銀では腹は膨らまない ~ゴメス暴走記録~ 作:ヒツジ(ラム肉
航海日誌
帝国暦一七三年 雨季 第九週 一日目 夕方
港最後の飯だった。
パンを三個食った。
ペペは六個食った。
店主が泣いていた。
――ゴメス
「今日は豪勢に行くぞ!」
ペペ。
「お前の金か?」
ディエゴ。
「違う!」
胸を張るな。
全員笑う。
《海猫亭》。
いつもの酒場。
いつもの席。
いつもの店主。
だが。
今日は少し違う。
明日には出港だからだ。
しばらく戻れない。
だから皆食う。
飲む。
今のうちに。
店主が皿を置く。
パン。
肉の煮込み。
焼き魚。
豆。
玉葱。
そして葡萄酒。
湯気が立つ。
香りが立つ。
まともな飯だ。
本当にまともな飯だ。
船の上の地獄スープとは違う。
「うめぇ……」
新入り。
半分泣いていた。
少し分かる。
俺も同じ気分だった。
パンをちぎる。
柔らかい。
まだ柔らかい。
武器にならない。
素晴らしい。
「港の飯は偉大だな」
ペペ。
「それは認める」
ディエゴ。
珍しく全員一致だった。
食う。
飲む。
食う。
また飲む。
酒場は賑やかだった。
船員。
漁師。
商人。
荷役。
皆話している。
話題は大体同じだった。
飯。
酒。
女。
金。
世界中どこでも同じだろう。
その時。
隣の席。
商人達が話していた。
「南航路は儲かる」
「海賊が出るぞ」
「護衛を付ければいい」
「金が掛かる」
「儲かる」
なるほど。
儲かるらしい。
海賊が出ても。
護衛を雇っても。
まだ儲かる。
不思議な話だった。
「何運んでるんだ?」
ペペが聞く。
商人が笑う。
「砂糖だ」
「砂糖」
「高いぞ」
「食った事ない」
「俺も」
全員頷く。
無縁の世界だった。
商人は酒を飲む。
そして続ける。
「塩も儲かる」
「塩もか」
「塩は腐らん」
なるほど。
確かに。
魚は腐る。
肉も腐る。
だが塩は腐らない。
運べる。
貯められる。
売れる。
便利だった。
俺は考える。
船。
塩。
砂糖。
倉庫。
市場。
全部繋がっている。
港で見た物と同じだった。
商人は運ぶ。
港は集める。
人は買う。
飯になる。
単純だ。
だが大きい。
その時。
店主が笑った。
「ゴメス」
「何だ」
「お前最近よく考えてるな」
「そうか?」
「港見たり」
「船見たり」
「倉庫見たり」
周囲も頷く。
少し驚いた。
見られていたらしい。
「別に」
俺は葡萄酒を飲む。
「腹減りたくないだけだ」
沈黙。
店主が笑う。
「正直だな」
「大事だろ」
「大事だ」
全員頷いた。
腹が減る。
死ぬ。
終わり。
単純だ。
だから皆働く。
だから皆運ぶ。
だから皆売る。
だから皆飯を作る。
港はそのためにある。
そんな気がした。
窓の外を見る。
夕暮れ。
港。
船。
倉庫。
市場。
灯りが点き始める。
綺麗だった。
俺はふと思う。
もし。
自分の船があったら。
どこへ行くだろう。
塩を運ぶか。
魚を獲るか。
酒を運ぶか。
その考えは。
少し前より。
現実味を帯び始めていた。
銀貨三枚の夢ではなく。
銀貨二枚を知ったから。
働けば手が届くかもしれない。
そんな気がした。
まだ遠いが。
全く無理でもない。
それが少しだけ怖かった。