銀では腹は膨らまない ~ゴメス暴走記録~ 作:ヒツジ(ラム肉
航海日誌
帝国暦一七三年 雨季 第九週 七日目
魚を釣った。
三匹だった。
ペペは五匹だった。
腹が立った。
夕飯になったので許した。
――ゴメス
昼。
風は穏やかだった。
海も静かだった。
つまり。
暇だった。
非常に暇だった。
「暇だな」
ペペ。
「暇だな」
俺。
「働け」
ディエゴ。
全員頷く。
だが。
働く事は無い。
帆は張った。
綱も問題無い。
積荷も無事。
船長は寝ている。
いつも通りだった。
その時。
「釣るか」
ペペ。
名案だった。
全員動く。
船乗りは魚を釣る。
飯になるからだ。
理由はそれだけで十分だった。
糸。
針。
餌。
海へ放る。
待つ。
そして。
釣れる。
本当に釣れる。
銀色の魚。
元気だった。
俺も少し釣る。
一匹。
二匹。
三匹。
悪くない。
「見ろ!」
ペペ。
五匹。
負けた。
悔しい。
非常に悔しい。
「何故だ」
俺。
「才能」
ペペ。
殴りたかった。
だが。
魚は貴重だった。
我慢した。
夕方。
魚を捌く。
塩を振る。
火を起こす。
焼く。
良い匂いだった。
本当に良い匂いだった。
港の煮込みほどではない。
だが。
腐ったスープより遥かに良い。
「うめぇ」
新入り。
「うめぇ」
古参。
「うめぇ」
全員。
語彙が死んでいた。
だが本心だった。
魚は偉大だ。
非常に偉大だ。
食いながら。
俺は船を見る。
帆。
縄。
樽。
積荷。
船員。
全部揃っている。
小さい。
だが。
一つの世界だった。
その時。
ディエゴが魚を齧りながら言う。
「港を考えてたな」
「少し」
俺。
「何でだ」
少し考える。
そして答えた。
「飯が集まる」
「またそれか」
ペペ。
「重要だ」
「認める」
珍しく即答だった。
ディエゴは笑う。
そして積荷を指差した。
塩。
布。
種。
酒。
工具。
全部そこにある。
「これも飯になる」
「種もか」
「育てばな」
なるほど。
確かに。
麦になる。
パンになる。
豆になる。
スープになる。
そういう事か。
俺は袋を見る。
ただの種。
だが。
港では金になる。
畑では飯になる。
不思議なものだった。
「なあ」
新入りが聞く。
「何だ」
ディエゴ。
「港って何で出来るんだ」
沈黙。
良い質問だった。
非常に良い質問だった。
ディエゴは少し考える。
そして。
「船」
一本指。
「水」
二本。
「飯」
三本。
「人」
四本。
「後は勝手に増える」
全員笑った。
雑だった。
非常に雑だった。
だが。
何故か納得した。
船。
水。
飯。
人。
確かに。
それがあれば人は集まる。
集まれば商人が来る。
商人が来れば市場が出来る。
市場が出来れば港になる。
そんな気がした。
その時だった。
見張りが叫ぶ。
「船だ!」
全員顔を上げる。
また船。
今度は近い。
かなり近い。
帆も見える。
船体も見える。
そして。
傷だらけだった。
「何だありゃ」
ペペ。
俺も同感だった。
傷。
破れた帆。
歪んだ舷側。
普通じゃない。
明らかに。
何かあった船だった。
その船は。
真っ直ぐこちらへ向かって来ていた。