銀では腹は膨らまない ~ゴメス暴走記録~ 作:ヒツジ(ラム肉
航海日誌
帝国暦一七三年 雨季 第十週 三日目
港へ着いた。
飯の匂いがした。
ペペが走った。
いつもの事だ。
――ゴメス
朝。
陸が見えた。
歓声。
拍手。
叫び声。
そして。
ペペが落ちた。
マストから。
「ぎゃああああ!!」
見事だった。
非常に見事だった。
幸い。
途中の帆へ引っ掛かった。
死ななかった。
残念だった。
「残念とは何だ!」
元気だった。
本当に元気だった。
港が近いからだろう。
俺も少し嬉しい。
船員全員そうだった。
海は良い。
だが。
港の方が好きだ。
飯があるから。
非常に重要だった。
船は近付く。
新しい港。
前回とは違う。
大きい。
かなり大きい。
船も多い。
商船。
漁船。
軍船。
全部いる。
帆が林みたいだった。
「でけぇな」
新入り。
「でけぇな」
俺。
「でけぇ」
ペペ。
語彙が死んでいた。
だが。
気持ちは分かる。
港へ入る。
鐘が鳴る。
合図らしい。
船が動く。
人も動く。
忙しい。
非常に忙しい。
俺は岸を見る。
倉庫。
市場。
酒場。
鍛冶屋。
造船所。
全部見える。
人も多い。
前の港の倍はいる。
いや。
もっとかもしれない。
その時。
荷役人夫が船へ来る。
大量だった。
蟻みたいだ。
本当に。
「早ぇな」
俺。
「船が多いからな」
ディエゴ。
なるほど。
船が来る。
荷を降ろす。
また船が来る。
港は止まらない。
止まれば飯が止まる。
第四話で見た。
皆知っている。
だから急ぐ。
荷揚げ開始。
塩。
布。
工具。
種。
酒。
全部運ばれていく。
そして。
代わりに別の荷が来る。
木材。
乾燥肉。
魚。
鉄材。
樽。
終わらない。
本当に終わらない。
「何でこんなに動くんだ」
新入り。
誰も答えない。
だが。
近くの荷役人夫が笑った。
「腹が減るからだ」
沈黙。
そして。
全員納得した。
確かに。
腹は減る。
毎日。
死ぬまで。
だから運ぶ。
だから売る。
だから買う。
単純だった。
非常に単純だ。
昼。
荷揚げ終了。
自由時間。
歓声。
本日二度目だった。
ペペは既に消えている。
酒場だろう。
百パーセントだ。
俺は市場へ向かう。
興味があった。
この港。
何を食って生きているのか。
市場は大きかった。
魚。
肉。
果物。
野菜。
パン。
香辛料。
見た事の無い物まである。
そして。
値段もある。
俺は眺める。
買わない。
金が無いからだ。
悲しい話だった。
その時。
商人同士の会話が聞こえる。
「麦が足りん」
「今年は悪い」
「北から来ない」
「高くなるな」
俺は足を止める。
麦。
パンになる。
飯だ。
重要だった。
非常に。
「そんなにか」
思わず呟く。
近くの老人が笑った。
「港は腹を空かせてる」
俺は老人を見る。
商人らしい。
良い服。
良い靴。
そして。
良い腹だった。
「どういう意味だ」
老人は市場を指差す。
人。
人。
人。
どこまでも人。
「食うだろ?」
「食う」
「毎日だ」
「毎日だ」
老人は笑う。
「だから足りなくなる」
沈黙。
そして。
妙に納得した。
港は大きい。
人も多い。
だから。
飯も大量に要る。
港は飯を食う。
まるで生き物みたいだった。
その時だった。
市場の向こう。
何人かの男達が大声で揉めていた。
麦袋。
荷車。
そして銀貨。
どうやら。
飯を巡る喧嘩らしかった。
俺は思わず足を止める。
港は面白い。
本当に。