銀では腹は膨らまない ~ゴメス暴走記録~ 作:ヒツジ(ラム肉
航海日誌
帝国暦一七三年 雨季 第八週 二日目
給料日だった。
銀貨を三枚貰った。
船長は新しい葡萄酒を買った。
俺は何かがおかしいと思う。
――ゴメス
翌朝。
頭が痛い。
酒のせいだ。
久々にまともな酒を飲んだ。
飲み過ぎた。
反省はしていない。
ペペも転がっている。
椅子の下で。
何故か樽を抱いて。
寝ていた。
「起きろ」
蹴る。
「んぐっ」
起きた。
「朝だ」
「昼だ」
「えっ」
本当に昼だった。
全員笑った。
港は平和だった。
少なくとも昨日までは。
市場を歩く。
肉屋。
魚屋。
パン屋。
鍛冶屋。
樽職人。
縄屋。
全部いる。
そして全部儲かっている。
「いい港だな」
ディエゴが言う。
「飯がある」
ペペ。
「酒もある」
「それしか見てねぇな」
だが。
俺は別の物を見ていた。
倉庫。
大量の倉庫。
港の規模にしては多い。
妙に多い。
「どうした?」
ディエゴが聞く。
「倉庫」
「倉庫だな」
「多い」
「そうか?」
「多い」
ディエゴは肩を竦めた。
興味が無いらしい。
俺は興味があった。
何故なら。
倉庫が多い港は。
物が集まる。
物が集まる場所には。
金が集まる。
そして。
飯も集まる。
市場の奥。
荷車が止まる。
積まれているのは塩だった。
大量。
本当に大量。
「塩か」
俺は立ち止まる。
「どうした?」
ペペ。
「塩だ」
「見れば分かる」
「高いぞ」
「知ってる」
だから見ている。
塩。
魚を保存できる。
肉を保存できる。
長く持つ。
海では銀と同じくらい大事だ。
いや。
もっと大事かもしれない。
少なくとも食える。
銀は食えない。
その時だった。
怒鳴り声。
市場の向こう。
男達が揉めている。
商人。
船員。
荷役人夫。
よくある光景だ。
港では珍しくない。
「払った!」
「払ってねぇ!」
「払った!」
「足りねぇ!」
殴り合いになりそうだった。
そこで。
近くの衛兵が来る。
槍を持った男達。
喧嘩は終わる。
誰も逆らわない。
当たり前だ。
牢屋に入れられたくない。
「便利だな」
ペペ。
「何が」
「衛兵」
「金が掛かる」
「そりゃな」
俺は考える。
もし。
自分達の港なら。
どうする。
喧嘩。
盗み。
酒。
飯。
全部起きる。
必ず起きる。
人間だからだ。
その時。
どうする。
考える。
考えるだけなら金は掛からない。
ペペが呆れた顔をした。
「また何か考えてるな」
「考えてない」
「嘘つけ」
図星だった。
午後。
船へ戻る。
そして現実を見る。
船長。
酒。
昼寝。
以上。
「働け」
思わず言った。
船長が目を開く。
「何だ」
「何でもない」
「そうか」
再び寝る。
殴りたかった。
周囲も同じ顔をしていた。
「何であいつだけ太るんだろうな」
ペペ。
「神の加護」
ディエゴ。
「神に謝れ」
全員頷いた。
夕方。
給料が配られる。
銀貨三枚。
少ない。
非常に少ない。
七週間。
命を懸けて。
銀貨三枚。
「安くね?」
新入り。
「今気付いたのか」
古参。
「むしろ高い方だ」
「嘘だろ」
「本当だ」
全員笑う。
笑うしかない。
俺は銀貨を見る。
三枚。
これで何が出来る。
パン。
酒。
服。
終わり。
土地は買えない。
船も買えない。
畑も買えない。
未来も買えない。
その時。
港の向こう。
新しい船が見えた。
小さい。
だが綺麗だ。
傷が少ない。
帆も新しい。
「いい船だな」
思わず呟く。
ペペが笑った。
「欲しいか?」
「欲しい」
「俺も」
二人で船を見る。
夕日に照らされていた。
もし。
あれが自分の船だったら。
好きな所へ行ける。
好きな場所で魚を獲れる。
好きな場所で降りられる。
そして。
好きな場所で飯を作れる。
俺は銀貨を握る。
そして思う。
七週間働いて銀貨三枚。
船長は寝ている。
何かがおかしい。
非常におかしい。
その疑問は。
ゆっくりと。
ゴメスの中に積み上がっていった。