じ反応だった。

 

銀貨二枚。

 

たった二枚。

 

だが。

 

今日の二枚は重かった。

 

七週間の三枚より。

 

ずっと重い。

 

「何でだろうな」

 

俺が呟く。

 

ディエゴが肩を竦めた。

 

「目の前で働いたからじゃないか」

 

なるほど。

 

船の上では。

 

荷主は見えない。

 

積荷も知らない。

 

金も見えない。

 

港では違う。

 

運んだ。

 

積んだ。

 

終わった。

 

貰った。

 

分かりやすい。

 

非常に分かりやすい。

 

「酒だ」

 

ペペ。

 

即答だった。

 

「そうなると思った」

 

ディエゴ。

 

「当然だろ」

 

正論だった。

 

俺達は市場へ向かう。

 

財布が少し重い。

 

足取りも軽い。

 

不思議なものだ。

 

途中。

 

塩船の周囲を通る。

 

まだ荷揚げが続いていた。

 

夕方なのに。

 

皆働いている。

 

「急ぐんだな」

 

俺。

 

近くの老人が笑う。

 

漁師だった。

 

日に焼けている。

 

顔は皺だらけ。

 

腕は縄みたいだった。

 

「当然だ」

 

老人。

 

「そんなにか」

 

俺。

 

老人は塩の樽を叩く。

 

コン。

 

乾いた音。

 

「銀貨は魚を腐らせる」

 

「は?」

 

意味が分からない。

 

老人は続ける。

 

「銀貨は魚を保存しない」

 

「そうだな」

 

「銀貨は肉も保存しない」

 

「そうだな」

 

「塩は保存する」

 

沈黙。

 

「だから塩の方が偉い」

 

周囲の漁師達が頷く。

 

荷役人夫も頷く。

 

商人も頷く。

 

誰も反論しない。

 

俺は樽を見る。

 

塩。

 

ただの白い粒だ。

 

だが。

 

魚になる。

 

肉になる。

 

飯になる。

 

船になる。

 

港になる。

 

そういう事か。

 

老人は笑った。

 

「銀貨だけじゃ食えん」

 

それは本当にそうだった。

 

数日前まで。

 

俺達は腐ったスープを飲んでいた。

 

銀貨は一枚も無かった。

 

だが。

 

飯は食った。

 

逆もある。

 

銀貨があっても。

 

飯が無ければ終わりだ。

 

港とは面白い場所だった。

 

酒場。

 

《海猫亭》。

 

いつもの席。

 

いつもの面子。

 

そして今日は。

 

銀貨二枚分の飯。

 

肉。

 

パン。

 

豆。

 

葡萄酒。

 

豪華だった。

 

非常に豪華だった。

 

「働いた後の飯はうまい」

 

新入り。

 

「分かる」

 

ディエゴ。

 

「うまい」

 

ペペ。

 

語彙が死んでいた。

 

だが本心だった。

 

しばらく食う。

 

飲む。

 

笑う。

 

港の男達も同じだった。

 

皆疲れている。

 

だが笑っている。

 

飯があるからだ。

 

その時。

 

ペペが言った。

 

「塩船欲しいな」

 

全員頷く。

 

塩は儲かる。

 

分かった。

 

今日一日で分かった。

 

「船か」

 

俺は窓の外を見る。

 

港。

 

倉庫。

 

市場。

 

船。

 

全部見える。

 

そして。

 

気付けば言っていた。

 

「港の方がいいな」

 

沈黙。

 

全員見る。

 

俺を見る。

 

ペペも見る。

 

ディエゴも見る。

 

俺も驚いた。

 

何言ってるんだ俺。

 

港?

 

何で港だ?

 

船じゃなく?

 

塩船でもなく?

 

港?

 

「何でだ」

 

ペペ。

 

「知らん」

 

本当に知らなかった。

 

だが。

 

何となく。

 

港があれば。

 

船も来る。

 

塩も来る。

 

魚も来る。

 

人も来る。

 

飯も来る。

 

そんな気がした。

 

漠然と。

 

本当に漠然と。

 

まだ形にならない考え。

 

だが。

 

確かにそこにあった。

 

後に骨樽勢力を作る事になる男の。

 

最初の野望だった。

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