銀では腹は膨らまない ~ゴメス暴走記録~   作:ヒツジ(ラム肉

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第十三話 前編 港を支える縄

航海日誌

帝国暦一七三年 雨季 第十一週 三日目

 

船を見た。

 

帆があった。

 

縄もあった。

 

当たり前だった。

 

だが当たり前という奴は時々高い。

 

港で怒鳴り声が聞こえた。

 

原因は縄だった。

 

世の中は思ったより縄で出来ているらしい。

 

――ゴメス

 

朝。

 

風が強かった。

 

久しぶりの晴れだった。

 

空は青い。

 

海も青い。

 

港も騒がしい。

 

昨日までの灰色が嘘みたいだった。

 

帆が膨らむ。

 

旗が揺れる。

 

洗濯物まで元気だった。

 

「腹減った」

 

そしてペペも元気だった。

 

「起きて最初の言葉がそれか」

 

ディエゴが呆れる。

 

「昨日の最後もそれだったぞ」

 

新入りが言う。

 

「一貫性があるだろ」

 

誇らしげだった。

 

意味は分からない。

 

朝飯。

 

今日は港近くの露店だった。

 

炭火。

 

鉄板。

 

湯気。

 

香り。

 

朝から人が並んでいる。

 

理由はすぐ分かった。

 

旨そうだった。

 

非常に。

 

大鍋の中。

 

白豆。

 

塩豚。

 

玉葱。

 

人参。

 

香草。

 

長時間煮込まれている。

 

肉の脂が溶ける。

 

豆が膨らむ。

 

玉葱が崩れる。

 

湯気と共に香りが流れる。

 

腹が鳴った。

 

俺だけではない。

 

全員だった。

 

木皿を受け取る。

 

その上へ煮込み。

 

黒パン。

 

そして薄い葡萄酒。

 

港の朝飯らしい。

 

匙を入れる。

 

豆は柔らかい。

 

簡単に潰れる。

 

塩豚は繊維がほどける。

 

口へ入れる。

 

最初に塩。

 

次に肉。

 

豆の甘味。

 

玉葱の甘味。

 

最後に胡椒。

 

旨かった。

 

疲れた身体が喜ぶ味だった。

 

ペペは無言だった。

 

珍しい。

 

本当に珍しい。

 

「どうした」

 

俺。

 

「忙しい」

 

口いっぱいだった。

 

化け物だった。

 

朝飯を終える。

 

港へ戻る。

 

その時だった。

 

怒鳴り声。

 

かなり大きい。

 

市場ではない。

 

岸壁だった。

 

「だから出港できんと言っている!」

 

男が叫ぶ。

 

船長らしい。

 

髭。

 

日焼け。

 

不機嫌。

 

典型的だった。

 

向かい側。

 

商人。

 

こちらも不機嫌。

 

典型的だった。

 

「約束の日だぞ!」

 

「縄が無い!」

 

「昨日あると言った!」

 

「昨日はあった!」

 

周囲が笑う。

 

本人達は笑っていない。

 

深刻らしい。

 

俺はディエゴを見る。

 

「縄で止まるのか」

 

「止まる」

 

即答だった。

 

「そんなにか」

 

「そんなにだ」

 

なるほど。

 

船は帆で走る。

 

帆は縄で動く。

 

つまり縄が無いと船は動かない。

 

当たり前だった。

 

だが今まで考えた事も無かった。

 

「面白いな」

 

思わず呟く。

 

「面白くない!」

 

船長が怒鳴った。

 

聞こえたらしい。

 

申し訳ない。

 

少しだけ。

 

だが本当に面白かった。

 

魚。

 

塩。

 

麦。

 

そして縄。

 

また一つ港を動かすものが見つかった。

 

その時。

 

荷役人夫が走ってくる。

 

汗だく。

 

必死だ。

 

「親方!」

 

縄屋へ飛び込む。

 

中からさらに怒鳴り声。

 

どうやら。

 

問題は一つではないらしい。

 

俺は縄屋を見る。

 

木造の大きな建物。

 

表には大量のロープ。

 

細い物。

 

太い物。

 

船を繋ぐ物。

 

帆を操る物。

 

色々ある。

 

そして。

 

皆が欲しがっている。

 

魚市場と同じだった。

 

「行ってみるか」

 

俺。

 

ディエゴが嫌な顔をする。

 

「嫌な予感しかしない」

 

「俺もだ」

 

だが。

 

好奇心は止まらなかった。

 

港を動かす縄。

 

少し見てみたくなった。

 

第十三話 前編

港を支える縄 続く

他人物視点

縄職人親方 ロドリゴ

 

港の連中は勘違いしている。

 

船を見ている。

 

帆を見ている。

 

大砲を見ている。

 

だが。

 

縄を見ない。

 

船を縛るのも縄。

 

帆を動かすのも縄。

 

荷を吊るのも縄。

 

人を助けるのも縄。

 

全部縄だ。

 

そして今。

 

その縄が足りない。

 

だから港中が騒いでいる。

 

当然だった。

 

後世の港湾史研究より

 

骨樽勢力は後年、縄職人・帆職人・船大工を特別保護対象として扱った。

 

港湾史研究者の間では、この「縄不足騒動」がゴメスの思想へ与えた影響は小さくないと考えられている。

 

当時の本人はまだ、

 

「縄一本で船が止まるのか」

 

と驚いていた段階であった。

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