銀では腹は膨らまない ~ゴメス暴走記録~   作:ヒツジ(ラム肉

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第十七話 後編 川底の忘れ物

航海日誌

帝国暦一七三年 雨季 第十二週 六日目 夕刻

 

麦袋を引き上げた。

 

ついでに別の物も引っ掛かった。

 

川底には色々沈むらしい。

 

鍋。

 

樽。

 

船の破片。

 

酔っ払い。

 

最後のは冗談だと思った。

 

船頭達は笑わなかった。

 

――ゴメス

 

鐘が鳴った。

 

河岸に響く。

 

重い音だった。

 

船頭達が立ち上がる。

 

飯の途中。

 

葡萄酒も途中。

 

それでも動く。

 

最近見慣れた光景だった。

 

「何だ?」

 

俺。

 

フランコがパンを飲み込む。

 

急いで。

 

「川底だ」

 

短かった。

 

意味は分からない。

 

だが。

 

深刻らしい。

 

全員真面目な顔だった。

 

河岸へ戻る。

 

太陽は傾いている。

 

川は赤い。

 

夕日に染まっていた。

 

綺麗だった。

 

だが。

 

皆は景色を見ていない。

 

川面を見ている。

 

一点を。

 

「ここだ」

 

商人カルロスが指差す。

 

麦袋を引き上げた場所だった。

 

「何がある」

 

俺。

 

「分からん」

 

カルロス。

 

正直だった。

 

「だが何かある」

 

なるほど。

 

港らしい説明だった。

 

船頭達が動く。

 

小舟を出す。

 

縄。

 

鈎。

 

長竿。

 

全部用意される。

 

見慣れてきた。

 

最近本当に。

 

川の中央。

 

問題の場所。

 

鈎が沈む。

 

探る。

 

引く。

 

また沈める。

 

何度も繰り返す。

 

地味だった。

 

非常に。

 

だが。

 

皆真剣だ。

 

理由は分かる。

 

船がぶつかれば困る。

 

荷も沈む。

 

人も落ちる。

 

飯が減る。

 

それは良くない。

 

その時。

 

「掛かった!」

 

歓声。

 

まただった。

 

今日はよく聞く。

 

縄が張る。

 

船が揺れる。

 

男達が踏ん張る。

 

重いらしい。

 

かなり。

 

「引け!」

 

「引いてる!」

 

「もっとだ!」

 

「腕が二本しか無い!」

 

周囲が笑う。

 

だが。

 

ちゃんと引く。

 

少しずつ。

 

本当に少しずつ。

 

泥が浮く。

 

泡が出る。

 

水面が揺れる。

 

そして。

 

黒い影。

 

現れる。

 

長い。

 

木だ。

 

古い。

 

折れている。

 

船の一部だった。

 

しかも大きい。

 

かなり。

 

「難破船か」

 

フランコが頷く。

 

「古いな」

 

木を触る。

 

ぼろぼろだった。

 

何年も沈んでいたらしい。

 

「これが原因か」

 

俺。

 

「たぶんな」

 

少し沈黙。

 

皆を見る。

 

職人。

 

商人。

 

船頭。

 

役人。

 

全員安心していた。

 

理由は簡単。

 

見つかったからだ。

 

原因が。

 

俺は少し思い出す。

 

樽騒動。

 

原因は樽ではなかった。

 

床だった。

 

今回も同じだ。

 

麦袋は落ちた。

 

だが。

 

本当の問題は川底だった。

 

面白い。

 

本当に。

 

その時。

 

役人が帳簿を開く。

 

何か書いている。

 

真面目な顔だった。

 

「何してる」

 

俺。

 

役人は答える。

 

「記録」

 

「そんなに大事か」

 

「大事だ」

 

即答。

 

「次も沈むからな」

 

少し嫌な答えだった。

 

だが。

 

正しかった。

 

川は流れる。

 

船も流れる。

 

人も失敗する。

 

だから覚える。

 

そういう事らしい。

 

夕方。

 

作業終了。

 

難破船の破片は引き上げられる。

 

河岸へ積まれる。

 

薪にするらしい。

 

少し勿体ない。

 

だが。

 

川を塞ぐよりは良い。

 

皆頷いていた。

 

そして。

 

当然。

 

飯だった。

 

今日二回目。

 

港らしい。

 

河岸の共同炊事場。

 

大鍋。

 

長机。

 

働いた人間が集まる。

 

船頭。

 

荷役人夫。

 

職人。

 

役人までいる。

 

珍しい。

 

今日の飯。

 

鶏と野菜の煮込み。

 

白豆。

 

玉葱。

 

人参。

 

香草。

 

そして黒パン。

 

湯気が立つ。

 

肉の香り。

 

野菜の甘い匂い。

 

腹が鳴る。

 

もう条件反射だった。

 

匙を入れる。

 

鶏肉は柔らかい。

 

煮崩れる寸前。

 

野菜も甘い。

 

豆も旨い。

 

一口。

 

最高だった。

 

疲れた身体に染みる。

 

本当に。

 

「助かったな」

 

フランコ。

 

葡萄酒を飲む。

 

少し笑う。

 

「麦か」

 

俺。

 

「川だ」

 

答えは即座だった。

 

なるほど。

 

少し分かる。

 

港は魚を見る。

 

だが。

 

魚だけ見ていても駄目だ。

 

川を見る。

 

井戸を見る。

 

縄を見る。

 

樽を見る。

 

全部見なければ。

 

どこかで止まる。

 

最近。

 

そんな話ばかりだ。

 

だが。

 

嫌いじゃなかった。

 

むしろ面白い。

 

夜。

 

河岸の灯が揺れる。

 

川も揺れる。

 

静かだった。

 

俺は少し振り返る。

 

今日引き上げた木片を見る。

 

ただの木だ。

 

だが。

 

放置すれば船を沈める。

 

小さな問題。

 

だが大きな問題。

 

港にはそういう物が多いらしい。

 

覚えておこうと思った。

 

他人物視点

河川管理役人 ベラスコ

 

予算は無い。

 

人手も足りない。

 

文句は多い。

 

だが。

 

川底を調べる。

 

障害物を除く。

 

記録を残す。

 

それだけで船は助かる。

 

派手ではない。

 

だが。

 

必要な仕事だ。

 

後世の物流史研究より

 

骨樽勢力では後年、河川測量隊と障害物除去隊が常設化された。

 

当時としては異例の制度であり、物流事故の大幅な減少に繋がったという。

 

後年のゴメスは語る。

 

「沈んだ船より、沈んだまま忘れられた船の方が厄介だ」

 

この考え方は骨樽勢力の行政思想を象徴する言葉として知られている。

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