銀では腹は膨らまない ~ゴメス暴走記録~ 作:ヒツジ(ラム肉
航海日誌
帝国暦一七三年 雨季 第十三週 一日目
港を見ていると魚ばかり目に入る。
海だからだ。
だが人間は魚だけでは生きられない。
肉も食う。
鶏も食う。
豚も食う。
羊も食う。
今日はその肉が港へ来る日らしい。
ペペは朝から機嫌が良い。
理由は聞かなくても分かった。
――ゴメス
朝。
港は騒がしかった。
いつも以上に。
魚市場が騒がしい。
荷役場も騒がしい。
酒場ですら騒がしい。
何か祭りでもあるのかと思った。
違った。
肉の日だった。
「最高だな」
ペペ。
朝から笑顔だった。
不気味だった。
非常に。
「まだ何も食ってないぞ」
ディエゴ。
「だからだ」
なるほど。
理解したくなかった。
市場近くの食堂。
朝飯。
今日は珍しく肉入りだった。
薄切り塩豚。
玉葱。
白豆。
黒パン。
そして薄い葡萄酒。
豪華だった。
少なくとも水兵基準では。
塩豚は炙られている。
表面が少し焦げる。
脂が滲む。
玉葱も焼かれている。
甘い香り。
肉の香り。
腹が鳴る。
当然だった。
パンへ挟む。
豪快に。
かぶりつく。
旨い。
塩気。
脂。
玉葱の甘味。
全部来る。
最高だった。
ペペは三つ食べていた。
誰も驚かない。
もう無駄だからだ。
その時だった。
外から鐘。
港の鐘。
短く。
何度も鳴る。
市場が動く。
荷役人夫が走る。
商人も走る。
魚屋まで走る。
珍しい。
「何だ」
俺。
食堂の親父が笑う。
「肉だ」
短かった。
最近よく聞く。
非常に。
岸壁へ向かう。
人が多い。
本当に多い。
祭りみたいだった。
船がいる。
大きい。
だが漁船ではない。
甲板が妙だった。
屋根。
柵。
檻。
そして。
鳴き声。
「めぇぇぇぇ」
羊だった。
大量に。
本当に大量に。
甲板が羊で埋まっている。
白い。
茶色い。
黒い。
色々いる。
臭いも凄い。
羊だった。
非常に羊だった。
「おお……」
新入り。
「肉だ」
ペペ。
周囲が笑う。
羊達は笑わない。
当然だった。
船が接岸する。
船員達が動く。
商人達も動く。
羊飼いまでいる。
見慣れない顔だった。
海の人間ではない。
内陸の人間らしい。
日焼け方が違う。
服も違う。
言葉も少し違う。
面白かった。
港には色々来る。
魚。
塩。
木材。
麦。
そして羊。
本当に何でも。
その時。
羊の群れが降ろされる。
木製の通路。
ゆっくり。
慎重に。
だが。
一頭だけ違った。
大きい。
角も大きい。
目付きも悪い。
嫌な予感がする。
非常に。
「おい」
羊飼いが言う。
「そいつは――」
遅かった。
羊が走る。
全力だった。
本当に全力。
通路を駆ける。
商人が飛ぶ。
人夫が避ける。
魚屋が叫ぶ。
混乱だった。
港中が騒ぐ。
そして。
羊は市場へ向かった。
「捕まえろぉぉぉ!」
羊飼い。
「待てぇぇぇ!」
商人。
「肉が逃げたぁぁぁ!」
ペペ。
周囲爆笑。
本人だけ真面目だった。
実にペペだった。
俺は走り出す。
また面倒事が始まった。
そう確信しながら。
第十八話 前編
港へ来る肉 続く
他人物視点
羊飼い マヌエル
あの羊は問題児だ。
柵を壊す。
犬を追い回す。
子供を驚かせる。
だが毛は良い。
肉も良い。
だから売れる。
問題は。
自分が売られる事を理解している気がする事だ。
後世の港湾史研究より
骨樽勢力の港湾記録には家畜取引に関する記述が多く残されている。
特に羊は肉・乳・毛織物の供給源として重要であった。
なお本記録に登場する「逃走羊事件」は、後世の港湾関係者の間で有名な笑い話となっている。