銀では腹は膨らまない ~ゴメス暴走記録~ 作:ヒツジ(ラム肉
航海日誌
帝国暦一七三年 雨季 第十週 一日目 午後
船を見た。
樽だらけだった。
ペペは酒だと言った。
全員期待した。
水だった。
少しだけ泣いた。
――ゴメス
「船だ!」
見張りの声。
今日二度目だった。
最近よく船を見る。
航路だから当然だ。
だが。
今度の船は妙だった。
小さい。
非常に小さい。
帆も一枚。
船員も少ない。
だが。
樽だけは大量だった。
甲板。
船倉。
船尾。
見える場所全部樽だった。
「酒だ」
ペペ。
即答。
「根拠は」
俺。
「希望」
全員笑う。
正直だった。
俺も少し期待した。
酒なら嬉しい。
非常に嬉しい。
だが。
世の中そんなに甘くない。
船は近付く。
さらに近付く。
そして。
横へ並ぶ。
船長同士が話す。
交渉。
銀貨。
荷。
いつもの光景だった。
だが。
俺は樽を見る。
全部同じ。
全部水樽だ。
「水か」
ディエゴ。
「水だな」
俺。
少し残念だった。
酒ではなかった。
だが。
船長は喜んでいた。
航海士も喜んでいた。
皆機嫌が良い。
つまり。
価値がある。
非常に。
「そんなにか」
俺。
近くの古参が笑う。
「港から遠いからな」
なるほど。
確かに。
ここは海の真ん中だ。
井戸は無い。
川も無い。
雨も降らない。
だから。
水が金になる。
当たり前だった。
船員達が樽を移す。
慎重に。
非常に慎重に。
酒樽より丁寧かもしれない。
少なくとも同じくらいだ。
その時。
向こうの船員が笑った。
「水屋は儲かるぞ!」
大声だった。
ペペが反応する。
早かった。
魚より早い。
「本当か!?」
「本当だ!」
「どれくらいだ!?」
「船長が太るくらい!」
全員納得した。
それは儲かる。
非常に儲かる。
ペペは真剣な顔になる。
珍しい。
かなり珍しい。
「俺達もやるか」
「何を」
「水屋」
全員笑う。
だが。
俺は笑わなかった。
少し考えていた。
水。
港。
船。
全部繋がっている。
昨日。
傷だらけの船が来た。
水が無かった。
今日は。
水を売る船が来た。
つまり。
需要がある。
当然か。
人は飲む。
毎日。
死ぬまで。
「儲かる理由分かるか?」
古参が聞く。
新入りは首を振る。
俺も黙る。
古参は樽を叩く。
コン。
乾いた音。
「必ず売れるからだ」
なるほど。
魚は売れ残る。
布も売れ残る。
酒も残る。
だが。
水は飲む。
全員。
金持ちも。
貧乏人も。
船長も。
水兵も。
だから売れる。
単純だった。
非常に単純だ。
だが強い。
その時。
向こうの船長が笑った。
「次の補給港まで四日だ!」
「助かった!」
こちらの航海士。
満面の笑み。
一樽半失った事など忘れた顔だった。
人間とは単純だ。
本当に。
船は離れていく。
樽だらけの船。
小さい。
派手でもない。
だが。
誰かの命を運んでいる。
そう思った。
「面白い船だな」
俺。
ディエゴが頷く。
「港が船になったみたいだ」
その言葉で。
何かが繋がる。
船。
港。
水。
飯。
全部だ。
俺は去っていく船を見る。
ああいう船もあるのか。
海は広い。
そして。
思ったより面白い。