銀では腹は膨らまない ~ゴメス暴走記録~   作:ヒツジ(ラム肉

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第八話 後編 飯が来た日

航海日誌

帝国暦一七三年 雨季 第十週 三日目 夕刻

 

市場が騒いだ。

 

軍艦が来た訳ではない。

 

財宝船でもない。

 

麦だった。

 

人類は麦に支配されているのかもしれない。

 

――ゴメス

 

「北方船団だ!!」

 

歓声。

 

市場全体が揺れた。

 

本当に。

 

さっきまで喧嘩していた商人まで笑っている。

 

荷役人夫は走る。

 

倉庫番も走る。

 

衛兵まで少し急いでいる。

 

何事かと思った。

 

「そんなにか?」

 

俺。

 

老人商人が笑う。

 

「そんなにだ」

 

即答だった。

 

港の外を見る。

 

船。

 

一隻ではない。

 

五隻。

 

六隻。

 

もっといる。

 

船団だった。

 

帆が並ぶ。

 

鳥の群れみたいだった。

 

そして。

 

積んでいる。

 

大量に。

 

「麦だ」

 

老人。

 

「見れば分かる」

 

「なら聞くな」

 

最近本当に多い。

 

少し傷付いた。

 

だが。

 

老人は笑っていた。

 

機嫌が良いらしい。

 

周囲も同じだった。

 

船団が入港する。

 

鐘。

 

掛け声。

 

怒鳴り声。

 

荷車。

 

全部動き出す。

 

港そのものが走り始めたみたいだった。

 

「すげぇな」

 

新入り。

 

「すげぇな」

 

俺。

 

「腹減ってたんだろ」

 

ペペ。

 

その通りだった。

 

港は腹を空かせていた。

 

今。

 

飯が来た。

 

だから喜ぶ。

 

単純だ。

 

非常に単純だ。

 

だが。

 

理解しやすい。

 

荷揚げが始まる。

 

麦袋。

 

麦袋。

 

また麦袋。

 

本当に大量だった。

 

終わらない。

 

どこまでも続く。

 

荷役人夫達は笑っている。

 

忙しい。

 

だが。

 

仕事がある。

 

銀貨になる。

 

だから笑う。

 

「豊作か」

 

俺。

 

老人は首を振る。

 

「普通だ」

 

「普通?」

 

「この港が多い」

 

なるほど。

 

港が食うのか。

 

人が多いから。

 

飯も多く要る。

 

そういう事だった。

 

その時。

 

一人の商人が走ってくる。

 

汗だく。

 

必死だった。

 

「麦はまだあるか!?」

 

本気の顔だった。

 

老人が笑う。

 

「ある」

 

商人は安堵する。

 

本当に安心した顔だった。

 

俺は少し驚く。

 

銀貨ではない。

 

麦だ。

 

それで顔が変わる。

 

そんなものか。

 

いや。

 

そんなものだ。

 

飯だから。

 

日が傾く。

 

市場の騒ぎも少し落ち着く。

 

荷車はまだ動いている。

 

倉庫もまだ開いている。

 

港は止まらない。

 

飯がある限り。

 

その時。

 

老人が言った。

 

「若いの」

 

「何だ」

 

「港が何で出来てるか分かったか」

 

少し考える。

 

船。

 

倉庫。

 

市場。

 

塩。

 

水。

 

麦。

 

全部頭に浮かぶ。

 

そして。

 

答えた。

 

「飯か」

 

老人は笑った。

 

「半分正解だ」

 

「半分?」

 

「人だ」

 

沈黙。

 

老人は市場を指差す。

 

商人。

 

漁師。

 

荷役。

 

船員。

 

鍛冶屋。

 

子供。

 

皆いる。

 

皆食う。

 

皆働く。

 

だから港になる。

 

「飯だけあっても港にはならん」

 

老人。

 

「人だけいても港にはならん」

 

「両方か」

 

「そうだ」

 

妙に納得した。

 

飯。

 

人。

 

船。

 

水。

 

塩。

 

全部要る。

 

どれか一つでは足りない。

 

港とはそういう場所らしい。

 

老人は去る。

 

名前も聞かなかった。

 

だが。

 

妙に印象に残った。

 

夕暮れ。

 

港を見下ろす丘へ登る。

 

船。

 

市場。

 

倉庫。

 

人。

 

全部見える。

 

綺麗だった。

 

そして。

 

生きていた。

 

まるで巨大な生き物みたいに。

 

俺はその光景を見ながら思う。

 

船が欲しい。

 

それは変わらない。

 

だが。

 

船だけでは足りないらしい。

 

港も要る。

 

水も要る。

 

飯も要る。

 

人も要る。

 

面倒だな。

 

本当に。

 

だが。

 

少しだけ面白かった。

 

後に骨樽港を作る男は。

 

まだ銀貨数枚しか持っていない。

 

だが。

 

港を見る目だけは。

 

少しずつ育ち始めていた。

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