銀では腹は膨らまない ~ゴメス暴走記録~   作:ヒツジ(ラム肉

15 / 16
第五話 後編 港を離れる日

航海日誌

帝国暦一七三年 雨季 第九週 二日目

 

出港した。

 

港が小さくなった。

 

ペペは泣いていた。

 

酒場の娘の事らしい。

 

本当にどうしようもない男だ。

 

――ゴメス

 

朝。

 

鐘が鳴る。

 

嫌な音だった。

 

出港の鐘。

 

つまり。

 

楽しい時間の終わりである。

 

「嫌だぁぁぁぁ!!」

 

ペペ。

 

最後まで変わらなかった。

 

「帰るぞ」

 

ディエゴ。

 

「帰りたくない」

 

「船だぞ」

 

「知ってる」

 

「仕事だぞ」

 

「知ってる」

 

全員笑った。

 

だが。

 

気持ちは同じだった。

 

港は良かった。

 

飯がある。

 

酒がある。

 

風呂がある。

 

地面が揺れない。

 

何より。

 

人間らしい生活がある。

 

だから離れたくない。

 

だが。

 

銀貨は海の上にある。

 

俺達は船乗りだ。

 

船へ戻る。

 

《サンタ・クララ号》。

 

相変わらずだった。

 

臭い。

 

古い。

 

軋む。

 

そして。

 

船長がいる。

 

完璧だった。

 

何一つ変わらない。

 

「積荷確認!」

 

珍しく船長が働いていた。

 

周囲が少しざわつく。

 

珍獣を見た時の反応だった。

 

「動いたぞ」

 

ペペ。

 

「動いたな」

 

ディエゴ。

 

「生きてたのか」

 

俺。

 

全員頷く。

 

失礼な話だが。

 

気持ちは分かる。

 

積荷は多かった。

 

塩。

 

布。

 

工具。

 

酒。

 

樽。

 

そして。

 

種。

 

俺は足を止める。

 

麻袋。

 

小さな袋。

 

いくつも積まれている。

 

「何だこれ」

 

近くの商人が答える。

 

「種だ」

 

「見れば分かる」

 

「なら聞くな」

 

周囲が笑う。

 

最近この流れが多い。

 

「何の種だ」

 

「麦」

 

商人。

 

「豆」

 

指を一本。

 

「キャベツ」

 

二本。

 

「玉葱」

 

三本。

 

「向こうで売る」

 

なるほど。

 

植えるのか。

 

食うために。

 

当たり前だ。

 

だが。

 

俺は妙に気になった。

 

「儲かるのか」

 

商人は頷く。

 

「飯は必ず売れる」

 

即答だった。

 

「人は食うからな」

 

その通りだった。

 

金持ちも。

 

貧乏人も。

 

兵士も。

 

商人も。

 

皆食う。

 

だから飯は売れる。

 

俺は袋を見る。

 

小さい。

 

軽い。

 

だが。

 

パンになる。

 

スープになる。

 

酒になる。

 

不思議なものだった。

 

昼。

 

出港。

 

綱が外される。

 

帆が開く。

 

風を受ける。

 

船が動く。

 

港が離れていく。

 

市場。

 

倉庫。

 

塩船。

 

酒場。

 

全部遠ざかる。

 

ペペが甲板に肘をつく。

 

妙に静かだった。

 

珍しい。

 

「どうした」

 

俺。

 

「考えてた」

 

ペペ。

 

もっと珍しい。

 

本当に珍しい。

 

「何を」

 

「金持ち」

 

全員笑う。

 

予想通りだった。

 

「船長みたいな?」

 

ディエゴ。

 

「違う」

 

ペペ。

 

少し考える。

 

そして。

 

「毎日肉食える奴」

 

沈黙。

 

誰も笑わない。

 

それは立派な金持ちだった。

 

「確かにな」

 

俺。

 

「確かにな」

 

ディエゴ。

 

完全に同意だった。

 

その時。

 

風が吹く。

 

港がさらに遠くなる。

 

俺は振り返る。

 

港。

 

人。

 

船。

 

市場。

 

全部小さくなる。

 

だが。

 

消えない。

 

頭の中に残っていた。

 

塩。

 

倉庫。

 

荷役。

 

魚。

 

種。

 

船。

 

全部繋がっていた。

 

そして。

 

最後に思う。

 

あそこに自分の船があったら。

 

少し楽になるだろうか。

 

あそこに自分の倉庫があったら。

 

もっと楽になるだろうか。

 

あそこに自分の港があったら。

 

どれだけ飯が集まるだろうか。

 

我ながら馬鹿な考えだった。

 

銀貨三枚の水兵が。

 

港を考える。

 

笑える話だ。

 

だが。

 

全てはこういう馬鹿な考えから始まる。

 

後に骨樽勢力と呼ばれる海の厄災も。

 

まだ。

 

誰の目にも見えていなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。