銀では腹は膨らまない ~ゴメス暴走記録~ 作:ヒツジ(ラム肉
航海日誌
帝国暦一七三年 雨季 第九週 一日目
船が出るらしい。
嫌だ。
港は飯がうまい。
船はスープがまずい。
俺は港が好きだ。
ペペは酒場の娘が好きだ。
大差ないと思う。
――ゴメス
朝。
嫌な知らせは突然やって来る。
「出港だ」
沈黙。
酒場の空気が止まった。
皆固まる。
誰も動かない。
聞き間違いであって欲しかった。
だが。
伝令の顔は真面目だった。
「昼には船へ戻れ」
以上。
終わり。
伝令は去る。
沈黙。
しばらく続く。
そして。
「嫌だぁぁぁぁ!!」
ペペ。
酒場中が笑った。
気持ちは分かる。
非常によく分かる。
数日だが。
まともな飯を食った。
まともな酒を飲んだ。
まともな寝床で寝た。
つまり。
人間に戻った。
また船へ戻る。
あのスープへ戻る。
考えたくなかった。
「現実を見ろ」
ディエゴ。
「見たくない」
ペペ。
「俺もだ」
俺。
意見は一致した。
しかし。
現実は変わらない。
船は待ってくれない。
昼前。
港を歩く。
市場。
魚屋。
パン屋。
塩屋。
全部いつも通りだった。
俺達だけが沈んでいる。
「また来るさ」
パン屋の親父が笑う。
「その時まで生きてりゃな」
ペペ。
「縁起でもねぇな」
親父。
「海だぞ」
正論だった。
海は死人が出る。
珍しい話ではない。
だから皆笑う。
笑ってごまかす。
海の男のやり方だった。
船着き場。
《サンタ・クララ号》。
相変わらずボロい。
相変わらず臭い。
そして。
相変わらず船長がいる。
椅子。
酒。
腹。
完璧だった。
一切変化していない。
「感動した」
ペペ。
「何に」
俺。
「ここまで変わらない生物がいる事に」
全員頷いた。
船長は俺達を見る。
そして。
「積荷を運べ」
第一声だった。
素晴らしい。
働かない男は違う。
命令だけは早い。
俺達は荷揚げを始める。
樽。
箱。
縄。
塩。
運ぶ。
ひたすら運ぶ。
その途中。
俺は気付く。
船長。
商人と話している。
笑っている。
銀貨袋を受け取る。
また笑う。
銀貨袋が増える。
さらに笑う。
非常に分かりやすかった。
「なあ」
俺。
「何だ」
ディエゴ。
「船って儲かるのか」
ディエゴは船長を見る。
そして頷いた。
「儲かる」
即答だった。
「そんなにか」
「船次第だな」
「ふむ」
ディエゴは箱を担ぐ。
そして続ける。
「船は運ぶ」
「うむ」
「運べば金になる」
「うむ」
「船が多ければもっと運べる」
「うむ」
「だから金持ちは船を増やす」
なるほど。
分かりやすい。
非常に分かりやすい。
「じゃあ俺達は」
ペペ。
「漕ぐ」
ディエゴ。
「だけか」
「だけだ」
沈黙。
皆納得した。
悲しい事に。
完全に納得した。
夕方。
積荷はほぼ終わる。
港を見る。
市場。
倉庫。
塩屋。
魚屋。
酒場。
全部そこにある。
人もいる。
飯もある。
そして。
船もいる。
俺はふと思う。
船長は船を持っている。
だから儲かる。
では。
港を持っている奴は。
どれほど儲かるのだろう。
自分でも妙な事を考えたと思う。
船すら持っていない男が。
港を考える。
笑える話だった。
その時。
「ゴメス」
ペペ。
「何だ」
「出港前に最後の飯だ」
非常に重要だった。
俺は立ち上がる。
港も船も後だ。
まず飯だった。
全ては飯の後で考えればいい。