銀では腹は膨らまない ~ゴメス暴走記録~   作:ヒツジ(ラム肉

27 / 35
第九話 後編 船は一人では作れない

航海日誌

帝国暦一七三年 雨季 第十週 四日目 夕方

 

船が欲しい。

 

金は無い。

 

現実は厳しい。

 

ペペに相談した。

 

「拾え」

 

と言われた。

 

本当にどうしようもない男だ。

 

――ゴメス

 

夕方。

 

造船所はまだ動いていた。

 

朝から。

 

昼も。

 

今も。

 

ずっとだ。

 

金槌の音。

 

鋸の音。

 

怒鳴り声。

 

笑い声。

 

止まらない。

 

港みたいだった。

 

いや。

 

港の一部なのだろう。

 

職人達は忙しそうだ。

 

だが。

 

どこか楽しそうでもある。

 

船が形になるからだろうか。

 

俺は建造中の船を見る。

 

朝より変わっていた。

 

少しだけ。

 

本当に少しだけ。

 

だが。

 

確かに進んでいる。

 

一本の板。

 

一本の釘。

 

一本の縄。

 

それが増える。

 

積み重なる。

 

やがて船になる。

 

不思議だった。

 

「見てて飽きないか」

 

職人。

 

「少し」

 

本当だった。

 

少しどころではない。

 

かなり面白い。

 

何も無い場所から。

 

船が生まれている。

 

それだけで面白かった。

 

その時。

 

別の男が来る。

 

商人らしい。

 

服が良い。

 

腹も良い。

 

つまり商人だ。

 

「木材代だ」

 

袋を渡す。

 

銀貨。

 

音で分かった。

 

かなり重い。

 

職人が受け取る。

 

頷く。

 

それだけ。

 

短い会話だった。

 

だが。

 

俺は気になった。

 

「船主か」

 

俺。

 

職人は頷く。

 

「出資者だ」

 

「出資?」

 

聞き慣れない言葉だった。

 

職人は少し考える。

 

そして。

 

「金を出す奴」

 

分かりやすかった。

 

非常に。

 

「船は誰のだ」

 

「まだあいつのだ」

 

商人を指差す。

 

「完成したら?」

 

「やっぱりあいつのだ」

 

なるほど。

 

非常に納得した。

 

金を出した。

 

だから船も持つ。

 

単純だった。

 

だが。

 

重要だった。

 

「職人は」

 

俺。

 

「船を作る」

 

「船は貰えない」

 

「貰えない」

 

沈黙。

 

少し世知辛い。

 

だが。

 

現実らしかった。

 

その時。

 

さらに別の男が来る。

 

港役人だった。

 

紙を持っている。

 

判子もある。

 

嫌な予感しかしない。

 

「許可証だ」

 

職人。

 

「遅い」

 

役人。

 

「知るか」

 

職人。

 

周囲が笑う。

 

どうやら顔見知りらしい。

 

「何だあれ」

 

俺。

 

「港の許可」

 

職人。

 

「必要か」

 

「必要だ」

 

即答だった。

 

木がいる。

 

鉄がいる。

 

縄がいる。

 

職人がいる。

 

金がいる。

 

そして。

 

許可もいる。

 

面倒だった。

 

非常に面倒だ。

 

「船って大変だな」

 

俺。

 

職人は笑う。

 

「港の方がもっと大変だぞ」

 

沈黙。

 

港。

 

何気なく出た言葉。

 

だが。

 

妙に引っ掛かった。

 

港。

 

船。

 

倉庫。

 

市場。

 

人。

 

飯。

 

水。

 

全部だ。

 

確かに。

 

船一隻より面倒そうだった。

 

俺は港を見下ろす。

 

夕焼け。

 

船が並ぶ。

 

煙が上がる。

 

市場はまだ動いている。

 

荷車も走っている。

 

飯を運び。

 

魚を運び。

 

木を運び。

 

人を運ぶ。

 

誰か一人では出来ない。

 

職人だけでも駄目。

 

商人だけでも駄目。

 

船だけでも駄目。

 

全部必要だ。

 

その時。

 

ふと思う。

 

船は一人では作れない。

 

港も一人では作れない。

 

なら。

 

人を集める方が大事なのかもしれない。

 

我ながら妙な考えだった。

 

銀貨三枚の水兵が。

 

港を考えている。

 

笑える話だ。

 

だが。

 

最近こういう考えが増えた。

 

以前は飯だけだった。

 

今は違う。

 

飯を運ぶ仕組みが気になる。

 

俺は港を見る。

 

巨大な生き物みたいだった。

 

腹を空かせ。

 

飯を食い。

 

人を飲み込み。

 

銀貨を吐き出す。

 

そして。

 

今日も生きている。

 

「また来るか」

 

職人。

 

「たぶん」

 

俺。

 

本音だった。

 

酒場より。

 

少しだけ。

 

造船所の方が面白くなってきていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。