銀では腹は膨らまない ~ゴメス暴走記録~   作:ヒツジ(ラム肉

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第十話 中編 魚はどこから来る

航海日誌

帝国暦一七三年 雨季 第十週 五日目 昼過ぎ

 

魚の話を聞いた。

 

魚は海から来るらしい。

 

当たり前だった。

 

だが魚は勝手に皿へ飛び込まないらしい。

 

世の中は面倒で出来ている。

 

――ゴメス

 

昼飯。

 

市場の裏。

 

樽を並べた即席の食堂。

 

港にはこういう場所が多い。

 

店ですらない。

 

屋根も無い。

 

だが。

 

飯は出る。

 

それで十分だった。

 

本日の昼飯。

 

魚の煮込み。

 

黒パン。

 

玉葱。

 

薄い葡萄酒。

 

港らしい飯だった。

 

湯気が立つ。

 

魚の脂が浮く。

 

香草も入っている。

 

船の上なら祭りだった。

 

「うまい」

 

新入り。

 

「うまい」

 

俺。

 

「もう船に帰りたくない」

 

ペペ。

 

全員同意だった。

 

食堂の親父が笑う。

 

「港で働け」

 

「給料は」

 

「安い」

 

「駄目だ」

 

即答だった。

 

飯だけでは生きられない。

 

少し残念だった。

 

その時。

 

隣の席。

 

朝の漁師達がいた。

 

例の漁場で揉めていた連中だ。

 

飯を食いながら。

 

まだ揉めている。

 

元気だった。

 

「西だ」

 

「東だ」

 

「いや北だ」

 

「魚が南へ流れた」

 

「魚に聞いたのか」

 

「聞いてない」

 

「なら黙れ」

 

周囲が笑う。

 

本人達は真面目だった。

 

飯の話だからだ。

 

俺は少し聞き耳を立てる。

 

面白かった。

 

「漁場ってそんなに変わるのか」

 

思わず聞いてしまう。

 

漁師達がこちらを見る。

 

日に焼けている。

 

髭も濃い。

 

魚臭い。

 

つまり漁師だった。

 

「変わる」

 

即答。

 

「魚は動く」

 

「どこへ」

 

「知らん」

 

全員頷く。

 

知らないらしい。

 

少し安心した。

 

「でも探す」

 

漁師。

 

「見つける」

 

「見つからん時は?」

 

「酒飲む」

 

全員笑った。

 

正直だった。

 

だが。

 

続きがあった。

 

「見つからんと死ぬ」

 

沈黙。

 

それは笑い話ではなかった。

 

飯だからだ。

 

魚が獲れない。

 

つまり。

 

売れない。

 

食えない。

 

船も直せない。

 

網も買えない。

 

終わりだ。

 

俺は煮込みを見る。

 

魚。

 

ただの魚ではないらしい。

 

漁師の飯。

 

市場の飯。

 

港の飯。

 

全部繋がっていた。

 

その時。

 

年配の漁師が魚の骨を取りながら言う。

 

「港の連中は勘違いする」

 

「何を」

 

俺。

 

漁師は窓の外を見る。

 

市場。

 

魚。

 

人。

 

賑やかだった。

 

「魚が勝手に来ると思ってる」

 

なるほど。

 

少し分かる。

 

俺もそうだった。

 

市場へ行けば魚がある。

 

だから。

 

あるのが当たり前だと思う。

 

だが。

 

違う。

 

朝早く起きる。

 

船を出す。

 

網を投げる。

 

魚を探す。

 

嵐も来る。

 

船も壊れる。

 

帰れない日もある。

 

そしてようやく魚になる。

 

面倒だった。

 

非常に面倒だ。

 

「港と同じだな」

 

思わず呟く。

 

漁師が笑う。

 

「何がだ」

 

「飯が勝手に生えない」

 

漁師は数秒黙った。

 

そして。

 

大笑いした。

 

「違いねぇ!」

 

周囲も笑う。

 

俺も少し笑った。

 

その時だった。

 

市場の方から鐘の音。

 

一回。

 

二回。

 

三回。

 

また何か来たらしい。

 

港は忙しい。

 

本当に忙しい。

 

食堂の客達が立ち上がる。

 

漁師も。

 

商人も。

 

荷役人夫も。

 

皆動く。

 

理由は同じだった。

 

何かが来た。

 

つまり。

 

飯になる可能性がある。

 

俺も立ち上がる。

 

見に行こう。

 

港が何を食うのか。

 

少し気になった。

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