銀では腹は膨らまない ~ゴメス暴走記録~   作:ヒツジ(ラム肉

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第十話 後編 港が食うもの

航海日誌

帝国暦一七三年 雨季 第十週 五日目 夕刻

 

港は魚を食う。

 

港は麦を食う。

 

港は水を飲む。

 

港は木を食う。

 

たぶん鉄も食う。

 

とても腹が減る生き物らしい。

 

――ゴメス

 

鐘が鳴る。

 

港中が動く。

 

俺も動く。

 

ペペも動く。

 

理由は簡単だった。

 

暇だったからだ。

 

「何来たと思う」

 

ペペ。

 

「魚」

 

俺。

 

「魚はさっき見た」

 

「じゃあ麦」

 

「それも見た」

 

「酒」

 

少し期待した。

 

非常に期待した。

 

だが。

 

港はそう甘くない。

 

岸壁へ向かう。

 

人が集まる。

 

荷役人夫。

 

商人。

 

倉庫番。

 

衛兵。

 

見物人。

 

子供までいる。

 

皆同じ方向を見ている。

 

沖。

 

一隻の大型商船。

 

かなり大きい。

 

船腹が深い。

 

満載らしい。

 

「何積んでるんだ」

 

俺。

 

近くの荷役人夫が答える。

 

「木材」

 

少し意外だった。

 

魚ではない。

 

麦でもない。

 

酒でもない。

 

木だった。

 

「そんなに必要か」

 

俺。

 

荷役人夫は笑う。

 

「見てろ」

 

そう言って船を指差す。

 

荷揚げ開始。

 

丸太。

 

板材。

 

梁。

 

加工済みの材木。

 

次々と降ろされる。

 

大量だった。

 

本当に大量だった。

 

昨日の造船所を思い出す。

 

木が足りない。

 

木が来た。

 

職人が喜ぶ。

 

全部繋がった。

 

「船になるな」

 

俺。

 

「家にもなる」

 

荷役人夫。

 

なるほど。

 

倉庫。

 

船。

 

酒場。

 

全部木だった。

 

港は木を食うらしい。

 

その時。

 

別の荷車が並ぶ。

 

鉄。

 

棒鉄。

 

釘。

 

鎖。

 

金具。

 

今度は鉄だった。

 

「やっぱり食うな」

 

思わず呟く。

 

「何が」

 

ペペ。

 

「港」

 

沈黙。

 

ペペが首を傾げる。

 

「港は食えないぞ」

 

「そうじゃない」

 

「じゃあ何だ」

 

少し考える。

 

そして。

 

岸壁を指差した。

 

船。

 

倉庫。

 

市場。

 

荷車。

 

人。

 

全部だ。

 

「魚を食う」

 

一本指。

 

「麦を食う」

 

二本。

 

「水を飲む」

 

三本。

 

「木も食う」

 

四本。

 

「鉄も食う」

 

五本。

 

ペペは真顔になる。

 

珍しかった。

 

本当に珍しかった。

 

そして。

 

「デブだな」

 

周囲が吹き出した。

 

否定できなかった。

 

港は巨大だった。

 

そして。

 

常に腹を空かせている。

 

魚。

 

麦。

 

水。

 

木。

 

鉄。

 

何でも飲み込む。

 

その代わり。

 

人を生かす。

 

商人を儲けさせる。

 

船を動かす。

 

飯を作る。

 

妙な生き物だった。

 

夕方。

 

市場を歩く。

 

魚は消えた。

 

朝の山は無い。

 

麦袋も減った。

 

木材も運ばれた。

 

鉄も消えた。

 

全部どこかへ行った。

 

だが。

 

無くなった訳ではない。

 

船になる。

 

倉庫になる。

 

パンになる。

 

魚になる。

 

全部形を変える。

 

その時だった。

 

市場の隅。

 

一人の老人が座っていた。

 

魚を焼いている。

 

塩を振る。

 

炭火で焼く。

 

香ばしい匂いがする。

 

腹が鳴った。

 

非常に裏切り者だった。

 

「食うか」

 

老人。

 

「いくらだ」

 

俺。

 

「余ったやつだ」

 

つまり安い。

 

非常に良い。

 

銀貨を一枚渡す。

 

焼き魚を受け取る。

 

熱い。

 

うまい。

 

塩が効いている。

 

脂もある。

 

最高だった。

 

老人が笑う。

 

「港は好きか」

 

突然だった。

 

少し考える。

 

そして答えた。

 

「面白い」

 

本音だった。

 

老人は頷く。

 

「そうか」

 

それだけだった。

 

だが。

 

何故か少し嬉しかった。

 

夕日が沈む。

 

船が揺れる。

 

市場が静かになる。

 

港が眠り始める。

 

それでも。

 

明日になればまた腹を空かせる。

 

魚を食い。

 

麦を食い。

 

木を食い。

 

鉄を食う。

 

そして生きる。

 

俺は焼き魚の最後の一口を食べる。

 

港は面白い。

 

本当に。

 

船より大きく。

 

魚より面倒で。

 

飯より奥が深い。

 

だから。

 

少しだけ。

 

また見てみたいと思った。

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