銀では腹は膨らまない ~ゴメス暴走記録~   作:ヒツジ(ラム肉

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第十五話 前編 水はどこへ消える

航海日誌

帝国暦一七三年 雨季 第十二週 一日目

 

水を飲んだ。

 

旨かった。

 

だから少し考えた。

 

船では水は不味い。

 

港では旨い。

 

なぜだろう。

 

ディエゴに聞いた。

 

「腐るからだ」

 

と言われた。

 

非常に嫌な答えだった。

 

なので確かめることにした。

 

――ゴメス

 

朝。

 

暑かった。

 

非常に。

 

太陽が容赦ない。

 

風も弱い。

 

港全体が蒸し焼きだった。

 

魚市場。

 

造船所。

 

荷揚げ場。

 

全部暑い。

 

人も暑い。

 

馬も暑い。

 

犬ですら舌を出している。

 

「暑い」

 

新入り。

 

「暑いな」

 

俺。

 

「暑い」

 

ディエゴ。

 

全員一致だった。

 

その時。

 

ペペが木桶を抱えて現れる。

 

水だ。

 

冷えている。

 

表面に水滴が付いている。

 

神々しかった。

 

非常に。

 

「どこで手に入れた」

 

俺。

 

「食堂」

 

「買ったのか」

 

「頼んだ」

 

嫌な予感。

 

「何を」

 

「腹減ったと言った」

 

周囲沈黙。

 

それで貰えたらしい。

 

世の中には優しい人がいる。

 

桶から柄杓で水を汲む。

 

飲む。

 

冷たい。

 

少しだけ。

 

だが十分だった。

 

喉を通る。

 

身体へ落ちる。

 

生き返る。

 

本当に。

 

「旨いな」

 

思わず言う。

 

ディエゴが頷く。

 

「港だからな」

 

「船だと違うのか」

 

「違う」

 

即答だった。

 

「かなり」

 

それも即答。

 

俺は少し考える。

 

確かに。

 

船の水は旨くない。

 

ぬるい。

 

変な匂いがする。

 

樽臭い。

 

時々藻みたいな味もする。

 

それでも飲む。

 

飲まなければ死ぬからだ。

 

だが。

 

港の水は違う。

 

冷たい。

 

澄んでいる。

 

旨い。

 

「どこから来る」

 

俺。

 

「井戸」

 

ディエゴ。

 

「それだけか」

 

「たぶんな」

 

少し気になった。

 

魚。

 

塩。

 

縄。

 

樽。

 

最近色々見てきた。

 

だが。

 

水は見ていない。

 

なのに。

 

毎日使う。

 

毎日飲む。

 

毎日必要だ。

 

妙だった。

 

非常に。

 

その時だった。

 

魚市場の向こう。

 

怒鳴り声。

 

最近本当に多い。

 

港は騒がしい。

 

俺達は向かう。

 

興味があった。

 

当然だ。

 

市場裏。

 

井戸。

 

人が集まっている。

 

商人。

 

主婦。

 

水汲み人夫。

 

皆怒っている。

 

井戸の横。

 

役人もいる。

 

顔色が悪い。

 

「どうした」

 

近くの老婆に聞く。

 

老婆は鼻を鳴らす。

 

「水が減った」

 

短かった。

 

だが。

 

妙に重かった。

 

井戸を覗く。

 

暗い。

 

深い。

 

そして。

 

確かに低い。

 

水面が遠い。

 

「雨が少ないからねぇ」

 

老婆。

 

「困るのか」

 

「困るよ」

 

当然だった。

 

飲む。

 

料理する。

 

洗う。

 

全部必要だ。

 

魚市場だって同じ。

 

魚を洗う。

 

樽を洗う。

 

道具を洗う。

 

水が要る。

 

大量に。

 

その時。

 

魚屋マルコが現れる。

 

腕組み。

 

不機嫌。

 

いつもより不機嫌。

 

「このままだとまずい」

 

誰かが言う。

 

周囲が頷く。

 

「他の井戸は」

 

「混んでる」

 

「川は」

 

「遠い」

 

「運ぶのか」

 

「運ぶしかない」

 

皆嫌そうだった。

 

重いからだ。

 

非常に。

 

その時。

 

俺はふと見る。

 

井戸の横。

 

水樽。

 

荷車。

 

縄。

 

桶。

 

また繋がっていた。

 

水を飲む。

 

それだけでも。

 

誰かが汲む。

 

誰かが運ぶ。

 

誰かが管理する。

 

最近そんな話ばかりだ。

 

だが。

 

面白かった。

 

港を支えるものは。

 

思ったより地味だ。

 

だが。

 

無ければ全部止まる。

 

その時。

 

役人が大声を出す。

 

「水運びを増やす!」

 

人々が騒ぐ。

 

井戸だけでは足りないらしい。

 

どうやら。

 

今日は水の話になりそうだった。

 

第十五話 前編

水はどこへ消える 続く

他人物視点

水汲み人夫 エステル

 

魚屋は偉そうだ。

 

商人も偉そうだ。

 

船長も偉そうだ。

 

だが。

 

水が無くなると皆同じ顔になる。

 

困った顔だ。

 

それを見ると少しだけ面白い。

 

そして少しだけ大変になる。

 

なぜなら。

 

運ぶのは私達だからだ。

 

後世の港湾史研究より

 

骨樽勢力が後に整備する公共井戸・貯水池・給水船制度は当時として極めて先進的であった。

 

港湾機能の維持において水を補給品と同等に扱う思想は、この時期から芽生え始めていたと考えられている。

 

なお当時のゴメスはまだ、

 

「冷たい水は旨い」

 

としか記録していない。

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