銀では腹は膨らまない ~ゴメス暴走記録~ 作:ヒツジ(ラム肉
航海日誌
帝国暦一七三年 雨季 第十週 一日目
水は売れた。
銀貨になった。
船長は喜んだ。
ペペは水の方が偉いと言った。
最近あいつの方が賢い気がする。
気のせいであってほしい。
――ゴメス
海は静かだった。
昨日までと同じ。
風。
波。
空。
船。
何も変わらない。
だが。
俺の頭の中だけ少し変わっていた。
水。
ただの水。
どこにでもあると思っていた。
だが。
昨日の船は違った。
銀貨がある。
積荷もある。
船もある。
それでも。
水が無ければ終わりだった。
不思議な話だ。
いや。
当たり前か。
人は飲まないと死ぬ。
魚も。
肉も。
酒も。
代わりにはならない。
「おい」
ペペ。
「何だ」
「何考えてる」
「水」
沈黙。
ペペが真顔になる。
「病気か?」
「違う」
「本当に?」
「違う」
全員笑った。
最近。
俺が変な事を考えているらしい。
自覚はある。
だが。
考えてしまう。
飯。
塩。
水。
港。
全部繋がっているからだ。
朝飯。
黒パン。
干し魚。
怪しい水。
いつもの顔ぶれだった。
「港帰りたい」
新入り。
「分かる」
ディエゴ。
「飯うまかったな」
ペペ。
「風呂も良かった」
古参。
全員頷く。
人間は贅沢を覚える。
恐ろしい生き物だった。
数週間前まで。
腐ったスープでも喜んでいた。
今は文句を言う。
慣れとは恐ろしい。
昼。
甲板掃除。
暇だった。
船は順調。
風も良い。
問題無し。
つまり。
掃除だ。
「船長は何してる」
ペペ。
「酒」
俺。
「働け」
ペペ。
「働かないから船長だ」
ディエゴ。
妙に説得力があった。
その時。
船首側。
怒鳴り声。
「樽が割れてる!」
全員動く。
仕事だ。
面倒だが。
仕事だ。
割れた樽。
中身。
水。
甲板へ流れていた。
「うわぁ……」
新入り。
全員同じ顔だった。
もったいない。
非常にもったいない。
海水ならどうでもいい。
真水は違う。
命だ。
「どれだけ減った」
航海士。
「一樽半」
舌打ち。
何人かも同じ反応だった。
一樽半。
数字以上に重い。
飲み水だからだ。
「補給港まで?」
「五日」
沈黙。
少しだけ嫌な空気になる。
五日。
短い。
だが。
足りなければ長い。
非常に長い。
航海士は計算する。
指を折る。
人数。
配給。
残量。
そして。
「減らす」
嫌な言葉だった。
本当に嫌な言葉だった。
「またか」
ペペ。
「仕方ない」
ディエゴ。
「嫌だ」
「皆そうだ」
全員同意だった。
夕方。
配給量が減る。
少しだけ。
本当に少しだけ。
だが。
皆気付く。
水は重要だ。
魚より。
銀貨より。
酒より。
優先順位が高い。
俺は空になった樽を見る。
木。
鉄輪。
それだけだ。
だが。
この中身で船の運命が変わる。
不思議なものだった。
その時。
水平線。
白い帆。
見張りが叫ぶ。
「船だ!」
また船だった。
最近多い。
だが。
今度の船は変だった。
小さい。
非常に小さい。
商船でもない。
漁船でもない。
戦う船でもない。
その船には。
大量の樽が積まれていた。
まるで。
水だけを運ぶための船みたいだった。
「何だありゃ」
ペペ。
俺はその船を見つめる。
そして。
少しだけ胸が高鳴った。
何か面白い物を見付けた気がした。