銀では腹は膨らまない ~ゴメス暴走記録~ 作:ヒツジ(ラム肉
航海日誌
帝国暦一七三年 雨季 第十二週 六日目
港は海のそばにある。
当たり前だ。
だが最近気付いた。
港は海だけでは生きていない。
魚は海から来る。
だが麦は陸から来る。
水も来る。
木も来る。
肉も来る。
今日は川を見に行く。
港へ流れ込む飯の道らしい。
――ゴメス
朝。
霧だった。
薄い霧。
港を白く包む。
船の帆が霞む。
灯台もぼんやり見える。
波の音だけが近かった。
静かだった。
珍しく。
本当に珍しく。
「腹減った」
そして静かではない奴がいた。
ペペだった。
いつも通りだ。
「霧の日は余計減る」
自信満々だった。
「意味が分からん」
ディエゴ。
「見えないから不安になる」
「それで腹が減るのか」
「減る」
本人だけ納得していた。
朝飯。
今日は河岸近くの露店。
大鍋。
湯気。
行列。
良い店らしい。
鍋の中には白い粥。
麦。
豆。
刻んだ玉葱。
少量の塩豚。
香草。
質素だった。
だが。
匂いは良かった。
非常に。
木椀を受け取る。
熱い。
湯気が顔へ当たる。
玉葱の甘い香り。
肉の脂。
麦の匂い。
腹が鳴る。
毎回だ。
もう仕方ない。
一口。
熱い。
旨い。
麦が柔らかい。
豆が崩れる。
玉葱が甘い。
塩豚の脂が全体へ広がる。
派手ではない。
だが。
身体が喜ぶ。
働く人間の飯だった。
「うまいな」
新入り。
全員頷く。
ペペだけは二杯目だった。
いつも通りだった。
飯を食い終える。
その時。
河岸から怒鳴り声。
最近本当に多い。
港は怒鳴り声で出来ているのかもしれない。
俺達は向かう。
興味があった。
当然だ。
河岸。
港の外れ。
海ではない。
川だ。
大きい。
流れは緩やか。
幅も広い。
川船が並んでいる。
平たい船。
帆は小さい。
海船とは全然違う。
荷物だらけだった。
麦袋。
樽。
薪。
野菜。
家畜。
何でもある。
本当に何でも。
「何だこれ」
思わず呟く。
近くの船頭が笑う。
「飯だ」
短かった。
最近よく聞く。
非常に。
「全部か」
俺。
「全部だ」
船頭。
なるほど。
確かに。
麦は飯だ。
野菜も飯だ。
家畜も飯だ。
薪も飯になる。
料理に使うからだ。
その時。
荷揚げ場で揉めている。
商人。
船頭。
帳簿係。
全員怒っている。
いつもの光景らしい。
「遅すぎる!」
商人。
「増水だ!」
船頭。
「契約は昨日だ!」
「川に言え!」
周囲爆笑。
本人達は笑っていない。
非常に真面目だった。
俺は川を見る。
流れている。
ただそれだけ。
だが。
よく見ると。
船が次々来る。
上流から。
絶え間なく。
麦。
野菜。
果物。
薪。
全部運んでいる。
「全部この川か」
俺。
船頭が頷く。
「八割はな」
少し驚いた。
港は海で生きていると思っていた。
違った。
川でも生きていた。
その時。
一隻の川船が近付く。
妙に傾いている。
荷物も多い。
船頭達が騒ぐ。
嫌な予感がした。
非常に。
「おい!」
誰かが叫ぶ。
「寄り過ぎだ!」
川船が揺れる。
さらに揺れる。
麦袋が動く。
ゆっくり。
そして。
落ちた。
どぼん。
巨大な音。
沈黙。
川面へ浮かぶ麦袋。
商人の顔が真っ白になる。
船頭の顔も真っ白になる。
周囲は頭を抱える。
俺は少し思った。
今日もまた。
面倒事が始まりそうだった。
第十七話 前編
港へ流れる川 続く
他人物視点
川船船頭 フランコ
海船の連中は偉そうだ。
だが。
麦を運ぶのは俺達だ。
薪を運ぶのも俺達だ。
家畜を運ぶのも俺達だ。
港が食う物の半分は川から来る。
だから少しくらい胸を張っても良いと思う。
増水の日以外は。
後世の物流史研究より
骨樽勢力は後に河川交通整備へ莫大な投資を行うことで知られる。
港だけでなく、その背後にある川や運河を重視したためである。
研究者の間では、この川船との出会いがゴメスの物流思想を大きく変化させた転機の一つと考えられている。