銀では腹は膨らまない ~ゴメス暴走記録~   作:ヒツジ(ラム肉

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第九話 前編 造船所の音

航海日誌

帝国暦一七三年 雨季 第十週 四日目

 

自由時間を貰った。

 

ペペは酒場へ行った。

 

ディエゴは寝た。

 

俺は造船所へ行った。

 

最近自分がおかしい気がする。

 

――ゴメス

 

朝。

 

港は騒がしかった。

 

いつも通りだ。

 

鐘。

 

荷車。

 

怒鳴り声。

 

笑い声。

 

港は眠らない。

 

腹が減るからだ。

 

非常に分かりやすい。

 

「今日は夕方まで自由だ」

 

船長。

 

珍しく良い事を言った。

 

全員喜ぶ。

 

歓声。

 

拍手。

 

誰かが歌い始める。

 

ペペも歌う。

 

相変わらず下手だった。

 

「酒場だ!」

 

そして走る。

 

予想通りだった。

 

「またか」

 

俺。

 

「まただ」

 

ディエゴ。

 

完全に予想通りだった。

 

「お前は」

 

ディエゴが聞く。

 

「寝る」

 

即答。

 

実に健全だった。

 

「お前は?」

 

今度は俺。

 

少し考える。

 

そして。

 

「造船所」

 

沈黙。

 

ディエゴが俺を見る。

 

真顔だった。

 

「病気か」

 

「違う」

 

「本当に?」

 

「違う」

 

最近この流れが多い。

 

少し悲しかった。

 

港の東側。

 

造船所。

 

そこは市場よりうるさかった。

 

ガン。

 

ガン。

 

ガン。

 

金槌の音。

 

木を削る音。

 

鋸の音。

 

叫び声。

 

全部混ざっている。

 

まるで戦場だった。

 

「でけぇ……」

 

思わず呟く。

 

本当に大きい。

 

船。

 

まだ骨だけ。

 

だが巨大だ。

 

骨組みだけで家みたいだった。

 

人が群がる。

 

大工。

 

鍛冶屋。

 

縄職人。

 

樽職人。

 

様々な職人達。

 

皆働いている。

 

汗だくで。

 

真剣に。

 

「何見てる」

 

声。

 

振り向く。

 

職人だった。

 

腕が太い。

 

腕しか見えないくらい太い。

 

「船だ」

 

「見れば分かる」

 

「なら聞くな」

 

最近本当に多い。

 

職人は笑った。

 

「船好きか」

 

少し考える。

 

好きか。

 

どうだろう。

 

「飯を運ぶ」

 

職人が首を傾げる。

 

俺も少し首を傾げる。

 

何言ってるんだろう。

 

だが。

 

本音だった。

 

船は飯を運ぶ。

 

塩も。

 

水も。

 

麦も。

 

全部運ぶ。

 

だから気になる。

 

職人は笑った。

 

「変な奴だな」

 

「よく言われる」

 

実際よく言われる。

 

職人は建造中の船を叩く。

 

ドン。

 

良い音だった。

 

重い。

 

頑丈そうだ。

 

「何人乗る」

 

俺。

 

「四十」

 

「でけぇな」

 

「小さい方だ」

 

沈黙。

 

俺は船を見る。

 

小さい?

 

これが?

 

世の中は広いらしい。

 

その時。

 

向こう側。

 

さらに巨大な船が見えた。

 

本当に巨大だった。

 

三本マスト。

 

二層甲板。

 

砲門まで見える。

 

「軍艦か」

 

俺。

 

職人は頷く。

 

「護衛船だ」

 

なるほど。

 

商船ではない。

 

飯を守る船か。

 

それも必要だ。

 

当たり前だった。

 

飯は奪われる。

 

海賊もいる。

 

敵国もいる。

 

だから守る。

 

港を守るのと同じだ。

 

「高いのか」

 

俺。

 

職人は大笑いした。

 

本当に大笑いだった。

 

「お前の給料じゃ一生無理だ」

 

沈黙。

 

少し傷付いた。

 

だが。

 

否定できない。

 

銀貨三枚だ。

 

現実は厳しい。

 

職人は笑いながら続ける。

 

「だから皆で作る」

 

「皆?」

 

「商人」

 

一本指。

 

「船主」

 

二本。

 

「港」

 

三本。

 

「金持ち」

 

四本。

 

「皆だ」

 

なるほど。

 

一人では無理か。

 

だが。

 

皆なら作れる。

 

少しだけ。

 

港に似ていると思った。

 

一人では動かない。

 

だが。

 

人が集まれば動く。

 

船も。

 

港も。

 

似たようなものかもしれない。

 

その時だった。

 

造船所の奥から。

 

怒鳴り声が聞こえた。

 

「木材が足りん!!」

 

周囲が騒ぎ始める。

 

職人が舌打ちする。

 

「またか」

 

困った顔だった。

 

どうやら。

 

船を作るにも。

 

飯と同じ問題があるらしい。

 

足りない。

 

それが問題だった。

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