銀では腹は膨らまない ~ゴメス暴走記録~   作:ヒツジ(ラム肉

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第六話 前編 腐った水と遠い港

航海日誌

帝国暦一七三年 雨季 第九週 六日目

 

水が臭くなった。

 

まだ六日だ。

 

港が恋しい。

 

ペペは酒場の娘が恋しいらしい。

 

本当にどうしようもない。

 

――ゴメス

 

海は広い。

 

知っている。

 

毎日見ている。

 

嫌になるほど見ている。

 

だが。

 

港を出た後の海は特に広かった。

 

理由は簡単だ。

 

港が無いからだ。

 

市場も無い。

 

酒場も無い。

 

パンも無い。

 

肉も無い。

 

あるのは。

 

海。

 

空。

 

船。

 

そして。

 

腐った水だった。

 

「うぇっ」

 

新入りが顔をしかめる。

 

木椀を覗く。

 

水だ。

 

一応。

 

見た目は。

 

だが。

 

臭い。

 

非常に臭い。

 

「早くないか」

 

俺。

 

「早いな」

 

ディエゴ。

 

まだ六日だ。

 

港を出て六日。

 

それなのに。

 

もう怪しい。

 

樽が悪いのか。

 

水が悪いのか。

 

船が悪いのか。

 

全部かもしれない。

 

「酒入れろ」

 

ペペ。

 

「またか」

 

「臭い消える」

 

「多少な」

 

実際。

 

多少は消える。

 

だから船乗りは酒を飲む。

 

好きだからでもあるが。

 

水より安全だからでもある。

 

悲しい話だった。

 

朝飯。

 

黒パン。

 

干し魚。

 

以上。

 

豪華な港生活は終わった。

 

夢だった。

 

短い夢だった。

 

「肉……」

 

新入り。

 

「忘れろ」

 

古参。

 

「豆……」

 

「忘れろ」

 

「葡萄酒……」

 

「それは俺も恋しい」

 

全員頷いた。

 

甲板。

 

風は良い。

 

空も晴れている。

 

航海日和だった。

 

つまり。

 

暇だった。

 

船乗りにとって。

 

何も起きない日は良い日だ。

 

だが。

 

暇でも腹は減る。

 

そして。

 

暇だと人は考える。

 

俺も考えていた。

 

塩。

 

種。

 

倉庫。

 

市場。

 

港で見た物。

 

全部だ。

 

「何考えてる」

 

ペペ。

 

「港」

 

「またか」

 

「まただ」

 

最近多い。

 

自覚はある。

 

港を見る。

 

倉庫を見る。

 

船を見る。

 

そんな事ばかり考えている。

 

「そんなに好きか」

 

ペペ。

 

俺は少し考える。

 

そして答えた。

 

「飯がある」

 

ペペが笑った。

 

「それは好きになるな」

 

完全同意だった。

 

その時。

 

見張り台から声。

 

「帆だ!」

 

全員反応する。

 

一瞬で。

 

海の男は早い。

 

「どこだ!」

 

航海士。

 

「南西!」

 

望遠鏡が回る。

 

皆見る。

 

小さい。

 

遠い。

 

だが確かにいる。

 

船。

 

一隻。

 

商船らしい。

 

護衛無し。

 

単独。

 

「どこのだ」

 

誰かが聞く。

 

航海士は目を細める。

 

そして。

 

肩を竦めた。

 

「知らん」

 

全員笑う。

 

分からないらしい。

 

遠いからだ。

 

その商船は。

 

しばらく並走した後。

 

別方向へ消えていった。

 

それだけだった。

 

だが。

 

俺は少し気になった。

 

一隻。

 

船。

 

積荷。

 

船員。

 

飯。

 

全部積んでいる。

 

動く市場みたいなものだ。

 

「なあ」

 

俺。

 

「何だ」

 

ディエゴ。

 

「船って港を運んでるんだな」

 

沈黙。

 

ディエゴが俺を見る。

 

ペペも見る。

 

新入りも見る。

 

「何言ってる」

 

ペペ。

 

「知らん」

 

本当に知らなかった。

 

だが。

 

何となくそう思った。

 

塩も。

 

種も。

 

酒も。

 

魚も。

 

船が運ぶ。

 

船が来なければ。

 

港も困る。

 

なら。

 

船は小さい港みたいなものだ。

 

そんな気がした。

 

「お前最近変な事ばっか考えてるな」

 

ペペ。

 

「そうか」

 

「そうだ」

 

全員頷いた。

 

俺は海を見る。

 

遠く。

 

商船の帆が消えていく。

 

いつか。

 

自分の船が欲しい。

 

その考えは。

 

以前よりずっと強くなっていた。

 

まだ銀貨は数枚しか無いが。

 

夢だけは少しずつ大きくなっていた。

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